第2話:私の未来、私と未来

 意識が溶ける。

 手放す迄はいかないが、微睡の淵に意識が辿り着く。

『緊急警報発令。緊急警報発令。島根県全域に特別非常事態宣言が発令されました。この放送をお聞きの方は最寄りの地下シェルター迄避難して下さい。屋外で未確認生命体と接触した場合は速やかに建物内に避難して下さい。繰り返します……』

 昼頃から鳴り響く避難警報。対電波放送局が打診しBPO放送倫理・番組向上機構が決定した非常事態宣言は、島根県から住民を消し去った。

 避難はほぼ完了しただろう。いや、していないと困る。今の所人的被害は報告が無い。

 災害派遣要請がなされ島根県、近隣県の陸上自衛隊から汎用人型装機が逃げ遅れた避難民の捜索、そして電波体バグの対応にあたっている。

 専門機関である我々、対電波放送局は何をしているか。”待機”である。

 正確には待っている。東京都錦糸町から輸送されてくる新造参式人型装機の到着を。

 先刻我々は、黄泉比良坂を通りこの世からあの世へ渡った。

 そこで黄泉神と出会い、現在黄泉が未曾有の危機に瀕している事を知る。

 黄泉と現世の橋渡しを行い、黄泉と手を組み転生型電波体リ・バグスターの対処にあたる。

 今度の個体はコアがない。よって対処方法は肉片1つ残さず消失させる事である。

 浸蝕対電弾で事象を捻じ曲げ空間ごと排除する。これを形が無くなるまで繰り返す。

 さもなくば奴らはしつこく活動を行う。

 そこで参式の凍結が解除された。

 参式のライフルから出るのは実弾ではなく高密度マイクロウェーブ。これで対象を蒸発させるのだ。

 しかし参式は昇華した。人を超える物に

 局長、BPOの判断で凍結処分となった。

 英霊に刻まれたのはかの有名なアドルフ・ヒトラー。

 乗り込んだ未来はZuluと共に電波体であったからか、機体に取り込まれずに済んだ。

 でも間違いなくヒトラーは乗り込んだ操縦者アクターを取り込まんとする。

  それを未来とZuluの魂を使い防壁とする。

 上手くいく保証はない。でも、やらなければ明日がない。

「聞こえるかしら?現地のみんな。申し訳ないけど夕刻です。輸送は続けますが、作戦開始は明朝から。HOTELは取れないんで各自車両と人型装機リンネの中で休んで頂戴。狭くて悪いけど。」

 特別非常事態宣言を発令しているから、外を彷徨う人は居ないと思う。電波体バグの被害も出ないとの考えだろう。

 ふぅ……と息を吐きパイロットスーツのチャックを下げる。

 空調を一段階強める。

「未来、狭いけど入る?」

「そうね……一晩外ってのもアレだしね。入れてくれる?」

 コックピットハッチを開き未来を乗せた手のひらを近づける。

「整備作業用に操縦桿がスライドするから……っと。これで少し広いかな。」

 シート両脇の操縦桿のロックを取り外し180°反転させる。

 操縦桿がシートの下に来る。

「こんな機構あったんだ…流石ね整備課。椅子はひとつだけど何とか寝れるか。」

 同じ部屋で過ごしたことはあるけどこうして寄り添った事あったかな?

