最終話:刹那、そして永遠の季節に。

 凛とした痛みが胸を突き刺す。

 これは私鐘倉美空と城未来が共鳴りともなりしているからだ。

 私達は遥か未来を目指して日々戦い抜いている。

 そう、そんな戦いの最終局面。

 現在福岡県県道245号線。北九州空港間近の福岡重工へとやって来ている。

 目的は新造人型装機「肆」「伍」「陸」「漆」機の受領と新しい操縦者アクターとの合流である。

 巨大な倉庫の扉前で担当者と護衛の自衛官と挨拶を交わす。

 操縦者アクターは現在機内で既に癖の調整に入って居るとの事。

「ではすまないが早速出してもらえないだろうか?」

「かしこまりました。」

 倉庫の扉がレールに沿って開いていく。

 そこにはメンテナンスブリッジに囲まれた人型装機リンネが4体並んでいた。

 最奥の機体、漆番機はメインカメラが光っている。

 あれが新しい操縦者アクターか。

 私も参式を降りみんなに同行する。

「ではそれぞれ乗り込め。手帳に保存されている操縦の癖のインストール作業へ移れ。」

「「サー!」」

 東海林副長、餘目曹長、噛崎1曹はそれぞれ機体へ向かっていった。

 そこにオープン回線で女性の声が流れて来た。

「皆様、乗り込む前に挨拶よろしいかしら?今降りますのでお待ち下さい。」

 漆番機のハッチが開き、パイロットスーツ姿の女性が降りて来た。

「皆様初めまして。この度、陸上自衛隊福岡駐屯地人型装機操縦課から出向となりました。月水火土 真弥つきみかど まやと申します。よろしくお願いいたします。」

 お嬢様のような高貴な雰囲気に飲まれてしまう。

「お淑やかだな。俺は対電波放送局副長、東海林環。紹介しよう。彼女は餘目遥曹長。こっちは噛崎熾織1曹。そしてこっちが……」

 そのとき月水火土は悲鳴を上げた。

「きゃっ!」

 その悲鳴は私に向けられていた。

 自分では気づかなかった。それが当たり前になってしまっていたから。

「彼女は鐘倉美空3曹。そう怖がらないでやってくれ。両目が赤いのは英霊AIと完全同期した右目そして、今は亡き親友から受け継いだ左目だ。今生過去未来遍く事象を観測する観測者オブザーバーとして最前線で戦っている。血だらけなのはシステムによる観測視が酷なものだからだ。」

