第20話 親友

 アウロラが眠り姫と呼ばれている理由は、二つあった。



 一つは、いつまでも寝台の上で眠りこけており、ちっとも王族の務めを果たさないから。


 もう一つは、彼女と顔を合わせた者のほとんどがしばらく会話を交わしているうちにぐっすりと眠ってしまって、ちっとも王族の務めを果たせないから。



「アウロラ王女殿下は、魔力回路失調症だと思われます」

「……魔力回路失調症?」



 聞き馴染みのない病名に首を傾げるマルテに、トリエノは詳しい説明をする。



 魔力回路失調症とは、文字通り魔力回路に不調が見られるようになる病のことである。

 原因は様々であるが、神経に沿うような形で身体に張り巡る魔力回路の機能が著しく低下することであり、それによって魔術の暴走が引き起こされるのだ。


 アウロラの場合は、自分の意志とは関係なく他者との会話を通して相手を眠らせてしまう魔術が発動してしまっていた。



「なるほど……それであんなに眠かったのね!」



 マルテは、自らの魔力量が多いのでギリギリ眠ってしまわずに済んだが、それは王族にも劣らないほどの魔力を持つ彼女が特別なだけで大抵の貴族たちはアウロラの魔術によって彼女の声を聞いているうちに眠ってしまう。これでは会議やお茶会にもまともに参加出来ない上に、王族としての公務も務まらない。


 そんなアウロラ王女の体質を改善しようと宮廷魔術師達は尽力したが、どうにもならず、治療師も医者もすっかり匙を投げた。



 しかし、トリエノは違う。



「これを解決する方法は、魔力回路を正すことです」




 一時期、同じ病に悩んだとされる者を治療した記録がオサ・マジョールの魔術書庫に残っていた。それをトリエノは莫大な書物の中から見つけ出したのだ。



 *



『陽の光を浴びて下さい』

『……は?』

『それと規則正しい生活と、適度な運動——睡眠は十分かと思いますが、なるべく朝と昼は起きて夜に寝てください』

『え?』

『腸内環境を整える為に脂っぽい食事は控えて、ジョグールなどをデザートに……』

『ちょっと待ちなさい!』

『なんでしょう?』



 至極当たり前のことを言い出すトリエノに、アウロラは食って掛かった。



『そんなことで私の病が治ると思って!?』



 今までどんな者でも治せなかったのに——と叫ぶアウロラを相手にトリエノは淡々と答えた。



『——治ります』



 そう言い切ったトリエノは、寝台の上で寝転がったままのアウロラを見下ろしながらため息を吐く。



『そもそも私が申し上げたことの一つでも出来ているのですか?』

『いえ……それは……』



 視線を泳がせるアウロラは、自らの生活習慣振り返って顔を青くした。



 王宮の隅に追いやられ、眠り姫などと馬鹿にされることに腹を立てているうちに外に出なくなり、薄暗い部屋の中でボーッとしている毎日。果実や菓子を齧り、たまに紅茶を啜り、まともな食事も取らずに眠りたい時に眠り、起きたい時に起きている。腸内環境も劣悪で、唐突に原因不明の腹痛に悩まされたかと思えば痛みが無くなった途端に暴飲暴食を繰り返す。



 ——そんな過剰なストレスと、荒れ果てた生活によってアウロラの魔力回路はボロボロになっていた。



 ちっとも目を合わせてくれないアウロラに、トリエノはこう言い放った。



『——ご文句は、私が言った通りの生活をこなせてから仰ってください』

『う、うわぁああああ〜〜〜〜ん!!』



 乳母にも叱られたことがないのに〜ッ!!と喚くアウロラに、後ろで控えている侍女たちは重い瞼を擦りながら(よく言ってくれた……!)と心の中でガッツポーズをしていた。



 *



「……それで、治ったの?」

「少なくとも改善はしたようです」



 トリエノはマルテが畳んだ新聞を改めて広げれば、アウロラ王女のインタビューを指差した。



『もう〝眠り姫〟とは呼ばせませんわ——』



 紙面の中で七色の髪を輝かせたアウロラ王女は、どのように食生活の改善したか、乱れた生活習慣を正したかについて語り、この一週間で自らが主催したサロンでのお茶会に三回も参加し、他国の貴族たちとも交流したと記者の質問に答えている。



『——その素敵なドレスはどちらで?』

『ああ、このドレスは私が自らデザインしたものなんです。どうか〝アウロラ・スタイル〟とでもお呼びください……』



 トリエノが謁見の際に来ていった深い青色のドレスと酷似した形の、銀色のドレスに身を包んだアウロラの姿には怠惰な印象は全く残っておらず、その笑顔は自信で満ち溢れていた。


 どうやらお茶会や会議などで寝落ちてしまった貴族は確認されていないらしく、魔術暴走は着実に改善しているらしい。




 これにはトリエノもニッコリだが、それに対してマルテは眉間に深い皺を寄せている。




「……む、ムカつくわぁ〜〜〜〜ッ!!」



 あれは、私がトリエノの為にデザインしたドレスなのに!!と騒ぎ立てるマルテの背中を優しく撫でながら、子爵令嬢は怒りに満ちた公爵令嬢を宥める。



「まあまあ、こちらのドレスも含めて交渉の材料でしたので……」

「だとしても、〝アウロラ・スタイル〟はないでしょう!?」



 マルテは、アウロラから恩赦を受けたことなどすっかり忘れて椅子から立ち上がると新聞の一面を春の陽射しに透かした。


 するとその裏面の隅に小さく書かれている『マルテ・ガラクシア、釈放』の見出しとアウロラの顔が重なる。



 それでもアウロラの笑顔が曇ることはない。



『私の親友である、落雷の令嬢ライーハデルトリエノに最大の感謝を——』



 その一言で締め括るアウロラに、マルテは真っ赤なドレスの裾を揺らしながら噛み付いた。





「私の親友ですことよッ〜〜〜〜〜!!!」





 バリーンッと紙面を真っ二つに引き裂くマルテに、トリエノは満面の笑みを浮かべていた。

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落雷令嬢トリエノの華麗なる国家転覆 ただのわんこ @7373milk

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