 狭いコックピット内。私たちは密着する。

 冷たい。未来がものすごく冷たい。

「ごめんね、さすがに死んでるから暖かくはないんだよ。」

「いいんです!それでも!」

 それでも感じる温もり。私が本当に欲しかったものなんだろうな。

 私達の上に乗るZuluの顎を撫でる。

 見た目は可愛い猫なのにな。喋ると渋いんだよな。

やつがれで遊ばないで頂きたい。」

「たまにはいいじゃないですか。猫じゃらし持ってくればよかったかなぁ。」

 ゴロゴロ鳴き声をあげる。紛うことなき猫である。

 仄暗い風が頬をかすめる。コックピット内を満たしていく。

 コンソールを操作しハッチを閉じる。

 1人乗りだ。狭い。でも操縦桿がない分広く感じる。

 春とはいえ未だ寒さを感じる。

 寝よう。明日に備えて。

 ――――――――――――――――――――

 翌朝、朝一番に目が覚める。誰よりも早く

「起きて下さい未来、ハッチ開けますよ?」

 返事を待たず私はコンソールを操作する。人工光ではなく自然光が冷気と共にコックピットブロックへ入り込んでくる。

 外は今にも泣き出しそうな空模様。

 そこに未来が起きてくる。

「ん……まぶしい。おはよう……美空。Zuluも。」

「はい!おはようございます!本番の朝ですね!」

 本番の朝、参式がここ東出雲町揖屋駅へ到着しているはずだ。

 時刻は朝6時。局ではないので喇叭は鳴らない。

 機体の電源を切らずにワイヤーロープを使い地面に降りる。

 うんと背伸びをし体いっぱいに新鮮な酸素を取り入れる。

「早起きだな健康的でよろしい。」

 不意に誰かに話しかけられる。驚き振り返るとそこにはが居た。

「副長!?どうしてここに?」

「いやなに、お届け物と一緒に来たのさ。現場の指揮も含めてな。ほら駅のソコ。持ってきたぞ。」

 指さされた先を見る。布に包まれた、人型装機……参式だ!

 でも、未来が居るとはいえ正直怖い。人を取り込もうとする英霊AIアドルフ・ヒトラー。

 私に動かせるだろうか?自分を保てるだろうか?否、やるしか道は残されていないのだ。

 参式は起動キー……生きた未来を失った。BPOが次に使用しようとしたのが私、鐘倉美空。

 でも東京事変後誰の手帳も受け付けず、クレーンで回収された。

 突然汎用機の電源が落ちる。

 そんな中未来が後を追い降りて来る。肩にはZulu。

 そしてその手には懐中時計と私の生徒手帳。

「さぁ美空、乗ろう。私が導く。」

 生徒手帳を手渡される。

 駆け足で参式に駆け寄る。再生産されたAMCマントをかきわけコックピットへと辿り着く。

 外からスイッチを押しハッチを開き中に入る。

「この参式にはヒトラーによって私の魂の半分が囚われて居る。それをこの時計に固定する。」

 何を言って居るのかわからない。

 徐に懐中時計を開く未来。

 驚くことにその針は逆回転を始める。

 ゆっくりと。

 そして1周回り元の位置へ。時計が光を放つ。

「今だよ!美空!」

 考える時間はない体が勝手に動き出した。

「……イグニッション!」

 生徒手帳を差し込み電源を入れる。

 ……起動した!メインモニターに光が宿る。

 そこに発令所からの無線が舞い込む。

「参式起動を確認。」

「生徒手帳を認識。識別2−2−4、鐘倉美空三曹です。」

「参式からのコールバックサイン。ダメです!操縦者アクターとして受け付けません!」

 そんな無線を耳にした刹那遠く遠く意識が持っていかれる感覚に襲われる。

 遥か彼方に見える男性、間違いないアドルフ・ヒトラーだ。

 ヒトラーに引っ張られる中私の手を引いてくれる人がいる。未来。

 私は未来の手を掴み必死に耐える。参式が私を取り込もうとする事を。

 耐える。耐える。必死に耐える。

 そして徐々にだが体に変化が訪れる。

 数刻先の未来と、今まで辿ってきた過去が両目に見える。

 それらが合わさり1つの未来視となった。

 彼女はなんとかものにした、克服した。参式に籠められた呪いから。

 その両目にはが発現していた。

 今生過去未来、遍く全てを観測する観測者オブザーバーへと進化した。

 これはもう未来視じゃない。観測視。

「私の半分は黄泉に帰らないといけない。残りの半分を貴女に刻みつけた。貴女と言う器の中に貴女と私、2つの意識が共存する。そして時計にはZuluを写した。私がやってみせた動きは時計があれば貴女に流れ込む。再現できるよ。これで貴女の手帳と時計セットで参式は起動する。」

 話は聞こえていた。でも克服したとはいえ制御するのは一杯一杯だ。

 早く慣れろ私の体。今は本物の未来がついているんだぞ。

 そっと目を閉じ深呼吸。ふと操縦桿の手に冷たい手が重なる。

 瞬間バッっと目を開く。

 きた!これだ!

