第1話 異世界天女

 「はじめまして、猿田 司馬夫さん。

    異世界に転生したら、貴方はどんな人生を望みますか?」



        ◇◆◇◆◇


 

 彼女は『転生天女』、転生を司る女神だった。またの名を『異世界転生担当官』。


 俺は幸運?にもこの天女さんに白羽の矢を立てられて、転生者候補になったのだという。


 

 電車に乗っていたはずが、気がつくと大きめの真っ白な部屋に二人で対面で座っていた。


 座っている椅子の他にはなにもない真っ白な空間。


 『これ異世界転生系のアニメでよくみる定番のやつだ。こんなベタな設定本当にあるんだな』


 俺はこんなときにも関わらず、冷静に状況を観察していた。



 「ね? 栄誉なことでしょ? 数多に存在する世界の、数多に存在する生命の中から、貴方が選ばれたのよ? 少しは喜びなさいよね」


 顔に見合わず少し砕けた、天女らしからぬ斜め上からの物言いで俺に偉そうに語り始める。


        *

 

 天女さんいわく、世界はひとつだけではなく平行的に多くの世界が存在している。

 異世界転生は生命に例えると進化を促進する突然変異のような位置付けで、世界が停滞しないように悠久の昔に神々が作った重要なスパイスらしい。


 「会社でも、新しい社員入らずに何年も同じ顔ぶれで仕事してると会社の中腐っていくでしょ? あれとおんなじよ。異世界から新しいひとが入らない世界は必ず『淀む』の。そうなったらお終い」


 天女さんは、手のひらをぽいっと返す。



 異世界からの転生が止まった世界は停滞し、いずれ滅んでしまうことが、神が観察してきた歴史の中で証明されているという。


 「まあぶっちゃけ、天界もそれで淀んで腐ってるんだけどね——」


 さりげなく自分の組織をくさす天女さん。だんだん性格見えてきたな。


        *

 

 異世界転生担当官は、ちょっぴり痺れるスパイス代わりにその世界にさざ波を立てる役目として転生者を送り出し、世界を停滞せずに進化させ続けることが仕事。


 異世界転生の仕事をしている女神が天界には2人いて、彼女はそのうちの1人。


 天界の中でもこの異世界転生担当官の仕事は花形で目立つらしい。


 「まあ、担当官が花形っていうより、ぶっちゃけ私が可愛いから花形になっちゃってるんだけどね——」


 この天女さん、ほんといい性格してる。



 「もうひとりはTHE 有能って感じの、ちょっときつめの女神で、かれこれもう長いことふたりでこの仕事やってるわ。どのくらいになるのかしら…… 長すぎて覚えてないくらい(笑)」


 イマイチ頼りになりそうにないのよね、この天女さん。同じ転生するならTHE 有能な女神様にお願いした方がうまくこと運んでくれそう、って感想はおくびにも出さずに、真剣な面持ちで天女さんの話しが終わるのを待つ。



 「ふたりっていうのは微妙なときはあるんだけど、私のよき相談相手&理解者ってところかしら。たまにケンカしては仲直りしてって繰り返して、もう腐れ縁のようなものね——」


 結構楽しい職場っぽいな。まあこう言う花形の職場ってのは、その実怖い女子の花の園であるのも昔からのお約束ではあるから話半分に聞いておこっと。


 

 「正直、異世界転生と世界の崩壊の因果関係はよく分かってないのよ、天界でも。分かっているのは、異世界転生が止まった世界が崩壊する確率が高い、っていう状況証拠だけ。

 異世界転生者が何すれば崩壊の危機が回避されるかは未だに謎なの。

 実際に転生してもその世界の一般の人とほとんど変わらない人生送るひとも多いし」


 「へえー、そんなもんなんですね。異世界転生者が勇者として魔王倒すとか、すごい活躍することで世界を救ってるのかと思ってましたけど。普通の人と変わらない生活送りながらも、何故かその世界が安定しているってこともあるんですね」


 それであれば異世界転生のハードル少し下がるな。勇者になるのとかは正直勘弁してほしいよね。自分のキャラでないし。



 「でしょでしょ? これが思い込みと事実のギャップってやつよね—— 『それってアナタの感想ですよね』とかドヤ顔で論破するやつ」


 なんか例えが間違っている気がするけど、面倒になりそうだからここはまあ放っておく。


 「それだったら選ばれた転生者も気が楽ですね。特別な人間だけがなるかと思ってました」


 「そうそう! だからぶっちゃけ異世界転生者になるひとなんてのよ!」


 ドヤ顔で解説する天女さん。


 えっ? さっきまで「私が貴方を選んだ。貴方しかいない」みたいに勧誘してくれてたよね?

 なんかかぶっちゃけすぎじゃない?