「そう……でしたの。失礼致しました。よろしくお願いしますわ。」

「はい、よろしくです。」

 握手を結び。互いを鼓舞する。

 血が垂れてくる。袖で豪快に拭う。

「あら、目が傷ついてしまいますわ。これをお使いになって?」

 綺麗なハンカチを差し出される。

 汚してしまうのが勿体無いくらい。

「あの、いいですよお気持ちだけで。ぐちゃぐちゃになっちゃいますし。悪いです。」

「なら私のを使え。」

「ボクのもあるよ。3曹さぁさぁ。」

 徐々に断りにくくなってくる。

「じゃ、じゃあ月水火土曹長。有り難くお借りします。」

 ハンカチを受け取り目の下を拭う。

 真っ白いハンカチが紅く染まってしまった。

 すごい罪悪感。

「あの、戦いが終わったら洗って返しますね。」

「差し上げますわ。お近づきの印に。」

「ありがとうございます!」

 悪い人ではなさそう。うまくやっていけるかな。

「さぁそこまでだ。各自機体に乗り込んでインストール作業に移ってくれ。」

 了解と言い残し、4人はメンテナンスブリッジを登りコックピットへと入っていく。

 順に主機に火が灯る。

 エネルギーラインも迸る。

 外部操作によりメンテナンスブリッジが開き、陸番機が前に出る。

 次いで「肆」「伍」「漆」番機が動き出す。

 参式はと言うと、福岡重工にて簡単な改造が施される。

 それは、無尽蔵のエネルギーを内包しているので意味をなさない充電用アンテナを送信用に切り替えること。

 これにより参式と直線上で結ばれる限り、「肆」「伍」「陸」「漆」番機はスカイツリーからの充電電波を受けているのと同様の効果が得られるのである。

 高千穂は渓谷の中。

 電波塔からの電波は受けられない。

 その為の改造である。

 簡単な物なので既に完了済。

 参式に乗り込む。メインモニターには送信感度を示すアンテナ模様が追加されている。

 サブモニターには「肆」「伍」「陸」「漆」番機のコックピット内を映すモニターがある。

 全てが映っている問題なし。

「よし、みんな準備は出来たな?輸送車は受け取ったドローンをありったけ乗せて分乗。これより我等は宮崎県を目指す。距離的に対して変わらないので走るぞ。済まないが鐘倉は速度を落とし先行、索敵を頼む。」

 そうだ、全力で飛べばみんなの充電ができない。

 そして何よりやってくる未来を数刻映すこの目がある。

「はい!了解しました!」

「じゃあ行くぞ!新生Knights of Träumereiナイツオブトロイメライ出撃!」

 「「「了解!!」」」

「ない……え?なんですの?まぁ了解ですわ。」

 福岡重工を飛び出す5機の人型装機リンネ

 残された作業者と役員は陸上自衛隊に保護されシェルターへ向かう。

「受け取ったかしら?私からのプレゼント。」

「意地が悪いな、御園生。せめて副長の俺くらいには知らせてくればいいものを。」

「それに貴方Knights of Träumereiナイツオブトロイメライって、前から言ってみたいなんて言ってたものね。かなって良かったじゃない。」

 東海林副長は俯いてしまった。

 まじな話なのか。ちょっと面白い。

 ああ、何気ない会話が緊張を解いていく。

 確かに緊迫はしているが、ガチガチになるよりは余程いい。

「それから月水火土真弥さん。私が対電波放送局局長、御園生詩葉です。出向その後転属ですので以降私の指示、今は現場統括の東海林副長の指示の元動いてください。」

「了解しましたわ。」

 福岡県内のマーカーは先行した参式によりほぼ壊滅。

 しかしマーカーに異変が訪れる。

 バラけていたマーカーが宮崎県高千穂を目指し集まっていく。

「みんな、マーカーが移動を始めました。我らが目指す彼の地高千穂へ。」

 そこに玄月2尉が続ける。

「高千穂とは、”天孫降臨”の地として有名です。邇邇藝命ににぎのみこと天照大御神あまてらすおおみかみの神勅を受け、葦原中国あしはらのなかつくに(高天原と黄泉の国の境)を治める為に高天原たかまがはらから高千穂に天下ったことを指します。」

 うん、話が難しい。神様が沢山居るんだろうな。

 そこで神を取り込み、絶対唯一の存在に成り上がろうというのか。

 説明の途中、局の観測員が割り込む。

「マーカーは全て高千穂に集合。女王のマーカーと重なりました。別件。黄泉神様から頂いたシステムに反応あり。」

「してなにかな?」

「は、久留米市、鹿児島市の”月詠神社”に観測特異点ノイズ収束。何者かがワープアウト、いや取り込まれます。」

 発令所のメインモニターには黄泉神が映し出された。

「それはまずいですね。あの神社は文字通り”ツクヨミ”神を祀る神社。であれば女王と呼ばれる個体の目指すべき物がぼんやりと見えて来ました。」

 私たちは無線を聞いてるだけ。

 発令所の会話は既に局長と黄泉神の領域へと上り詰める。

「私も同意見です。もし本当ならタイムパラドックスが起きかねない。黄泉軍は限界ですか?」

「そうね残念ながら現存する兵力が全て。あとは貴方達に託します。」

 だんまりを続けていた兼坂砲雷長が声を上げる。

「局長、だとすれば答えは……。」

「「過去改編」」

「そうその通りです。私たち局に駆逐される未来を回避する為過去へ戻りファクターを始末する事でしょう。」

 そういうことか、であればQueen型である女王は。King型のZuluが行ったことを知っている。

 そう”未来”だ。人型電波体ヒューマノイドバグスターである彼女に駆逐されたのは、共鳴りによって気づいて居る事だろう。

 であれば、今の話が本当ならば、女王は月読命を高千穂に天下らせ、取り込む。そして過去へとリープを始める。

 その過程で未来を始末するんだ。

 ともなれば間に合わない!このままじゃ先に高千穂にいる女王の勝ちだ!