 参式の目、メインカメラに光が灯る。

 と同時に参式の装甲が剥がれていく。

 中から現れたのは純白の装甲。

 そこに光蛍光赤のエネルギーライン。

「……倉さん。鐘倉さん聞こえていますか?」

 発令所からの無線……ずっと鳴っていたのか。

「貴女突然意識飛ばすし戻ってきたかと思えば鼻血出てるわよ?参式は?貴女の生命に危険はない?」

 局長はずっと私を心配してくれていた。

「はい、最初は危なかったと思いますが、ずっと未来が支えてくれました。見えますか?私の目。多分成功してます。未来どころか見ようと思えば過去を追体験できます。」

「片目ならず両目にハーケンクロイツか。その目にはこの世の全てが映るのだろう。未来視の先、観測視といったところか。」

 発令所のメインモニターは参式関連の映像ばかり。

 局総力で危険な参式とのコンタクトを見守り続けていた。

「参式コンタクト確認。操縦者アクター承認。」

「シンクロ値、東京事変の際の−4,3%。許容範囲内です。」

「第1次コンタクト……パス、第2次コンタクトへ。」

 発令所が慌ただしくなる。それでもなお危険な参式から私を守る為に最善を尽くしてくれている。

 応えよう。応えて見せよう。

「主電源は依然7セグメントディスプレイ反転。予備電源へ接続テスト開始。」

「第108管区までのテスト終了。結果正常。」

「高速輸送車両の安全装置解除、固定具除去、参式オンステージへ。」

 さらに大きく深呼吸をする。操縦桿に力を込めてモニターを凝視する。

「鐘倉さん、今の参式はもはや東京事変とは別物と言っていいでしょう。……そうですね、禁忌参式人型装機・擬似革命神格化とでも言いましょうか。貴女たち2人の化学反応で神にも等しいと思える程に昇華した。鼻血が出るほど負荷がかかるのでしょう。長期戦は控えるように。能力は最低限に。……いってらっしゃい。」

 私は機体を立ち上がらせる。ペダルに力を入れバーニアを吹かす。

「禁忌参式人型装機、鐘倉美空。オン・エア!」

 思いっきりペダルを踏み込む。空高くに舞い上がろうとする。

「外部電源類ケーブルパージ!」

 外れたケーブルは地面直前でスラスターを吹かし落下の衝撃を和らげる。

 が、それすらも爆音だ。

 防護輸送車にて休息中の曹長達が飛び出してくる。

「なんだ!?何事だ!」

「駅のあそこ、あの見た目色は違うけど多分参式じゃないかな?」

「その通りです。」

 手帳がコールする。

「鐘倉3曹と城1曹が参式を押さえ込みました。彼女は言うならば新たなる電波体バグの女王。叛逆の女王を城未来より引き継いだのです。裏事変、そして東京事変を乗り越えた鐘倉さんは……強い。」

