第10話 屋敷

 ベンティスカ家の屋敷は、まず王都に一つ——それから領地に一つずつ存在する。



 王都にある屋敷は、初代ベンティスカ子爵であるチャパロン・ベンティスカによって建てられたものである一方で、領地の屋敷は領民からベンティスカ子爵家に寄進されたものだ。本来ならば領地を与えられた貴族はそこへ新たに屋敷を建てる。


 しかし、少し前から住む者が居なくなっていた屋敷をチャパロンは取り壊すことなくそのまま使用した。



 理由はもちろん、〝勿体無いから〟の一言に尽きる。



 取り壊すのにも、建て直すのにも、莫大な資金が必要だ。そこで新たな雇用を生み出したとしてもそれは一時的なものに過ぎないから、領民のためにはならない——ならばいっそのこと、新しく屋敷を建てずにそこにあるものをそのまま使うことで、その分の資金を公共事業などに当てる方がいいのではないかとチャパロンは考えたのだ。


 チャパロンのことをよく知らない貴族たちは、過去に建てられた屋敷を使い回す彼のことを貧乏性だとか貴族らしからぬだとか言って嘲笑ったが、チャパロンに爵位を与えたレボルシオン四世——当時のコンステラシオン国王だけは、彼の采配に深く頷いたものである。



 何故なら——かつてその屋敷に住んでいたのは、コンステラシオン王国でも随一の魔術師と謳われた男だったのだから。




「家具の一部や、傷んでいた壁紙やカーテン、絨毯などは取り替えたけれどもだいたいはそのままにしてあるのよ」

「なるほど……だからこのような不思議な雰囲気なんてすね」



 ベンティスカ領にある屋敷の廊下をツカツカと音を立てながら歩くトリエノの背中を、サビオは早歩きで追いかけた。


 足の長いトリエノは、その歩幅も大きくサビオはいつも小走りか、早歩きでなければ彼女に追いつけない。自分で足が遅いと分かっているアコニトなんてそもそもトリエノに追いかける気もないらしく、サビオが後ろを振り返っても見当たらなかった。



 王都にある屋敷は高さがあったが、ベンティスカ領・リブラにある屋敷はとにかく広かった。



 方向感覚が優れていると自負しているサビオですらあっという間に迷いそうになるのは、いつまでも続く階段に、終わりを知らない廊下、そして数えることが出来ない部屋のせい——扉にはそれぞれ部屋の名前に因んだ動物が描かれているものの、どこがどの部屋なのか全く覚えられない。孔雀が描かれた扉がさっき見たばかりにも関わらず、数歩進んだ先にまた現れるのだから、サビオは頭を抱える。



「トリエノ様、トリエノ様……!!」

「なぁに……?」

「孔雀が描かれた扉は一体いくつあるのですか!?」

「そんなもの、一つに決まってるでしょう……」



 サビオの問いかけに、トリエノは簡潔に答えると何をおかしなことを言っているのだと言わんばかりに振り返る。



「ここは偉大なる魔術師、オサ・マジョールが建てたと言われる屋敷……それぐらいで驚いていたら身が持たなくてよ……」

「えええ……???」



 一体どんな屋敷に住んでいるのだとトリエノに言い返したくなったサビオだったが、足元のカーペットがまるで水面のように揺れたところを目の当たりにして思わず口を閉じる。


 そしてしばらくトリエノの後ろについて歩くと今度は別の問いをトリエノに投げかけた。



「あの……トリエノ様……」

「なぁに……?」

「浅学で大変恐縮なのですが……オサ・マジョールとは一体どのようなお方なのでしょうか……」



 トリエノは、そんなサビオの疑問にピタリと足を止めればドレスの裾を翻しながら振り返る。



「興味があるのなら、自分で調べるといいわ……」



 金色に光る鍵を握り締めて、怪しげな笑みを浮かべる彼女の目の前には、両翼を広げたフクロウが描かれており、今にもそこから飛び出してこようとしていた。その迫力にサビオは気圧されながらもトリエノの手の中にある鍵と、それからフクロウのクチバシの先にある鍵穴を見比べる。



「それは……ラファガ様から受け取られた鍵……?」

「そう……これは、この部屋の鍵なの……」



 トリエノは、ゆっくりとその鍵穴に金色の鍵を差し込む。


 するとその鍵はトリエノが手を離した瞬間に小さなネズミに姿を変え、フクロウのクチバシにつまみ上げられる。



「ウワッ!?」

「フフフ……」



 今にも絵の中から飛び出してきそうと思っていたフクロウは、いきなりその両翼を動かし始めたと思えばトリエノたちの頭上を羽ばたいてゆく。



「な……何が起こって……!!」

「落ち着いて……」



 予想外の状況に思わず瞼を閉じてしまったサビオだったが、そんな彼の肩にトリエノの手が触れる。



「ただ、書庫への扉が開いただけよ」

「書庫……?」



 怯えながらもサビオが恐る恐る片目を開けば——そこは確かに書庫だった。



 ただし、どこの貴族の屋敷にもあるような書庫ではない。



 それは王立図書館にも勝るとも劣らない、かつての屋敷の主人であったオサ・マジョールの魔術書庫であった。

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