第6話 極光

 コンステラシオン王国は、資源豊かな土地に建てられた八〇〇年の歴史を持つ国である。


 しかし、建国史にはその起源を、さらに二〇〇年遡り、女神・アトモスフェラによる恵みがこの地に降り注いだところからコンステラシオンは始まったと記載されている。


 その女神の恵みこそが、この国の地中の奥深くに埋まっている魔石であった。


 古の時代を生きた魔力を持った生物たちの魂が閉じ込められているという魔石は、宝石としての美しさが飛び抜けていることはもちろん、魔道具を動かす為の貴重なエネルギーでもある。その為、いつしかコンステラシオンには優秀な魔術師たちが集い、狭い国土ながらもこの八百年間……どの国からの侵攻も寄せ付けず、コンステラシオンは栄え続けてきた。


 そんなコンステラシオン王国の民として、生まれたからには魔術の一つや二つ、使えなければ話にならない。平民ですら生まれながらに少なくとも一つは魔術を持ち、それを生かして日々の営みを行っている。


 また貴族は、その恵まれた血統をもってして、いくつもの魔術を操ることが出来た。そして、王族となれば——その高貴なる魂に刻まれた、ありとあらゆる魔術を使いこなし、この国を治める者として相応しいと人々に認めさせなければならなかった。




 それが、コンステラシオン王国において王族として生まれた者の義務である。




 しかし、たった一人だけ……その義務を放り投げようとしている者がいた。




 彼女の名は、アウロラ・コンステラシオン。



 別名——眠り姫である。




「——面を上げよ」



 眠気を誘う、おっとりとした声が王宮の一角に響いた。


 贅沢にも魔石を含んだ石材で作られた寝台の上に横たわる女性は、その七色に光る髪をばさりと流せば扇子で口元を隠すこともなく立派なあくびを披露する。


「それで、子爵風情が私に何の用ですの……?」



 退屈そうに寝台にしなだれかかるアウロラ王女は、自分の目の前で膝を折る令嬢を視界の端に捉えながらも今にも眠ってしまいそうだった。その姿は王族に課せられた義務もまともにこなせない、出来損ないの王女として皆が噂する通りの姿である。



(——だとしても……なんで、こんな簡単に王女との謁見が叶うんだ……?)



 しかも、何故僕まで……?と悶々とするサビオは大理石で出来た床をひたすらじっと眺めながら、雇い主の後ろに大人しく控えていた。



「お目通り叶いまして、光栄でございます」



 その声はくぐもることを知らず、王女のために作られた広い部屋の中でもよく通った。重たい瞼を伏せていたアウロラも、思わず片目を開く。



「王国の空を彩る、聖なる光にご挨拶申し上げます」



 サビオの視界の端で深緑色のドレスの裾が揺れる。



「——私、トリエノ・ベンティスカと申します」


 磨き上げられた大理石に映る、その堂々とした立ち姿はかつて栄光を極めたガラクシア公爵家の令嬢、マルテ・ガラクシアを思い出させた。


 しかし、小柄な彼女とは対照的にトリエノの背丈はアウロラが部屋の隅に飾っているアセイトゥナの木にも負けず劣らず高い。それこそ、数段上に置かれた寝台に横たわるアウロラをここからでも見下ろしてしまいそうになる程。



「……随分と大きい令嬢だこと」

 


 アウロラは、目を細めながら前髪を大きく掻き上げた。その仕草にアウロラの後ろで控えている侍女たちにも緊張感が走る。


 気分屋で、プライドの高いアウロラ王女の機嫌を損ねた令嬢の中には、社交界を追放——あるいは、その一族に与えられた爵位ごと奪われた者も過去にいたからだ。たかだか子爵家の娘が、アウロラを見下ろすことなどあってはならない。


(ど……どうか……どうか、その身を屈めるのです……トリエノ・ベンティスカ——!!)


 アウロラ王女に仕える、筆頭侍女であるオルテンシアはトリエノがその無駄に高い背丈を縮めて、アウロラに礼を尽くすことを祈った。


 しかし、トリエノはその背中を丸める気配もなければ、アウロラの前で膝を折る気配もない。



 ただ、立っている。



 かつて、この部屋でアウロラ・コンステラシオンとマルテ・ガラクシアが対峙したときのように。



(……一体、トリエノ様はアウロラ王女と何をお話しされるつもりなんだろうか……???)



 トリエノと、アウロラは視線を逸らさずに見つめ合う。そんな二人の姿を大理石越しに眺めながらサビオはごくりと唾を飲み込んだ。





 ——落雷トリエノと、極光アウロラ



 果たして二つの光のどちらがこの空を制するのか、サビオには見当もつかなかった。

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