 隊列を崩して全力飛行か?どうする。

 考え事もまとまらないそんな状態の時発令所にはアラートが響いた。

『ブー!ブー!ブー!』

「きょ、局長!女王に動きあり、女王と数体の取り巻きを残して、総力でKnights of Träumereiナイツオブトロイメライに向かい突っ込んできます!」

「Pawn型はじめ、Knight型、Bishop型、Rook型全てがやって来ます!間違いありません!」

「副長!」

 こうなればもうやるしかない。

 答えは見えている。きっと彼女にも視えている。

「わかっている御園生!鐘倉!最大推力で高千穂まで駆け抜けろ。道中雑魚の相手はするな!あとは俺たちに任せて飛べ!」

「しかし副長……。」

「鐘倉は信じられないか?俺たちの力が。誰がなんと言おうとお前が信じた俺たちを信じろ!電波は輸送車が中継する気にするな、征け!」

 くっそお!また失うかもしれない。でも心の底から信じている。信じています!

「……了解!信じました!鐘倉美空3曹!禁忌参式人型装機・擬似革命神格化改。オン・エア!」

 バーニア全開!時速100km/hで駆け抜ける。

 途中接敵するのを避ける為高度を上げる。雲の上。飛行機に乗ったことないから初めてだ。

 雲海を泳いでいく。お願いだから誰も欠けないで。

 ――――――――――――――――――――

 残された俺たちは間も無く敵の集団と接敵する。

「全員生きて帰るぞ。輸送車ドローン放出。最大限の援護を頼む。」

 局のドローンは20式小銃を装備している。弾種は浸蝕対電弾。効果がないのは承知だが肉片1つなくなるまで撃ち切ることで消失させる。

 さらには人型装機リンネの予備弾倉も装備している。可能な限り撃ち尽くす。

「来たぞ!各機散開!迎え撃て!」

「しゃあんなろ!ぶっ殺してやんよ!ひゃはは!」

 耳を疑う言葉が無線から聞こえる。

 それは予想もし居ない人だった。

「月水火土……さん……?」

 あのお淑やかな月水火土さんが殺してやると叫んでいる。

 両手に持ったリコイルライフルはオートで撃ちっぱなし。

 正面も横も上も、隙なく撃ち続けている。

 そしてリロード。両のライフルの弾倉を切り離しドローンに向ける。

 ドローンのアームを使いリロード。セット。そしてまた撃ちまくる。

「副長……同じ曹長として非常に恐ろしい。」

「ま、まぁ心強いんじゃないかな?ボクはそう思うよ……いやほんと。」

「事前情報何もなしで合流したから俺だって知らなかったよ。裏表激しすぎんだろ。あれ俺らには嚙みつかないよな……?」

 でも頼りがいのある仲間である。

「続け!孤立はさせるな!方陣だ!」

「「サー!」」

 すぐさま陣形を立て直す。

 月水火土曹長を中央に方陣を組む。

 中央は曹長が穴をあける。零れた残敵を残さず潰す。

 コアを狙えばよかった前回とは明らかに勝手が違う。

 よりきつい消耗戦を強いられている。

 肉片が残っている限り小さくとも動き回る。

 一欠片残さず捻じ曲げなければならない。

 もちろん弾倉は足りなくなる。

 近隣の駐屯地から絶えず輸送を受ける手はずになっている。

 早い物であればあと数刻で到着するだろう。

