第7話 祖先
このコンステラシオン王立刑務所にて牢番をしていた新兵が、従者としてベンティスカ家に仕えるようになったのは今から僅か一週間前の話であった。
「おおおお……???」
鎧を脱ぎ捨て、ベンティスカ家のメイドが用意した使用人の制服に着替えたサビオは、屋敷を案内されながらその小さな口を開きっぱなしにしていた。
「そんなにずっと口を開けていたら虫に飛び込まれますよ」
トリエノ付きメイドであるアコニトが嗜めるとサビオは慌てて口元を手で押さえた。
その様子にアコニトは溜息を吐きながら「愚か者が賢く見られたいならば口を閉じていろ」と口酸っぱく唱えていた先代のベンティスカ子爵の話をした。
「その……トリエノ様のお祖父様がこのお屋敷を建てられたんですか……」
「そうですよ」
サビオが尋ねればアコニトは自慢げに頷く。
「大旦那様は、それはそれは偉大な方でした——」
アコニトの一族は、先々代からベンティスカ家に仕えており、アコニトの母はトリエノの父の世話役であり、そのまた母であるアコニトの祖母はトリエノの祖父——チャパロン・ベンティスカに仕えたのだという。
そのチャパロンこそ、ベンティスカ子爵家に爵位に見合わぬほどの栄光をもたらした男だった。
「こう言ってはなんですが……子爵家の屋敷にしては大き過ぎませんか……」
「確かに」
笑うアコニトの隣で、サビオは首が痛くなるほど上を向く。そうでもしなければ、この屋敷の天井を拝むことすらできないからだ。
例え、トリエノが背筋を正した状態で飛び跳ねたとしても決してその頭を打ち付けることはないほど高い天井と、サビオが広間と間違えたほど広い廊下は、チャパロンが権勢を奮っていた頃のベンティスカの栄光を物語っている。
「大旦那様は、トリエノ様より背が高くていらっしゃいました」
「トリエノ様より!?」
衝撃的な事実にサビオは仰け反った。トリエノの背丈は、十分過ぎるほど高い。それこそ、他の貴族の屋敷ではドアをくぐるときにも身を屈める必要があるほどだ。馬車も特注品でなければそこらじゅうに身体の一部を打ち付けてしまう。
しかし、そんなトリエノよりも背が高いチャパロンとは、どれほどの巨漢であったのか——想像を膨らませるサビオが息を飲むとアコニトが立ち止まる。
「ほら、あれを」
「あれ?」
彼女が視線で指し示す方向をサビオが目で追えば、廊下の突き当たりに絵画が掲げてあった。それはこれ以上近付けば全体が見えなくなるほど巨大で、縦は天井に届くほどの高さがある。描かれているのは家族の姿——ベンティスカ一族の肖像画である。
額縁の中にずらりと並ぶ貴族たちを前にサビオは眉を顰めた。
「な……なんか一人だけ、デカくないですか……???」
「それが大旦那様です」
「ひぇ……」
アコニトの返答にサビオが青褪めたのも当然だった。
小柄な貴族たちに囲まれるチャパロンは、まるで丘の上に生えたアレールセの木だ。その幹は太いわけではない。しかし地に張り巡らされた根がしっかりとしているのか、空に向かって突き立つ針葉樹を思わせる姿は例えどんな嵐が吹き荒れようと倒れることはないと信じさせるほど威厳があった。人々が見上げるに相応しい、堂々たる立ち姿。アコニトが立派な方というのも、分かる。
また飛び抜けた背丈に気を取られがちだが、よく見れば彼の顔もまたその荘厳な雰囲気に関わっていることにサビオは気付いた。
骨張ってはいるものの、すっきりとした顔立ちで一つ一つのパーツの配置のバランスが良く、相対する者に程よい緊張感を与える。サビオも目の前にいるのは実物ではなく、絵画であることはわかっているのだが、つい見惚れる。
「男前ですねえ……」
サビオが感嘆の溜息を漏らせば、アコニトはしばらく沈黙を舌の上で転がした後にボソリと呟く。
「……貴方はそう思うのですね」
「え?」
サビオは小さく首を傾げるが、アコニトはそれ以上言及することはなかった。
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