第14話 理論
「確かに魔術には仕組みや根拠が存在すると聞きました。しかし、私たち、コンステラシオンの民は生まれながらにして当たり前のように魔術を扱えるんです」
コンステラシオンの民にとって〝魔術〟とは息をすることや排泄することと同じように、当たり前に出来ること。
それをわざわざ一体どのような仕組みで……と考えるのはその魔術を極めようとする者の仕事であって、まともな人間なら普通は何も考えずに使っているものなのだと、アコニトは語る。
「貴方は、何故息をするのかとか何故食事をするのかとか……その理由を考えたことがありますか?」
アコニトの問いに、サビオはしばらく考え込む。
「……そういえば、改めて考えたことがありません」
「でしょう?」
サビオの答えに最もだと言わんばかりにアコニトは頷く。
しかし、サビオはそこで会話を終わらせずに好奇心に満ちた瞳を輝かせながら言葉を続けた。
「でも、そう言われたら気になってきました!」
僕らは何故息をして、食事をし、排泄をするのか——そして、どうやって魔術を使うことが出来ているのか。
何もかもが不思議で堪らないと言うサビオは、廊下を振り返ると書庫があるであろう方向へ視線を向ける。
「また、トリエノ様と一緒に調べてみようかな……」
そんなサビオの台詞に、アコニトは花瓶の端に垂れてきた水滴を拭き取りながら溜息を吐く。
「……トリエノ様が、貴方を雇った意味が少しだけ分かった気がします」
「ええ!? なんですか?」
ボソリとアコニトが呟くとサビオはその声に勢いよく飛びつく。
「僕、なんでトリエノ様にお声掛け頂いたのか全然分からないんですよ! アコニトさんは、わかるんですか!?」
「近いです」
「もちろん、有難いと思ってるんです! 牢番の仕事も嫌ではなかったですが、ベンティスカ家にお仕えするようになってから面白いことがいっぱい起こるし!」
「近いですって」
「本当にトリエノ様はどうして僕なんかに声を掛けたんだろう……期待に応えられてるだろうかって書庫の中でもずっと考えてて……でも読書のお邪魔はしたくなかったので、聞けなかったんですよ〜!」
「だから近いッ!!」
ペラペラと舌を回すサビオをアコニトは押し退けると今度はまた別の仕事に取り掛かる。
一応、新人に使用人としての仕事を教えているつもりなのだが、なんだかお喋りがメインで研修が片手間になってきていると感じたアコニトは、サビオに口ではなく手を動かすように言い聞かせる。
「賢人は口を閉じておくものですもんね、了解しました!」
そう言って調子良く頷いたサビオはアコニトに言われた通りに部屋の掃除を始める。これでようやく仕事に集中出来ると思ったアコニトは、五個もある枕を全て新しいものへと替えていく。
これも浄化に関する魔術を持っているメイドであれば、簡単に終わるのだろうな……と思いながらも手作業で進めていくうちに、ふとアコニトの頭の中に疑問が浮かんだ。
(何故私は、浄化魔術を使えないのだろうか……)
それは、今まで疑問に思ったことすらなかったことだ。
アコニトは、当たり前のように生まれながらに備わっている自分の魔術を受け入れて、それを使いこなしてきたつもりだった。
しかし、よくよく考えてみれば貴族など恵まれた血統の者が扱うのは魔術は一つではない。
また平民の中でもいくつもの魔術を扱える者は存在した。ペルデ王子の現婚約者、アマンテもそのような類の人間である。
彼らはアカデミーに通い、その魔術を磨いていくが——中には、魔術を極めようとアカデミーを卒業してから魔術院に進む者もいる。そこで詳しく魔術を学んだ者は自らが生まれながらに使える魔術以上の魔術を身に付けることが出来た。
偉大なる魔術師、オサ・マジョールもまた生まれた時には魔術が三つしか使えなかったが、晩年には何百もの魔獣を使いこなしたとされている。
それは魔術に理論が、そして仕組みが存在するからこそ、可能なのである。
(……もしかして、その仕組みとやらを学んだら誰でも生まれながらに持った魔術以外を使えるようになる?)
サビオの言葉が胸に引っ掛かったまま、アコニトはしばらく作業を続けていたが、ついにその手を止めて仕事に勤しむ新人の方へと問いかけた。
「……ねえ、サビオ」
「なんですか、アコニトさん」
サビオが顔を上げればアコニトは無表情のまま彼に問いかけた。
「トリエノ様は、書庫で一体何をお調べになっていたんですか?」
その質問にサビオはキョトンとしながらも答える。
「魔術と、その法律についてです」
どちらにも同じような仕組みがあるんですね、と笑うサビオにアコニトは指でこめかみを抑えた。
(……一体今度は何をやらかすおつもりなのだか)
主人の目論見を見抜くことが出来ないまま、アコニトは深い溜息を吐く。
「そういえば知ってましたか、アコニトさん。魔術の有無が皇位継承権や家督の相続にも大きく関わってくるそうですよ——」
そして、トリエノの元へ王宮からの手紙が届いたのはそれから三日後のことだった。
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