 俺達は残弾も気にしつつ殲滅を行っていく。

 細かくなればナイフで断ち切る等節弾もしっかりと。

「鐘倉さんついたかな~。」

「ここからだと大体100kmある。流石にまだだろう。だが急がないと取り返しがつかない。頼むぞ鐘倉。」

「奴なら大丈夫だ、きっと、いや。ここに居る誰よりも意志が強い。それに奴は独りで乗ってるんじゃないからな。俺等も俺等の仕事を全うするぞ、続け!」

 現在国道212号線を南下中。

『アラート!knight型強襲、正面。』

「速さに負けるな!立体機動で捕まえろ!」

 建物の少ない山間部の為立体機動で狙う建物がない。

 木では機体の重量を支えきれない。

 スティールワイヤーを伸ばし刺し貫く……筈が、Rook型電波体がそれを阻む。

 アラートに反応しないbishop型が背後に回り込む。

 山中で四方を囲まれてしまった。

「比較的対処が楽なbishopから叩くぞ。次いでrook。knightは遊ばせておけ最後に仕留める。混ざって出てくるpawnに最大限注意を。月水火土曹長、1人でrookはお願いできるかな?」

 帰ってくるのはさも当然な言葉。

「俺を誰だと思ってる。まかせろや!行くぞオイコラ!」

「俺達の使命は女王決戦にこの邪魔が入らないように足止めすることだ!今こそ魂魄を賭し尽くせ!」

「1曹!私が牽制を仕掛ける。流転。使えるな?」

「ボクを誰だと思ってるのさ!武蔵無しでも使いこなして見せる。刀を用意してくれた福岡重工に感謝だ!」

 餘目曹長が両腕のリコイルライフルで広範囲に牽制射撃を行う。

 そして噛崎1曹。裏事変以来の2対刃。鬼斬神葬二対一刃である。

 鬼斬刀を天高く掲げ神葬刀を横に構える。

 薄霞む。徐々に霧に包まれる。

「二天一流裏ノ型・流々流転!」

 伍番機が霧に消える。次の瞬間pawn型の背後に移動し刺し貫く。

 そして次。次。次。最後に高みの見物を決め込むbishopに向かい。

「二天一流正ノ型・閃!」

 木っ端みじんに切り裂いた。再生も難しいだろう。

「動きを止めたpawnの対処よろ~。」

 霧が晴れ伍番機は元の位置に戻る。

 その後は餘目曹長がライフルで、撃ち潰していく。

「よし。後ろはいいな。行くぞ月水火土!」

「やってるつーの!早く手伝え!」

「は、はーい……。」

 このrook型はキング無しでキャスリングを行う。

 knight型とキャスリングされると厄介だ。

「俺がrookを、やる!月水火土はknightに張りつけ!餘目、噛崎は周辺警戒!」

「よっしゃあ。いくぞ!」

 土水火土曹長はリコイルライフルを、腰にジョイントし高周波ナイフを取り出す。

 バーニア全開、knightに切りかかる。

 knightは攻撃の要だ、敵が見捨てるわけが無い。

 rookがキャスリング準備に入る。

「させないからな!」

 rookに向かい浸蝕対電弾を打ち込み行動を阻止する。

 流石にrookは硬い。浸蝕対電弾でも削るのがやっとだ。

 奥では月水火土とknightが一騎打ち。

 どっちだ、優勢か、劣勢か!?

 rook型の巨大なシールドに阻まれて見ることが出来ない。

 そこに一筋の閃光が走る。

 シールドが……割れた!

