第3話 はじめての異世界転生

 「あー疲れた。スキル与えるのって、ほんとしんどいのよね——」


 どっと椅子にへたり込む天女さん。


 「あんたも一回やってみなさい。これがどんだけ大変か分かるから。そしたらあんたの私に対する感謝の大きさも変わってくるってもんだわ」


 無茶苦茶なことを言う。これあの「一度赤ちゃん産んでみなさい」って言われるようなやつだな。まあ現実世界で一回も言われたことないけど。

 しかも俺への二人称がいつの間にか「貴方」から「あんた」に微妙に変化してるし。


 

 「ずいぶん話し込んじゃったわね。今までの転生者はバイトの求人募集の面接みたいに事務的な条件の説明で理解してくれるんだけど、あんたと来たら、私が転生の説明してるのに、やれ小学校の頃の俺はーとか、やれ会社ではーとか、余計な振り返り多くって、進行するのほんと大変だったわ——」


 うわー恥ずかしい! そんな話ししてたのか俺。この手の悪口は直接本人には言わずに、面接終わって面接者が帰ってから同僚とやってくれー(照)。


 「じゃあ、ここからは巻いてって、さくっと異世界転生ガチャ終わらしちゃいましょうか」


 お疲れモードの天女さん、投げやりになってきているような気がするが大丈夫だろうか。

 え⁉ っていうか、今『ガチャ』って言ったよね?

 これって神様からしてガチャ扱いなの?


 「うるさいわねー。ちょっと言い間違えただけよ。正しくは、由緒正しき、無作為な厳正なる抽選で決定するのよ。ガチャなんて言った覚えないわ」


 「……」


 絶対言ったけどな。



 天女さんが両手を大きく広げて叫んだ。


 「さあ『転生くん』出てきなさい——!」


 白い床から、ダーツボードがせり上がってきた。いくつかの同心円と中心からの放射状の仕切りでエリアが細かく区切られて、区画ごとに色分けされている。


 一見普通によく見るようなボードだが、非常に細かく区切られていて、区画が多い。


 —— なんか分かった気がする。ダーツで決める異世界の旅やん、これ。


 「細かいことは気にしない気にしない! 昔っから『異世界転生』って言ったらこれなのよ」


 これで転生先とか時間とかその他諸々諸条件を決めるらしい。

 どうすればこの狭いダーツボードで一発で全部決められるのかは謎だけど。

 まあ、そのへんはさすが天界の道具ってことにしておこう。

 それにしても『転生くん』って名前、安直すぎやしないか。



 「あんた投げてみたい?」


 ダーツの矢を持って、白い部屋にわずかに引かれたスローイングラインに立ち、投げる気満々ですでに狙いを定めて的を狙うポーズをしている天女さんが俺に声を掛ける。


 「まあこんな経験なかなかできないし。投げてみようかな」


 「ブッブー。異世界転生規約第14条2項で、異世界転生担当官、つまり私しかダーツ投げられないことになってるのよー。残念でしたー」


 絶対性格悪いなこいつ。



 まあ、こんな細かい区画だともうどこ狙うもなにもないし、誰が投げても変わらんな。

 行きたいところに刺すなんてダーツのプロでも無理だ。


 「ではあんたはそこでどこの世界に行くか楽しみに見ててねー」


 天女さんがダーツの矢を放つ。

 矢はボードに斜めに当たり、ボードに弾かれて宙に舞った後、白い床に落ちた。

 スローモーションを見ているようだった。


 「こ、この場合は⁉」


 俺はまさかの展開に心臓が止まりそうになる。


 「単にもう一投よ。うるさいわね」


 —— 恥ずかしそうに、矢を拾いに行く。煽るだけ煽っておいて、めっちゃかっこ悪いぞ。


        *


 次はちゃんと刺さり、俺の転生先が決定した。


 ダーツボードの役目が終わり、静かに床に戻っていった。


 「転生先は『$ダ%^!#Ze`[ジZ+1}』よ!」


 誇らしげに天女さんが教えてくれたが、まだその世界の言葉を習得していない俺には全く聞き取れない発音だった。


        *

 

 「ではいよいよ転生ね」


 天女さんが手のひらを床に向けた。


 「いでよ『転生門』!」


 白い床にうっすらと魔法陣が刻まれたかと思うと、古めかしく荘厳な彫像が周りに施された豪奢な門が床から現れた。『地獄の門』にも似ている。



 「この調整が結構難しいのよね——」


 ダーツが刺さった転生先情報を分厚い『異世界転生データ全集』から膨大な数字として読み取り、『転生門』の取扱説明書を読みながら、門の側面の無数のダイヤルを

回して調整する。

 天女さん、『転生門』の取扱説明書のどこに何が書いてあるのか頭に入っていないようで、冒頭の「設置時の注意事項 (1)」から読み直している。


 まじかー、この天女さん転生門の使い方まったくマスターしてないんかい。


 

 待つこと10分……

 待つこと30分……

 待つこと1時間……


 …… もうそろそろ飽きてきた。


 天女さんが作業している傍らで取扱説明書を適当に読む俺。

 確かに面倒くさい設計だが、そこまで難しくはないだろ。

 さすがに1時間はかかりすぎ。


 「あんた、やり方分かったならちょっと代わりなさいよ」


 「はいはい」


 重い腰を上げたように装いながら、実は横で見ていてだんだん調整やってみたくなっていた俺はその提案に飛びついた。


 「残念でしたー。異世界転生規約第6条1項で、『転生門』の調整できるのは異世界転生担当官、つまり――」


 もおええわー。この天女さん、なんだかんだで結構楽しんでないかい?


