第15話 衣装

 コンステラシオン王国においてドレスと言えば、フリルやレースがふんだんに施されたものだった。


 大きなリボンや、何段にも重ねられたレースは、体格の小柄さを強調するのに役に立った。

 さらにコルセットでウエストを締め付け、重ね履きしたパニエによってスカートを膨らませ、その裾からチラリと見える小さな足にはヒールを履いた。

 それによって自分は、誰かの支えがなければ転んでしまうような〝守られるべき存在〟であると女性はアピールしたのである。



 コンステラシオンにおける美女の条件とは、弱きもの、小さきものとしての見られることであったからだ。



 だから貴族の令嬢たちは、幼い頃から踵が真っ赤に染まるまで細いヒールで歩く練習をして、夏場は蒸れて仕方がないのを我慢しながら分厚いパニエを履き、元々細い腰を小枝のように見せるために息が出来なくなるほどきつく締め付けてきた。



 そう、全ては適齢期までに、婚約者を——今にも転びそうな身体を支え、その背の後ろに身を隠させてくれる誰かを見つける為に。



『なんて、馬鹿馬鹿しいデザインなの?』



 そんな伝統をうっかり打ち破ってしまったのは、ペルデ王子の元婚約者——マルテ・ガラクシアだった。



『こんなにレースやらリボンやらをつけていたらせっかく私が取り寄せた生地が見えないじゃないの!』



 マルテが、コンステラシオンの伝統に沿ったドレスを用意した王室御用達のデザイナーを追い返し、隣国から連れてきた仕立て屋に新たにドレスを作り直させたことは貴族の令嬢たちにとって衝撃的な出来事であった。



 彼女はドレスから余計なレースとリボンを取っ払うとコルセットも締めず、通気性のいいパニエを一枚だけ履くと高くとも太くて安定感のあるヒールで歩いた。



 それはまさに革命——。



 今までの伝統から完全に逸脱したそのスタイルに最初こそ反発する貴族たちも多かったが、ドレスの生地や模様に拘ったお陰で見た目も悪くなく、何よりも伝統的なドレスよりもはるかに着心地が良かったので、若い令嬢たちを中心に〝マルテ・スタイル〟は徐々に浸透していった。


 そうして社交界における新たなファッションリーダーとなったマルテは、一体どこからこのような斬新なスタイルを編み出したのか頻繁に問われたが、〝単なる思い付きですわ……〟と微笑むばかりでそのアイデアの源泉について決して口を破ることはなかった。



 しかし、そんな彼女の視線の先にはひとりの令嬢の存在がいたことを忘れてはならない。



 その者こそトリエノ・ベンティスカ——。



 小柄な体格を強調する為に作られた、コンステラシオン伝統のドレスを着て外を歩けば、皆から指をさされて笑われ、その度に深く傷付いてきた哀れな少女だった。



 *



「トリエノ様、馬車のご準備が整いました——」



 そう言いながら屋敷の廊下を駆けてきたサビオは、孔雀の描かれた扉の向こうから現れた主人の姿を見て、息を呑んだ。



「あら、ありがとう……」



 どうやら低い声を出すのが癖になっているのか、じっとりと湿った声でトリエノは使用人に返事をする。


 しかし、その見た目はいつものトリエノとは大きく異なった。



「お……お美しいですね……」



 トリエノが身に纏っていたのは、遠くから見れば林に立つ木々と見間違えてしまいそうになるような深緑色の、地味なドレスではない。


 真冬の夜空を想起させるような深い青が染み込んだ、とろりとした柔らかな生地で仕立てられたドレス——繊細な刺繍が施された薄いレースが首から鎖骨辺りまでを包み、ドレープ状のスカートの長さは床に達した。また彼女の腕にピタリと吸い付いた袖は手の甲までを覆い隠し、何やらキラキラと輝いている。


 コンステラシオンの古き伝統を打ち破った、〝マルテ・スタイル〟を受け継ぎながらも、さらに洗練されたデザインへと進化したドレスをトリエノは見事に着こなしていた。



「フフッ……お世辞だとしても褒められると気分が上がりますわね……」



 サビオがうっかり漏らした褒め言葉をトリエノはさらりと受け流せば、その場でくるりと回ってみせた。


 するとドレスの裾が控えめにふわりと膨らんだ。袖と同じように星屑のような光がキラキラと煌めき、サビオの視線を奪う。



「輝いてます!」

「でしょうね……」



 目を見開いて、その感動を表現するサビオであったが、トリエノの反応は冷ややかだった。


 というのも、サビオがドレスを着こなすトリエノ自身が輝いていると表現したつもりであるのに対し、トリエノはドレスの裾や袖に散りばめられている魔石のカケラが輝いていることを彼が指摘したと受け取ったからであった。

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