 俺の微妙な受け取りを感じ取ったのか慌てて言い直す。


 「いやいや、貴方は特別よ、特別! 私が言ってるのはただの一般論だからね。貴方みたいな人に異世界転生してもらいたいなーってずっと前から思っていたの。貴方に会えてよかったわ」


 めっちゃ取ってつけたような言い直し。

 口は災いのもとをこんなにも端的に表現する能力は逆にすごいわ。

 


 「でもね。逆に厄介なのが、まれに現れる凄いこと起こしちゃう転生者なのよ」


 このようなことを天界では『イレギュラー』と呼んでいるらしい。


 「彼らは、普通の人間ではありえないような強烈な能力で異世界に大きなイレギュラーを巻き起こして、世界がそれに引きずり込まれちゃうの。そのイレギュラーがその世界にとって吉と出るか凶と出るかは運次第なんだけど、未曾有の危機から世界を救う英雄になることもあれば、世界を滅ぼす厄災になるかもしれない」


 「でも、天界の神様なら、酷いこと起こす転生者をおとなしくさせることなんて簡単じゃないんですか?神様の力があるんだから。神様より強い異世界転生者なんていないですよね?」


 俺は天女さんが出してくれた、少し甘さを感じるハーブティーを飲みながら尋ねる。


 「天界は外界で起こるトラブルには基本ノータッチなのよ。地震でも火山でも戦争でも。星の爆発とか宇宙の消滅もあるけど、それらを神々の力で防いだり、その世界を救うことはないわ」


 「神様ならそれが当然って気もするけど、結構シビアなんですねー。そのへん」


 「私たち神々の視座からするともう『そのひとつの世界がたとえイレギュラーが原因で滅んだとしても、全世界の進化のためには異世界転生があった方がいい』って割り切りなのよねー。確率論的に言えば、数多ある世界が停滞して滅んじゃうよりはいいから」



 すげーシビアな話しだけど、腑に落ちる。っていうか、うちの会社も転職できない社員ばっか残っているから、もうだんだん社員固定されてきてるよね。やばいよなー。他人事でないわ。


 「まあ、貴方は良い意味でも悪い意味でもイレギュラーになりそうにないタイプだから、そのへんは安心よね」


 つまらん人間って今言われたような気がしたんだけど気のせいでしょうか?

 まあ、俺からしたら「英雄イレギュラーになって世界を救って!」とかお願いされたら断固としてお断りしたくなっただろうから、その点はよいけど。


        *


 「ね、転生してみたくなってきたでしょ?」


 天女さんがうるうるした瞳で俺を見つめてくる。

 ネットワーク商法の勧誘か!つい最近騙されたばかりだからその手には乗らんぞ!と思いながら可愛い天女さんの誘いについつい口が滑る。


 「転生って俺に向いてそうですか? 候補になったってことは俺のどこかにキラリと輝くところがあったってことですよね、やっぱり」


 おい!俺!騙され始めてるぞ!

 相手がいくら可愛いからって、自分から積極的に墓穴掘っていくなー!


 「貴方は平凡っちゃ平凡なんだけど、どこかキラリと輝く才能があるかもしれない、ないかもしれない、あったらいいな〜って、長年転生天女やってきた私の勘が囁いたのよ」


 ずっと思ってたけど、この天女、絶対勧誘下手だよね。何度も何度もトラップに嵌りそうになる俺をあえて釈放して手土産持って帰すスタイル。


 だんだん俺の言葉もぞんざいになってしまう。


 「俺なんかよりもっと優秀なやつとか正義感強いやつとかが転生したほうが世界にとってよさそうですけど」


 「それなのよねー。ほら、転生先の異世界のことも大事なんだけど、ぶっちゃけこっちの世界も大事でしょ?優秀な人がいきなりこの世界から消えちゃたりすると騒ぎが大きくなるのよ。私それで何度も失敗して、上神たちに怒られてんのよねー。だから今回は――」


 「――明日からいきなり消えても騒動にならない俺みたいなのを選んでる、ってことですか」


 ギクッとした顔をする天女さん。「イヤイヤイヤ!」高速で手と首を振って全力否定。


 「貴方には他の人にはない魅力がある!きっとそうよ! そうそう、貴方はスバラシイひとだー。うんうん、私が選んだだけはある。もうそうとしか見えなくなってきた——」


 この天女さん、自分が思ってもないこと誤魔化すのも下手だよなー。


        *


 「とにかく貴方に決めたのっ!これはもう決定なの!絶対に私が幸せにしてあげるから〜」


 最後は泣き脅しにかかる。しかしそんな詐欺まがいの勧誘には引っかからんぞ。


 一瞬幸運が舞い込んだと思うとその直後にどん底に叩き落され続けてきた俺の目には、この話しはMAX回避系にしか見えん。絶対悲惨な目に合う。


 住み慣れた日本でもうまく人生歩めない俺が異世界転生なんてしたら、どう考えたって悲惨な目に合いそうな気しかしないだろ。


 「どうせ転生者なんて神様にとったら塵芥と同じ扱いでしょ?いきなり何の知識もない異世界にぽいっと放り込まれてあとはよろしくーって。そんなの野垂れ死するに決まってますよ」


