第6話 意外な転生

 「さて、お腹も落ち着いたし、そろそろ次の転生だな」


 俺は不幸体質だし、不幸に見舞われるとすぐにめげて低浮上になる。過去の失敗をめちゃくちゃ引きずりながら生きている。

 でも、ネガティブなままでも日々生きることはできる。

 むしろそれしかできない。



 なぜか天女さんが、自分の頬を両手でぱちんと叩く。

 白い部屋に、威勢よい音が響く。

 

「よし、やるか!」

 

 天女さんが勇ましい声を上げて立ち上がった。

 天女さんなりに俺に気を使ってくれているのだろう。


 「次は絶対に一週間超えるからな! 俺史上最高の俺を見せてやる!」


 俺は天に誓う。まあ、天界には元々見放されていそうだけど。


 「あんたが不運すぎるだけで、普通に生きてりゃ異世界でも誰でも問題なく人生過ごせるはずだからね! あんたの今までがとびっきり不運なだけだからね!」


 慰めにならない慰めの言葉をかけてくれる。



 天女さんはいつものダーツボードを出し、えいっと矢を放った。

 ボードの矢の位置と『異世界転生データ全集』を交互に見比べて、次の転生を読み解く。


 「おおっと!これは意外な転生だわ」


 「どこ?」


 「今回は行ってからのお楽しみってことで」


 

 そして俺は…… ミジンコになった。



        ◇◆◇◆◇



 転生直後の意識混濁が徐々に治まり、俺はミジンコとしての人生をスタートした。

 

 ミジンコの生活は結構過酷だった。


 ミジンコである俺たちを食おうと常に小魚が狙ってくる。

 突然の水の流れにつかまり遠くまで流されたり、浅い水辺に入ったところから抜け出せなくなり生温くなった水の中で死に直面したり。


 とにかく生きることに精一杯で、過去の俺を振り返る余裕など全くなかった。


 俺はなんとかここで生き延び、ここでの生きる術を学び、ここで成長した。

 このあたりのミジンコでは一番体も大きくなった。


 

 基本的にミジンコはメスだけ。クローンで子供を増やす。

 過酷な環境だとオスが産まれて交配する。


 ここは生きるのには過酷だが、ミジンコの生態には適した環境だった。

 俺はメスとして多くの子孫を残した。全部俺のクローンだが。


        *

 

 もう長いこと生き抜いた。

 俺は子孫に囲まれ、幸せな晩年を過ごしていた。


 高齢で最近ガタが来はじめた俺の体、周りがよく見えなくなってきた目、回転がにぶくなり幸福を感じやすくなった思考。


 この水辺でよかった。俺の人生、幸せだったな。

 もう充分生きた。俺は満足していた。



 優しい日差しが水辺に差し込んでいる。

 俺はふっと意識が遠のくのを感じた。

 水の底にゆっくり、ゆっくりと沈んでいく。

 

 それまでいつも俺を狙っていた小魚たちも、俺の人生に敬意を表したのか、俺の最後をじっと静かに見守っていた。


 一匹の小さなメダカが現れた。まだやんちゃな子供だ。


 死にゆく俺を静かに俺を見守っていた大人のメダカの後ろからさっと飛び出してきた。

 すばやく水中を泳ぐと、水の底に着きそうになった俺をパクっとその小さな口で捉えた。


 よいよい。これも生態系の大きな営みのひとつだ。


 俺は最後まで精一杯生き抜き、最後にこの水辺の生態系に還元されることを嬉しく思った。


 『メダカよ。お前も精一杯生きろよ』



 こうして、長かった俺の満足したミジンコ人生とともに、俺の異世界転生が終わった。



        ◇◆◇◆◇



 「よかったじゃない、生存記録更新よ!」笑い転げる天女。


 俺はミジンコの寿命である一ヶ月を無事生き延び、安らかに天寿を迎えたらしい。

 悠久の時が過ぎたような気がしてたけど、それはミジンコとしての体感時間だったのね。


 「人間以外に転生するってのもあるのか!びっくりしたよ」と俺。


 「生命とは言ったけど人間に転生するとは言っていないじゃない。まあ人間以外はごくまれだけどねー。私もあんたがミジンコに転生するの知って笑い止まらんかったわ、実は」


 おお、この天女さんは俺がその前に赤ちゃんとして三日しか生きられなかったことをまだ引きずっていたときに、そんなこと考えていたのか。


 もしお金や勇者スキル持ちの転生者がミジンコになったらどうなったんだろう?

 まあ俺とは関係ないからいいや。どうせ俺のはミジンコでも関係ない『やり直し転生』だし。


 ミジンコとしての人生に充分満足していた俺。それで天寿全うしても転生するんだな。


 今回はこれでラッキーだったかも。

 転生できなければミジンコで終わってたところだしな。


 やっぱりもっと長い年月生きないと転生終わらないんだろうな。一ヶ月ってあまりにも短い。


 次こそ人間としてまっとうな人生を幸せに生き、幸せに寿命迎えて、それで最後にしよう!



 「さーて、次の転生先は⁉」


 すっかり楽しんでいる天女さん。


 「ここだ————!」


 乗り乗りでダーツを投げる。


 

 「よかったわね。今度は平和でのんびりした異世界で十五歳の魔法使いスタートよ。なんかヌルゲーじゃない?」


 今回は行き先も素性も教えてくれる。

 天女さん、心なしか嬉しそう。


 今回も『転生門』の調整は2人でやることになった。はじめて十分を切った。



 「では、リンクスタート!」


 天女さんの掛け声に突っ込みを入れる間もなく、俺は異世界に飛んだ。



        ◇◆◇◆◇



 「あんたの実力って、こんなもんなの?」


 天女さんが疲れた表情でつぶやく。


 

 こんなはずじゃなかった。


 いろんな異世界に行った。いろんな条件でスタートした。


 中には、ただただAボタン連打しさえすれば幸せに人生謳歌できるような超初心者ヌルゲー設定の世界もあった。


 それでも、異世界最長生存記録はここまで4年と72日と5時間26分。


 —— 俺ってこんなにダメなやつだったのか⁉



 「あんたが選んだスキル、あんたにぴったりだったわね。今までの転生者でここまでうまくいかないの見たことないわ。次で10回目。そろそろ普通に人生過ごせる当たり引きなさいよね!」


 天女さんは呆れ果てながらも、俺の不幸体質を内心楽しみ始めているようでもある。

 まあ天女さんも長い間毎回同じような管理のお仕事してきて、実は飽きてたのかもしれない。

 


 「さ——て、俺の10回記念の転生先はどこだ——?」


 俺は半ばやけくそで叫んだ。


 「今までまあいろんな不幸のバリエーションあったからねー。次はどんな不幸があんたに訪れるのか。もうそれだけが楽しみだよ、私は」


 もう天女さん、俺がどこの世界に飛ぶのかも興味なくなって、俺がダーツから読み取った転生先情報をたんたんと調整ダイヤルで入力するだけの自動書記人形と化している。

 次こそうまく行って、天女さんをぎゃふんと言わせてやるぞ——!


 

 転生した瞬間、そこは無だった……



 —— 俺は宇宙の言葉を聴いた。




———————————————————

次話『101買い目のプロローグ』へ続く



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