第9話 ゴブリン・クエスト
「私は戦います。何をすればいいですか」
*
里の村がゴブリンに襲われたら勝ち目はない。
数日しか準備期間なく強固な砦などを用意するのは無理だ。
女子供も多い村に立てこもってゴブリンと戦っても簡単に全滅するだろう。
すぐに全力で村を出ればゴブリンから逃げられるかも知れない。
しかし、ゴブリンロードへの恐怖心から、ゴブリンたちは逃げた人間を追ってくるだろう。
足の早いゴブリンに人間が追いつかれるのは間違いない。
—— そうなったら掃討される。
運よく生き長らえても、里はゴブリンに根こそぎ奪われており、里に戻ることはできない。
隠れるように森に入り、食べ物がなくなっていずれ死ぬことになるだろう。
—— これも難しい。
逆にゴブリンの村を先に襲撃するのはどうだろうか。
奇襲であれば少人数でもゴブリンたちを混乱させて勝てるかもしれない。
しかしたとえ勝ったとしても、ゴブリンロードに確実に目をつけられる。
ゴブリンロードは支配下の他のゴブリンに里を襲わせるだろう。
ゴブリンロード直々のお出ましになると更に苛烈な暴虐を人間に与えそうだ。
—— この結末も見たくない。
*
俺の立てた作戦はこうだ。
①このゴブリンの村をどうにか説得して味方につける。
②そして俺がゴブリンロードをどうにか退治する。
③そしてゴブリンの村の食糧難問題をどうにか解決する。
これができれば、ゴブリンたちがこれ以上里を襲う理由もなくなり、Win-Winだ。
問題はこのなかに3つも具体性のない「どうにか」するが入っていること。
会社でこんな仕事押し付けられたら断固拒否だ。
会社での俺の立場では拒否権ないけど、でも積極的にこんな無理ゲーな仕事引き受けることはない。
しかし、今回のこの仕事は俺が解決したい、と心の底から思っていた。
冷静に考えれば、この無理ゲーをクリアせずに、しらーっと他の里に移り住んで知らん顔決め込むことも今ならば簡単だ。
この世界には数日前に来たばかりだし、まだ里の世話にもなっていない。
報酬もそれほどいいものではない。村に住まわせるといっても、もともと余っている家はあるので、これを解決しても単に村が俺を快く受け入れてくれるということくらいの違いだ。
それでも俺はこの里の村をどうにかしてあげたかった。
みんないい人そうで、村を出発するときにいろいろご飯とか分けてくれたし。
今までの世界の中で見ず知らずの俺にこの村が一番フレンドリーに接してくれたかもしれん。
いや正直言って、人間の村だけでなくゴブリンの村も助けてあげたくなっていた。
いろんなところでいろんなものに転生すると、他人事には思えない情がわくようになるんだなー。不思議なものだ。
転生101回も決して無駄ではなかったのかもしれん。
そんなこと言うと天女さんに『あんたは考えが甘い!』って怒鳴られそうだけど。
急に天女さんを思い出して俺はくすっと笑った。
ズンが不思議そうに、急に笑った俺を見る。
大丈夫、恐怖のあまり気が触れたわけじゃないからねー、ズン。
この世界に転生するときに天女さんが『あんたをどうにか成功させてあげる』って言ってくれたのも、こんな気持だったのかもな。
全く具体的な方法は思いついていない。
できることも限られている。
状況はほぼ詰んでいる。
不思議なことに、それでも『どうにかしたい』って気持ちは消えなかった。
まあ、精一杯やってみますよー、俺。
*
ここまでズンがいてくれて本当に助かった。
ズンには、この状況の説明と俺からの細々とした
ズンであればゴブリンの爪痕マークを見つけながら村まで迷うことなく戻れるだろう。
行きは三日かかったが、帰りは道も覚えていることで倍の速さで戻れることだろう。
足の速いズンであれば一日で着くかもしれない。
村にはこの情報はとても貴重だ。
結局戦いになったとしても、準備していれば多少の時間を稼ぐことができる。
この僅かかも知れない時間が村が全滅するかどうかを左右する。
村に対して俺が打てる手は打った。
村は頑張ってくれるだろう。
あとは俺だ。
—— そして俺はひとりとなり、この無理ゲーに挑みはじめた。
*
まずは、①このゴブリンの村をどうにか説得して味方につける、だ。
彼らの会話を聞いていた俺は、ゴブリンロードを俺が倒せることと、食糧難を俺が解決できることの2つをゴブリンが本気で信じてくれれば俺の味方になってくれる、そう信じた。
俺は奇策に打って出た。
「いでよ、勇者の民よ——————!」
ゴブリン村の入口に大きな声が響く。
いぶかしがって門から覗いたゴブリンに、まばゆい光に包まれた巨大な人影が見えた。
普通のゴブリンの何倍もある巨大な影は右手を上げ、その手にはこれまた大きな棍棒が握られていた。
「私はお前たちを救いに来た勇者だ。門を開けよ!我とともに戦うのだ!」
ゴブリンはびっくりした。
伝説のゴブリンブレイブが現れた。
ゴブリンブレイブは、ゴブリンの神とも言うべき存在。
ゴブリンの窮地にまばゆい光に包まれて現れるという伝説の勇者で、その手には伝説の聖なる棍棒をもっているという。
その言い伝え取りの姿に、ゴブリンたちは心底敬服した。
全てのゴブリンが門を出て、勇者の影の前に並び、ひれ伏した。
まばゆい光を背に影が投影されていた煙が風に流れて徐々に消えた。
光は、隠していた何本もの松明の光をまとめて地面に置かれた集光装置で何倍もの明るさに見せたものだった。
—— 人間?