        *


 調整しながら異世界転生についてのいろいろな裏事情を教えてくれた。


 天女さんたち転生担当官を管理している『異世界転生管理局』ってところが天界にはある。

 毎月の転生者数とかチェックするお役所のようだ。お役所はどの世界でも変わらないようで、自分たちでやりもしないのに、細かいルールを決めてくる。


 転生担当官は1人転生させるのに異世界転生の説明も入れてだいたい1時間くらいでこなすように指示されている。時間のかかる転生者もいるので月80人くらいがノルマ。その隙間に書類作成などの事務処理もある。結構多忙なお仕事らしい。


 「同僚の女神はテキパキと転生こなすのよね——。コンスタントに月100人はいくし、この前なんか120人も送ってボーナスもらってたわ。私は50人くらい。何が違うのかしら」


 転生門の調整に一時間以上かかってたらそれだけで転生時間オーバーするから、まずはその辺からじゃないですかね——



 今日だけ見てても分かる。

 この天女さんめっちゃ丁寧に転生の説明してくれたり、俺の質問に答えてくれてる。普段転生者一人送るだけでもかなりの時間使っているんだろうな。


 「ばれた?私がひとりひとりに時間かけちゃうから同僚の方にしわ寄せ行ってて、『私ばっかり働いてる』っていつも彼女に怒られてるのよね」


 同僚の女神にすこし同情した。


 「でも、顧客満足度はぶっちぎりで私が高スコアよ。懇切丁寧なケアが私の信条ですからね。彼女は細かく要望聞かずにパッパと転生先やスキル決めて異世界に送っちゃうからトラブルも多いの。しかも、強い転生者が好みだから、その分たちの悪いイレギュラーも多くて、めちゃくちゃになった世界もあるわ。まあ、転生担当官が二人いてバランス取れてるってことかな」


 天女さんが自慢げに語る。単に仕事が遅いのは丁寧とは言わんのでは?という疑問は俺の身を滅ぼしそうだから黙っておくことにした。


        *


 「できたわ!」


 1時間26分で調整完了。


 「普段はもっと早いんだからね!今日はたまたま調子悪かっただけなんだからね!」


 最終点検クロスチェックする俺。


 「ここのダイヤル、一目盛り設定間違ってる。その隣のダイヤルも逆に一目盛りずれてる。これだと別の世界にいっちゃうぞ。調整間違えたな」


 「え? ウソ⁉」


 天女さんは取扱説明書と『異世界転生データ全集』とダイヤルを何度も見比べて、最後に間違いを認めた。


 「確かに…… でも、今日たまたま間違えただけで、今まで一度も設定間違ったことなんてなかったんだからね! 本当だからね!」


 この天女さん、信用ならんなー。クロスチェックしていてよかった。

 今日の俺は結構優秀だな。まあ自分の異世界転生かかってるからかも。


 「で、この設定のままだと俺どこに行ってたの?」


 「宇…… 宙…… が…… 生まれる…… 前の…… 世界……?」


 ダイヤルと『異世界転生データ全集』を調べて天女さんが答える。


 「おいそれ『転生したら素粒子でした』になるところやんー(怒)!」


 もう絶対信用しないわ、この天女さん。

 クロスチェックの大事さを身をもって知った。


        *


 「これで完璧よ!」


 何を自慢しようとしているのか、俺に向かってウインク&サムアップする。

 終電で帰ろうとしてこの部屋に飛ばされてきてから、かれこれ四時間以上経っている。


 もう東京では空が明るくなっているころだろう。

 あれ?実際には向こうの世界では数万年経過してるって言ってたから、もう四時間どころではないのか……



 はじめは異世界転生の話題で眠気も吹き飛んでいたが、『転生門』調整で待機時間長く緊張感もなくなった代わりに今猛烈な睡魔に襲われている。


 「ちょっと仮眠取ってから転生してもいい?」


 全く緊張感のない俺の問いに、これまたすげなく答える天女さん。


 「異世界転生規約第15条1項(2)『調整完了後は速やかに転生を遂行する必要がある。これに違反した場合、――』」


 「もうええわー!」


 なんだかんだで、今日だけで異世界転生規約 結構覚えたぞ。

 異世界転生管理局に届ける転生先書類を書き上げた天女さん。


 「—— よし、準備万端ね」

 

 俺は転生門の前に立った。

 転生門が開き始める。扉の隙間から光が溢れ出してきた。


 「そうそう、最後に一つだけ教えて。元の俺の世界では俺どうなったの?失踪したことになっている? それとも死んだ?」


 「そのどちらでもないのよねー。あんたは――」


 転生門が開き終わった。俺の体が光になって門の中に吸い込まれていく。

 うわー、めっちゃいいところなのに最後まで聞こえない——

 


 —— そして、俺は異世界に転生した。





———————————————————

次話『異世界生存記録』へ続く



毎日1話ずつ投稿していきます。


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