 「この転生天女、そこまでゲスくはないわよー。転生した異世界の言葉やその世界で生きるための一般の人くらいの知識は元から授けるわ。あと初期装備で現地の服と路銀ももれなくプレゼントする大盤振る舞いよ」



 「異世界転生って言われてもいろんなのありすぎて幅広いから、全然ピンとこないんですよねー」


 「おほん、それでは解説しましょう」


 急にメガネを指で持ち上げてしっかり掛け直し、髪を後ろに一本にビシッと束ね、手には指し棒で黒板を叩く。あくまでイメージだけど。


        *


 「うちの転生はね、マインちゃん系の魂入れ替わりタイプじゃなくって、突然その世界に出現するスバルきゅんタイプね。転生先での年齢はランダム、0歳から今の貴方の年齢までの範囲。転生先では貴方とは別の姿になるわ。そういった意味ではスバルきゅんよりも『スライム○して300年』に近いかな」


 さらっとルール説明で他作品出しちゃってる気がするぞ。わかりやすいからまあいいけど。

 しかし何でずっと「きゅん」呼びなんだろ。

 変なところにこだわり持つタイプなのかもしれない。



 俺は転生のタイプについて感想を述べる。


 「その世界にとっては急にひと一人増えるのか。しかも知り合いいないところからのスタートって、あまりコミュ力高くない俺にとっては厳しいなー。マインちゃん系なら家族がいたり友達がいるところからだから少しは楽できそうだけど」


 「その分、マインちゃん系だと逆にめんどくさいしがらみがあるってことよ。ほらお母さんに疑われたことあったでしょ?『本当にマインなの?あなた誰?』って。その点、急にぽつんと都市に現れちゃう系はしがらみなくって楽よ。貴方のコミュ力で、転生したら自分からは誰だか分からない家族がいてめっちゃ話しかけてこられたら、その方が対処キツイでしょ。それに魂入れ替わった元の魂どうすんの問題も出てくるしねー」


 確かにそう言われればマインちゃん系はつらそうだな。マインちゃんも『元のマインはどこに行った』って男友達に問い詰められて『私がこの娘に乗り移ってなかったら、この子はとっくに死んでるわ!』みたいに切れてたしな。その気持ちはわかる。



 「そして、転生者には何とスペシャル特典サービスとして、何でも好きなスキルひとつプレゼントすることにしているの! すごいでしょ? その世界で大金持ちとして転生することもできれば、勇者でスタートしてもいい。抜群の身体能力でも、魔法能力でも、女性にモテる力だっていいの。貴方が望むスキルを何でもひとつ与えるわ。どう?やる気になってきた?」


 まあ、転生ものでありがちな設定だな。でも不幸体質の俺には『チート能力で知らぬ間に異世界無双?』や『無自覚な俺のスキルって最強だったの?』みたいなラノベ展開は起きないだろうから、そんなことに騙されはしないのだ。


 「そんなうまいこと言って、お金を与えれば金に目がくらんだ周りから殺されたりするアンチスキルもこっそりセットなんでしょ?」


 疑いの眼で天女さんをジト目で見つめる。


 「神に誓って、アンチスキルを設定することはないわ。私が貴方に与えるのは純粋なスキルだけ。でもそのスキルを役立てられるか、身を滅ぼすことになるのかは純粋に貴方次第だけどね。どんな世界でも身の丈を超える力は己を滅ぼしかねない劇薬。ひとの奢りや妬み謗み、醜い感情は普遍的に存在するからそっちの方がアンチスキルよりずっと怖いわ。貴方がどんなスキルを望むかは貴方次第だけどね」


 うわー、来たよこれ、このパターン。あまり細かくルール説明せずに最後に『あなたが自分で選んだスキルでしょ?自業自得じゃない』って、返品冷たく断るやつだよね。クーリングオフも認めない悪徳商法の手口だ、絶対。


 「ここで転生を断ることもできるんだよね?」


 びびった俺はこの話しなかったことにしようとする。


 「ごめんなさい。それは無理。貴方がこの電車で私と会ってから、元の世界では数万年が経っているの。元の世界に貴方を返すことはできるけど、すでに人類は滅んでいるわ。それでも戻りたい?」


 まじかー。会う前に先に相談してくれー。しかも数万年後には人類も滅んでいるとはー。

 天女と言いながらやってること悪魔の所業だなー。


 すでに退路を絶たれていた俺は、前に進むしか道は残されていなかった……


 —— あなたなら、こんなときどんなスキルを望みますか?(涙)




———————————————————

次話『トラップ回避スキル』へ続く


一挙公開はここまでで、明日から毎日1話ずつ投稿していきます。


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