影が消えて現れたのは、ゴブリンではなく人間だった。
ゴブリンは混乱した。
ゴブリンブレイブが人間?
しかし、ゴブリンの言葉を話し、ゴブリンブレイブの言い伝え通りの姿をしている……
「私は確かに人間だ。ゴブリンを導き、ゴブリンを守護する、ゴブリンブレイブは実は人間なのだ。人間である私がゴブリンの言葉で話しているのがまさにその証拠。ゴブリンブレイブにのみ与えられた力だ!私こそが
信じてくれ……
—— しばらく無言が続いた。
やっぱり無理矢理過ぎるかー、この設定は。
人間が説得しても聞き入れてもらえないから、まずはゴブリンの伝説の勇者として受け入れてもらって、そこから具体的な話しをしようかと思ったんだよなー。
初っ端でつまずくとこの作戦は破綻する。
その後どうやって説得したらいいんだろう?
「ゴブリンブレイブ様! その力を我々にお見せください!」
ゴブリンの村の長がひれ伏しながら懇願する。
「え?」戸惑う俺。
「ゴブリンブレイブ様は眷属の『竜』を引き連れてこの世界に御権現されると言い伝えられております。この竜が雷とともに勇者様の敵と戦い、民を救ってくれるとのこと。我々を救うために竜を召喚くださいませ!」
その設定は知ってたんだけど、竜出すとか、はなから無理だから諦めたんだよなー。
まさか的確に俺の怠慢を見抜き、そこを確実に攻めてくるとは、どんだけ優秀なやつなのか!
「安心しろ。ゴブリンの長よ」
俺は伝説の聖なる棍棒(その辺の木から切り出したただの棍棒に、削った鉄粉をまぶしてライトアップでキラキラ反射するようにしたもの)を再び頭の上にかざした。
「我の眷属にして、無限の時を生きる始祖の――」
自分でもなんだかわからん詠唱を適当に紡ぎ始める。
—— まあ、無理だよな。
こんなんで竜現れてくれるなら俺何度も過去の転生で命拾いしてるもんな。
こんな状況で竜出てきてくれたら、それこそ俺神だわ。
「—— いでよ、伝説の竜よ!」
はい、終わったー。俺終わったー。
この後のみんなの醒めた目からどうやって逃れよう。
「ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ——ン!」
大きな落雷の音がして、俺の伝説の聖なる棍棒(略)に被雷した。
目の前が真っ白になり、ビリビリとした音が鳴り響いている。
雷の電気で一瞬俺の体が透けて、お約束のようなスケルトンが見えたような気がした。
え? 俺生きてる? 死んでる?
これでこの世界での異世界転生生活終わり? 滞在時間また数日?
覚悟を決めて目を開けた俺は、天界の白い部屋でなくまだゴブリンの村だと知り、自分で自分を褒めたくなった。
さきほどの強烈な光で見えなくなっている目を一生懸命開き、ゴブリンたちを恐る恐る見る。
ゴブリンもあまりの急な出来事にポカンとしていた。それはそうだよね、雲ひとつない空から雷が落ちてきたらびっくりするよね。
「ゴブリンブレイブ様! ありがとうございました! 私の不躾なお願いを聞き届けてくださいまして感謝しかありません! 貴方様は確かにゴブリンブレイブ様でございます!」
おお、どうやらゴブリンの長が俺を信じてくれたようだ。
「ピッポロリ——ン」
涼し気なファンファーレが聴こえた。
ゴブリン村での最初のクエストを完遂した俺は、こうしてゴブリン全員を味方につけることに成功したのだ。
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次話『ゴブリンロードとの戦い (1)』へ続く
毎日1話ずつ投稿していきます。
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