 太陽が登り始める。

 参式の影を細く長く地面に落としていく。

 純白の機体は太陽によって更に輝きを増した。

 ほとばしる赤のエネルギーライン。

 風になびくAMCマント。

 機体各所スラスターよりガスを吹かす。

 外部補充のガスと、取り込んだ電波体バグの反重力にて空を駆けている。

「起動後各部異常無し。発令所、島根県内にて観測される電波体バグの所在を下さい。島根から順に九州を目指します。」

「それじゃあ悪いけど私達の身体は帰らないといけない。ここから先貴女なら戦える。私の心、魂はその胸に宿っているから。それじゃあ。何度体験しても別れは辛いね。」

「うん……。離したくない。私はずっと貴女と居たかった。でもありがとう。未来の分まで戦い抜くね。」

 抱擁を交わし別れを告げる。

 未来は機を降り黄泉比良坂へ向かい消えていった。

 ありがとう。私頑張るね。

 目が熱い。血滾る両目が成すべき未来を示してくれる。

 副長の声がする。

「聞こえるか御園生!島根から順にマーカーを鐘倉に送るんだ。それでいて提案がある。」

「マーカーの件は了解です。なんでしょう?」

「鐘倉の負担を削ぐ。輸送車にて先に九州へ向かう。福岡重工にて、肆・伍・陸型の受領を行う。四肢を失おうがリハビリの結果問題なく操縦できている。鐘倉は1人でいけそうか?」

「大丈夫です。心は1人じゃないので。マーカー確認、では行きます!」

 そうだ、今の私には未来とZuluの魂魄がついている。

 バーニア全開でマーカーに向かい飛び立つ。

「では副長達は急ぎ福岡重工まで向かいましょう。全国に非常事態宣言を出していますので事故らない最大速度で走り抜けてください。お気をつけて。」

 その無線を最後に防護輸送車は九州へ向け走り出した。

 こっちもこっちのやることをやろう。

 まは黄泉比良坂周辺の個体を相手取る。

『Enemy Attack正面』

 来た!気づかれた!スグに観測視。未来が、やってくる結果が見える。

 それにあわせライフルを構え撃つ。

 対象は蒸発、跡形もなく消え去った。結果通りだ。

 結果が先、事象が後から追いついてくる。

 これが観測視。

 ペダルをいっぱい踏み込みホバリング。次の目標へ。

「いい、鐘倉さん。島根の残敵は残り37体です。」

 局長からの無線。随分産み落としたな。

 バーニアを吹かしさらに飛び上がる。2つ3つとマーカーを消していく。

「順調ね。大丈夫?システムに飲まれてない?無理はしない事。」

 局長は心配をしてくれている。これに乗る以上命はないと思っていた。

 でもシステムが、未来がこの世界に繋ぎ止めてくれている。

 しかし代償もある。観測視が強力すぎる故体がついていかない。

 じわじわと目から出血している。パイロットスーツのそでで血を拭い次の目標に飛びつく。

 機体のエネルギーを示す7セグメントディスプレイは反転……いやバグっている。

 無尽蔵のエネルギーを内包しているからだ。

 言い換えれば撃ち放題、被害を考えなければ。

 ライフルの性質上、直線上にに対象を抉り取る。

 強力が故使い方を選ぶ。

 じわりじわりとシステムが色濃く出てくる。

 精神をヒトラーに汚染される。耳に聞こえるはハイルヒトラー。

 視界が薄れる。操作していないのに、機体は勝手に動き出す。

 意識が遠のく。もう未来の声も聞こえない。

 刹那、強い衝撃を受ける。

 (悪いけど乗り込ませてもらうわよ、今の貴女じゃ危険すぎる少し休んで。)

