第16話 魔石
魔石のカケラは、魔石を採掘したり加工したりする際に生まれてしまうものだ。
魔道具のエネルギー源として利用できないことはもちろん、貴族の装飾品としても使われていない。平民が営む店に格安で卸されることが多いが、そこでも細かく砕いてガラスや粘土に混ぜ込んでそれから作られる日用品の強度を強めたり、魔力に反応して発光・発熱する性質を利用して簡易的なランタンや暖房器具の代わりとして使われたりするぐらいで、このように衣服のデザインに取り入れられることなどはなかった。
おそらくトリエノのドレスが初めての例だろう。
「私としてはもう少し控えめでよかったのですが……マルテ様が地味なドレスでは王女殿下に話すら聞いてもらえないと仰って……」
「マルテ様が?」
煌びやかなドレスに落ち着かない様子で語るトリエノにサビオが片眉を持ち上げる。
「王女殿下に拝謁させて頂くのであれば、新しくドレスを作りなさい——とデザイン画を送ってくださったのよ……」
サビオと共に馬車まで歩きながらトリエノは、このドレスをデザインしたのがマルテ・ガラクシアであること、そして彼女から手紙が届いたことを明かした。
その手紙の内容は、王族との謁見の際の作法であったり、新しいドレスをどのように仕立ててればいいのかという指示であったりした。
「マルテ様は、魔石のカケラではなくダイヤモンドを裾に縫い付けるように仰っていたのですが、流石にそこまでは……」
「た……たしかに……」
公爵令嬢ゆえに子爵令嬢とは異なる金銭感覚を持つマルテが描いたデザインをトリエノは一部アレンジしてドレスに仕立てた。
純粋な魔石よりは、魔力を持たない宝石の方が安価とはいえ、一時期は調度品を質に入れねばならぬほど困窮した経験もあるベンティスカ家には娘のドレスにそこまでの資金を割く余裕はない。
だからこそ、トリエノはマルテのデザインをなるべく損なわぬようにしながらも予算を抑えられるように魔石のカケラを使うという案をなんとか絞り出したのだ。果たしてそれは成功と言えよう。
トリエノが玄関を出ると陽の光を受けた魔石のカケラはその輝きを強める。
「お足元にお気を付けて……」
「ありがとう」
王宮へと向かう為の馬車に乗り込むトリエノに手を貸した使用人に彼女は微笑んだ。
その表情もいつもは長い髪に邪魔されてしまうのだが、王族の前で顔を隠すこと、髪を掻き上げることは無礼にあたる為、そうならぬように結い上げていた。
お陰でサビオにもトリエノの顔がよく見える。
(真昼の空の下でも輝いてらっしゃる……)
ドレスではなく、トリエノの笑顔に見惚れていたサビオは彼女を見送る為に馬車の脇に立っていた。
……しかし、いつまで経っても馬車は走り出さない。それどころか、トリエノはサビオの手を握ったままキョトンとしている。
「……あの、トリエノ様?」
何だか嫌な予感がしたサビオが主人の名前を呼べば、トリエノは訝しげな視線を彼に返す。
「なにしているの、早くお乗りなさい?」
「ハイ?」
思わず間抜けな声で聞き返したサビオは、トリエノに強引に手を引き寄せられたかと思えば——トリエノの真向かいに座らされた。
すなわち、それは馬車の中に引き摺り込まれたということである。
「ええ……と……?」
状況が上手く飲み込めないままサビオが瞬きを繰り返しているとバタンッと扉が閉じる音がして馬車はゆっくりと動き始める。その窓からは相変わらず無表情なアコニトが二人に向かって手を振っている姿が見えた。
トリエノは、兄が用意したよそいきの服をきちんと着こなすサビオの姿に頷くとニッコリと口角の端を持ち上げた。
「もちろん、あなたも行くのよ——王宮へ。」
そんなトリエノの無慈悲な一言と、馬車の揺れのせいでサビオは自分の舌を思いっきり噛む。
(な……なんで……僕まで……!?)
こうして元王立刑務所の牢番は、僅か二週間足らずで王宮へと足を踏み入れる羽目になったのである。
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