第13話 人とゴブリン
俺は、まず最初に手をあげてくれた2人だけ人間の里に同行してもらうことにした。
大人数のゴブリンが一斉に里に現れると人間は警戒してしまい、まとまる話しもまとまらない可能性がある。
*
最初に手をあげてくれた男ゴブリンは力自慢だけあって普通よりも大きい。
一般的な人間よりも少し大きいくらいだ。
が、俺から見ても乱暴しなさそうな柔和な顔立ちをしている。
彼は力が強いので、デモンストレーションとして丸太を10本くらい運んでもらい、役に立つところを理解してもらう。
そして、里に迷い込んでしまったゴブリンの女性は、エモーショナルな話しにもっていくための布石。
もしかしたら当時助けてくれた人物がまだ村にいるかもしれない。
感動の再会が演出できれば、みんなの気持ちもぐっと近づくだろう。
—— これで準備は整った。
*
俺は人間の村のみんなに結果を伝えるために白い狼煙を焚いた。
狼煙の色は事前に決め、人間の村に伝えてもらうようズンに頼んである。
赤であれば失敗。
ゴブリンの村の説得は失敗し、里が襲撃されるのでその準備を頼む。
黄色であれば、ゴブリンの村を味方にできたものの、ゴブリンロードの討伐には失敗した。
そして、白はオールクリア。
—— 問題が全て解決できたの印である。
*
そのころ、ちょうど人間の村へ伝言をしてくれたズンがとんぼ返りして戻っていた。
「村のみんなには言いつけ通り準備をしてもらいました。でも先程白い狼煙が見えたので心配はなくなった、ということですね」
「うん、厳しかったけどねー。ラッキーも重なってようやく勝てた」
俺はズンに詳細を話した。
—— 『イレギュラー』にまつわるところとブラックホール、偶然落ちてきた雷、食料箱をこっそり外まで運び出してくれていたひとのことは黙っていたが。
*
ズンは非常に優秀で、俺が立てたいくつものルートがある作戦の全容を一回伝えただけで把握し、それらのそれぞれの結末となった場合に備えて村で必要な準備を行ってくれていた。
そして全ての指示を村に伝え終わると、俺を手助けするためにまたゴブリンの村に取って返した。
優秀なんてもんじゃすまないだろ、彼。
俺はここから真剣な面持ちに戻し、ズンに指示を与える。
「本日
「承知しました上官殿、本日10:00よりプランCに移行します!」
復唱、敬礼するズン。
ここまでの道すがら、ズンの飲み込みが早いので楽しくなった俺はズンに
プランCは、ゴブリンたちを里に連れて帰り共同生活を行う計画。
俺が一番望ましいと思っていたプランではあるが、過去に様々な軋轢があるはずの両者では正直敷居が高いかもとも考えていた。
何よりゴブリンが人間を信用することは未だかつてなかった。そのゴブリンが俺を
まだスケートするには氷の厚みが若干足りない。
今度は人間を説得する。
あともうちょっとである。
「—— よし、では出発しよう。ついてきたまえ、ズン」
*
四人で人間の里に向かう道中、森の少し開けた場所で殺気を感じた。
無意識に体を沈め転がった。矢が先程まで俺が立っていた空間を通過する。
「みんな伏せろ」
俺が叫ぶ。
矢が他のみんなのところにも飛んだが、幸いにも間一髪伏せることで避けられた。
矢が飛んできた方角を見定める。
キラリと武具らしきものが光った。武装した人間だ。
他にも何人か潜んでいるかもしれない。
身を隠しながら小さな物音も拾えるように耳を研ぎ澄ませた。
敵の位置、人数を把握したい。
静かにはじまった前哨戦にこらえきれなくなった男ゴブリンが立ち上がって咆号を放つ。
—— まずい!