「副長!今!」

「ナイスだ、噛崎!シールドがなければただのpawn!体躯を、消し飛ばすのみ!」

 浸蝕対電弾を使い欠片1つ残さず消し去る。

「こちら餘目、周辺のpawn雑魚は対処完了。援護射撃に入る!」

 アンカーで道に機体を固定。折りたたみ式スナイパーライフルを展開する。

 素早く動くknight型。照準を合わせるがターゲットマーカーが踊る。重ならない。

ならばと全員で撃ち込む。

「みんな弾倉は交換したか?行くぞ!」

 数撃てば当たる作戦しか残されていなかった。

「一斉射撃!打ち方初め!」

 高機動のknight型に、雨霰の如く弾が降る。

 徐々にその身体が屈折していく。ドローンからの援護射撃もあり、逃げられる前に消失させることに成功する。

 ようやく一息つける。

「鐘倉はそろそろついただろうか。俺達も直ぐ向かおう。走りながら休憩だ。」

「頼むよ~鐘倉さん。貴女しか追いつけないんだから~。」

 騎士は征く。先行した仲間を助けるために。

 ――――――――――――――――――――

 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井御塩井。

 大いなる高千穂渓谷。遂に辿り着く参式が目にしたもの。

 それは予想と違わない結果だった。

 女王は既にツクヨミ神を取り込んだものと推測。

 見たことない次元空間が口を開けていた。

「あれが時間の。時空の裂け目。」

(急ぎましょう。入られたらどこに出るかわからない。私達過去には干渉できないから。)

「はいです!とりあえず撃って注意を惹きます!」

 ライフルを構え高出力のマイクロ波を撃ちこむ。

 もちろん東京事変と同じ。かなり固い。上に

(部分的時間遡行でしょうきっと。撃った部分だけ過去と入れ替えてるんだ。コアもないこれだけの質量。さてどうするかしら。)

「局長!どうしましょう!」

「今はとにかく撃ち続けて、変化があ……!?」

 変化は唐突に訪れる。

 吼えた。

 また吼えた。

 高千穂峡に浮かんでいた体をさらに上昇させ時の狭間に今入ろうとしている。

「まずい!入られたら!……ごめん未来。ごめんなさい局長!」

 鐘倉美空にはたった1つの未来が見えた。

 これは観測視。未来は変えられる。変える事が出来る。

 そう思うと不思議な事に、バーニアを吹かせ女王に張り付き共に時空の狭間に消えた。

「……っ!?鐘倉さん!?無線は繋がる?急いで試して!」

 局員は大急ぎでコンソールを弄る。

「ダメです。あらゆる角度から無線電波を拾いますが参式の物とは一致しません。」

「黄泉神様。どうにかなりませんか!?」

 メインモニターの黄泉神は考える。

 時、ツクヨミ。であれば。

「時間には時間の神の力を借りましょう。幸い九州の月読神社からしか取り込みを行っていない。全国の月読神社に宿る神に頼みましょう。一時でも繋がるか否かを。しばしまたれよ。」

 何を視て彼女はどこに出るかわからない

 出れるかもわからない狭間に飛び込んだのか。

 局長は青ざめる。

「おい御園生何があった!」

「ごめんなさいうまく説明できないの。無線は聞き続けて頂戴。」

「お待たせしました。黄泉ドライヴ更新をお願いします。」

「玄月2尉、お願いします。」

 黄泉神様から預かったシステムにアップデートをかける。

「1,2ペタバイト。また相当ですね。行きますよ。」

 システムの解凍、アップデートが進んでいく。

 前回と同じく容量に見合わない速度で。

 淡々とシステムは書き換わっていく。

「か、完了しました!」

「ではツクヨミ神の力を借りてそちらと通信できると思いますがどうでしょう。」

「鐘倉さん!?聞こえる?」

「ザ……ザザ……です。……はい!鐘倉です!」

 繋がった、奇跡なんだろう。

 現実には存在しない空間との通話。

 神々に感謝するしかない。

「なんで飛び込んだの!いつ出られるか、もう会えるかわからないのよ!」

「ごめんなさい。でも視てしまったんです。この女王が向かうのは今から3年前の夏。そこに目的があるんです。」

「3年前……ゆくりなき地上波事件?たしかそうだった筈よね。目的?まさか!」

 そう、局長の読み通り。女王の目的は。

「未来の抹殺です。必ずそこでタイムアウトします。私は、未来の為にも2人を助けたい。」

「状況に変化!女王が過去世界に顕現します!」

 空に穴が開いた。そう2つ目の穴。

 ゆくりなき地上波事件は幽世 アチラガワにいる女王が餌を求めpawn型を東京に解き放った事件。

 そしてもう一つ。ゆくりなき地上波事件とは違った事件が起きていた。それがこれだ!