男ゴブは己の表皮の厚さで矢の1本や2本防ぐことで相手をあぶり出そうとしたのだろうが、ゴブリンを襲う人間であればそんなことは十分想定済みだ。
あの矢にはゴブリンを殺せるだけの毒が仕込まれているに違いない。
矢が放たれた。
男ゴブの皮膚が薄い場所に向かって確実に飛ぶ。
俺はとっさに身を乗り出すが、わずかに遠く矢には届かない。
その瞬間、手の甲を辛うじて覆えるくらいの小手しか装備していないズンが、手を伸ばした。
矢じりを小さな小手で的確に弾く。
正面から当てると小手の強度が足りないだろうことも一瞬で判断したのか、斜めに当てて矢の飛び先をわずかにそらしただけ。
それでも矢は男ゴブをそれて後ろに消えていった。
しかし、やつらの狙いはそれだけでは終わらなかった。
もう1人の襲撃者が後ろから近づき、女ゴブを刀で刺そうとした。
悲鳴をあげる女ゴブ。
俺は女ゴブの体を押し飛ばした。
襲撃の刀は空振りした。
俺は襲撃者の刀を持つ手を絡め取り、刀が振り回された力を利用して彼を投げ飛ばした。
木の幹に背中から打ち付けられた襲撃者が、あまりの衝撃に呼吸できずにうずくまる。
*
俺たちを奇襲するのはもう諦めた襲撃者たちがぞろぞろと姿を現した。
—— 全部で六人。
ひとりまだ倒れたままなので、陣営は七人といったところか。
まあ数的優位ちゃんと作ってくるあたりイヤらしそう。
まだ敵が隠れている可能性は残るが、ここまで姿見せてくれたことには感謝したい。
もっともあちらさんから見ると、もう俺たちが逃げも隠れもできないと踏んでの行動なんだろうけど。
と、突然目の前が真っ白になるとともに「バリバリバリー!」という轟音が聞こえた。
—— 雷か⁈
今度は襲撃者六人めがけて落雷が発生したようだ。
もう俺慣れてきたなこの展開。
襲撃者は黒焦げになって口から黒煙を吹いている。
すばやく後ろを見る。
—— さっと人影が隠れた。
再びゆっくりと倒れている襲撃者たちに目を戻す。
と、油断させておいてさっと振り返る。
—— 逃げ遅れた人影がちらっと目に映る。
「あー、めっちゃ助かったわー。これは感謝しないとなー」
俺は誰に聞かせるでもなく大きく独り言を言った。
「ゴブリンブレイブ様の御加護はすごい」
俺の眷属の竜が襲撃者を退治したと思いこんでいるゴブリンたちは俺を崇めたてまつる。
「それにしても森の中の雷で木には落ちずに敵にだけ当たるって、こんな偶然もあるもんなんですねー」
ズンは自然がもたらす奇跡に感心している。
いやいやキミ、そこまでの偶然はありえないから。いろいろ事情があるのよ。
—— キミももう少し大人になったらわかるからね。
こうして、道中楽しく里に向かうのであった。
*
ズンはゴブリンの言葉にとても興味を持っているようだ。
「人間のことをなんて言うんですか?」
俺が通訳して男ゴブに伝える。
「ゴ%ブン^@ゴp」
人間には到底真似できないような発音。
しかし諦めずに何度も発音を繰り返すズン。
やがて近い発音が出た。
男ゴブのお墨付きがもらえてズンは喜んだ。
こうやって、人間とゴブリンが一緒に暮らして互いのこと理解していければいいなー。
ズンは優秀だし、物怖じしないし、純粋に好奇心も高い。
彼らが大人になったときにはさらにいい里になりそうだ。
俺はそんな世界を夢見ながら歩いた。
*
定期的に、高速振り返りを実施する。
後ろをついてきている人影がさっと隠れる。
時折隠れるのが間に合わず慌てて転んだり、石のように固まって誤魔化そうとする。
女ゴブが尋ねる。
「悪い輩ではないと思うんけど、このまんま付いて来させてもええんか?」
「大丈夫大丈夫! あれは座敷童みたいなもんだから」
俺は笑って擁護した。
*
だんだん里に近づいてきた。
面白くなっていた俺は、三人にちょっと先に行くように言って、俺だけ急に隠れた。
「———— !」
どこからかビックリマークが見えた。
焦ったビックリマークは尾行の足を速めた。
後ろから手を伸ばして、ビックリマークの背後から伸ばした手を口に当てて塞いだ。
「あいつの命が惜しければ静かにしろ。こちらから危害を加えることはない」
「———— !!」
ビックリマークの焦り具合が手に取るように伝わってきた。
その瞬間、目の前が真っ白になった。あ、あかんやつだ——
「バリバリバリ————————!」
俺は黒焦げになってその場に伸びた。
—— 意識を失いながら、遠くでビックリマークの悲鳴が聞こえた。
———————————————————
次話『合流』へ続く
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