 タイムアウトした女王はオリナス錦糸町に向かい体当たりをしかけた。

 太陽の花が咲き誇る季節は惨劇に見舞われていた。

 エントランス4階迄硝子は砕け散り、通路は崩落している。

 私は女王を横目にオリナスの1階エントランス部分に飛び込んだ。

 未来から聞いた話ならここで蒼君は食べられる、間に合え。

 エントランスには女王取り巻きとして過去改編に参加したpawn型。

 全速力で壁まで殴りつける。

 そのまま俯瞰しマイクロ波で蒸発させる。

 地上に降り、カメラで周囲を観察する。

 ……居た。瓦礫の下に泣きじゃくる幼い未来。

 じゃあやっぱり間に合わなかったのか。

 悔しい。

「ごめん未来。蒼君間に合わなかった。」

(いいのよ、覚悟してた。あの時の純白のロボット、茶髪のお姉さん。そしてその髪飾り。やっぱり貴女だったのね。)

「みたいですね。入学式の時点じゃ思い当たる事無かったのは事実ですし。さて、と。」

 コックピットハッチを開く。そこに片足をかけ身を乗り出し幼い未来を見つめる。

「ごめんね、お待たせ。貴女はもう大丈夫。私によろしくね。それじゃ。」

 女王も動き始め再度時の狭間に向かいその図体を押し込んでいった。

 裂け目が閉じ始める。

「未来実はね。」

(いいわ、わかってる。どこまでも2人一緒。覚悟してるわ。)

 ありがとう。そういい、私は局長に話しかけた。

「御園生局長。お願いがあります。無線を全館放送に、あと副長たちにも聞こえるようにしてください。」

「なにかしら……繋いで!」

「全館放送ですどうぞ。」

 私は話始める。

「私達の名前は都立錦糸中央高等学校整備科専攻2年2組5番対電波放送局操縦課鐘倉美空3曹と、同じく2年2組6番操縦科専攻局でも操縦課だった城未来1曹です。びっくりするかもしれませんが私達は今、ゆくりなき地上波事件当日にタイムリープしています。転生型女王とは多分決着がつきません。時の流れに沿って泳ぎファクターを消し去ることのできるタイミングで再び顕現するでしょう。」

 そこで局長は気付く。

「貴女達、それはダメ!許さない!帰ってきて!」

「早いですよ局長。なので私達は未来永劫あの時の狭間の中で女王がタイムアウトしないように戦い続けます。朝も昼も夜も無限の時間の中でみんなを守り続けます。それが参式が私にくれた観測視なんです。未来を抹殺する未来は変えられました。これからの未来も私達が変えていきます。ちょっとさみしいけど忘れないでいてくれると嬉しいです。」

 発令所では泣きじゃくる局長の肩を玄月2尉と兼坂砲雷長がなだめていた。

「局長、我々も別れは辛いものです。でも貴女は局の代表として言わなければいけないことがあるはずです。」

「どうか、今一度だけ立ち上がってくれませんか?彼女達には時間がありません。」

 ぐすんと涙を拭き立ち上がる。

「た、対電波放送局局長御園生詩葉が命じる。未来永劫終える事のない戦いに身を置く鐘倉3曹と城1曹に対し全館最大級の敬礼と感謝を!」

 皆が一堂に敬礼する。

 それは何より尊く、なによりも大きな犠牲だ。

「御園生。行かせるんだな?」

「ええ。酷ですが彼女たちのおかげで私たちの未来は保証される。ほんとは行かせたくなんかありません!」

 局員それぞれにそれぞれの思い出がある。

 学校にも家族にも当然事実を伝える。なぜ娘なのかと聞かれても私達は頭を下げる事しか出来ないだろう。

「あ!おいてかれちゃう!閉じそうです!さよならは言いません。それじゃあ皆さん行ってきます!」

 行ってらっしゃい。皆がそう思った事だろう。

 無線がNO SIGNALと表示される。

 すぅっと裂け目が閉じる。

 行ってしまった。

「うわぁぁぁあああん。行っちゃった行っちゃったよぉ。遥ぁ、熾織ぃ。」

「聞いていました局長。苦渋の決断……なのでしょう。鐘倉たちもきっと。今言うことではないですが、全員無事です。怪我もなし。これから帰路につきますので帰ったらその、胸をお貸しします。気のすむまで泣きはらしてください。」

「この喪失感は何物にも代えがたいな。ボクは大切な親友を2人も失った。ううん違うね、今この時も角度は違えど同じ時間の流れの中で戦っているんだろう。だめだ、我慢してたけど泣きそう。」

「御園生。ご苦労さん。お前が一番女子の局員を楽しみにしていたものな。俺が帰れば全館指揮権位暫く預かってやる。女王が消えた以上もうこの世界には電波体バグは現れないだろう。女子たちで旅行でも行ってきな。新しく1人増えるわけだし。」

 皆が思い思いに局長を案ずる。

 そしてお別れは続く。

「申し訳ないですが事件が解決した以上私も失礼致します。黄泉ドライヴは削除してください。この世のものではない物ですから。尊い犠牲でしたが黄泉を守っていただきありがとうございました。それでは。」

 メインモニターから黄泉神様が消える。

「あの、私も居ますわ。本当に短い時間でしたが鐘倉さんとはもっと仲良くなれそうだったのに残念です。これからはそちらでお世話になりますね。」

 こうして3年にわたるゆくりなき地上波事件とその関連事変は幕を閉じた。

 ――――――――――――――――――――

 2か月後。

「さぁ遥、熾織、真弥。京都に旅行に行くわよ。黄泉事変の報告書も上げたし漸く手にした安息の日々。ゆっくり癒されてきましょう!さぁほら準備できた?行くよー。」

「餘目曹長、2カ月で立ち直ったんですか?」

「いや、実は今でも夜は寝ながら泣いてたりする局長なりの強がりだろう。」

「私まで同伴してよろしいのでしょうか?まだ基地の方ともほとんど交流がないのに。」

 そんなこと、局長は気にしていない。

 決して新しい女子が来たから忘れたわけではない。

 今もこの胸にしかと刻み付けて今日という日を噛みしめて生きている。

 また結果局は解体にはならなかった。今回の事件の原因が日常の何気ない些細な事である以上、類似の事件が起こらないとも限らないとの判断である。

 それぞれ錦糸町にて英霊AIの搭載が行われた。

 先2人は依然と変わらず”シモ・ヘイヘ””新免武蔵藤原玄信”。

 副長には戦国時代最強と称された武人”織田信長”が。

 そして月水火土曹長にはジキルとハイドのもととなった人物”ウィリアム・ブロディ”が刻み込まれた。

 あれから常に参式のコールを続けているが不通。これはルーティンとなっている。

 ふと局長は軍人手帳を裏返す。いつかの夏のプリクラ。太陽と月のスタンプ。

 それほど重要な2人を失った。でもきっとこの空の続く場所に居るはずである。

「局長~電車来たよ~。」

「はいはい行くわー。」

 総武快速線に乗り込み東京駅を目指す。彼女らの旅行は始まったばかりだ。

 ――――――――――――――――――――

 太陽、月。親友の消失。尊い犠牲。衝撃の事実。

 未来永劫。終わりなき戦い。

 今こうして我々が何気ない毎日を送っているのは、彼女達が守ってくれているからかもしれない。

 日々感謝を忘れずに明日と言う未来を生きるべきである。

 

 月の想いが満ち欠ける季節に。 完

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月の想いが満ち欠ける季節に。 陽奈。 @hina-runa

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