「未来!私の体、使うの?ごめんねありがとう。すぐ戻るよ。」

 体は私でも中身は未来。

 二重人格ってこんな感じなんだろうか。

 今は未来に任せて少し休もう。

 意識の中で未来とハイタッチ。後を託し、暫し目を閉じる。

「行くよ参式。久しぶり。」

 島根県内に散らばるマーカーを近いものから順に消していく。

 マーカーは九州へ続いていく。女王が九州に居るのは間違いないだろう。

 走り出した輸送車に群がる電波体バグを蒸発させる。

 参式の力に充てられたのか、奴らの方から集まってくる。

 それを私は片っ端から駆除していく。

 あろうことか、私はライフルを両腕で引きちぎった。

 足りない部品は電波体バグが補いライフルが二丁に増えた。

 形も半分にされる前の大きさに戻った。

 両腕でライフルを構え、撃ちながら前進する。

 両翼の電波体バグを蒸発させながら飛び続ける。

 そして上昇。ライフルを両手で左右に構え。回転しながら撃ち蒸発させる。

 人智を超えた存在故やれることも人間離れしている。

「島根県クリア。山口県に入るわ。」

「了解、今は……城さん?助かるわ。鐘倉さん1人には重すぎる代償だし。2人なら少しは安心かな。そのまま輸送車を護衛して福岡まで殲滅して回って頂戴。」

「わかりました。行きます。」

「変なものね、声は鐘倉さん、でも喋り方は城さん。」

 ふふふと笑い、私は山口県内のマーカー41個に対応する。

 輸送車を先導し対象を駆逐する。

 最大出力で時速100km/h。

 走る雲の影を追いかける。

 なるべく輸送車から敵を遠ざける。

 来た!ターゲット!

 二丁のライフルを順に向けマイクロ波を撃ち放つ。

 しかし撃ち漏らしが迫ってくる。進化したAMCマントで防御する。

 それはマイクロ波のみではなく、触手による接触にも対応した物になっている。

 以前はアップリケリアクティブアーマーに頼っていたが今は布一枚。

 触手に触れると反電波で対消滅を促す。触れたところはマントもなくなる。

 しかしそれすらも進化する。

 AMCマントを、取り込んだ電波体バグが学習する。

 そして。

「AMCマント再生成!」

 マントは弾け、新たなマントが装備される。

 攻守共に隙のない最強の人型装機リンネ。それが禁忌参式人型装機・擬似革命神格化。

 ライフルで接敵した相手を振り払う。ライフルの先には銃剣が出現。コアを刺し貫く。

 まるで踊るように戦場を駆けてゆく。

 翼を背負い蒼穹そらを征く。

 対処も早いもので、山口県内マーカーは既に半数。

 輸送車より先行しているので、結果全てを一人で背負っている。

 それでもこの機体と私達がいれば負ける気がしない。

「美空、そろそろいいかな?かわれそう?」

(はいです!しっかり休めました。鐘倉美空行きます!)

 人格が入れ替わる。一瞬だが視界がぼやける。

「鐘倉戻りました!追撃します!」

「あら、戻ったの?難しいわね。どっちがどっちか。負担は分割出来てる?無理してない?」

 局長はかなり心配してくれている。

 でも大丈夫。2人で順番に参式に対応している。

 取り込まれない、飲み込まれない。私達は私達の自我を保って参式を動かしている。

 引きちぎり、二丁にしたライフルを合わせる。

 今度は合体し巨大なバスターライフルへと変貌。

 広域無線で付近の飛行物体に呼びかける。

「直線状の対象を貫きます。いないと思いますが射線上から退避してください!」

 両腕でバスターライフルを構える。エネルギーラインが迸る。収束。

 大きなエネルギーとなったマイクロ波を照射する。

 追従してくる電波体バグを一網打尽に消失させる。

 さらにライフルを再度分割。宙を舞うようにくるくると機体を360度回転させながら近づく電波体バグを駆逐していく。

 輸送車の助手席に乗っている餘目曹長は窓から身を出しその様子を見守る。

「なんなんだあれは。もう人間には戻れないぞ。局長!」

「よく目に焼き付けなさい遥。あれが彼女達が歩む覚悟です。」

 仲間なのに大変な役を押し付けてしまっている。

 助けたい。でも私と噛崎は東京事変でだった。

 解決に導いたのは女王決戦に邪魔が入らないように周辺の警戒に当たっていた鐘倉3曹と勝利した反逆の女王城1曹。

 思い返せば城1曹の活躍は今まで何度もあった。

 人ではないとわかった。でもそれを知らない時期になぜ疑問に思わなかったか。

 異常なまでの習得速度とZulu無しでも素早い反応速度。順応速度。

 どれをとっても異常だった。なぜあの日告げられるまで気づかなかったのか。

 それに鐘倉3曹だ。

 彼女こそ純粋な人間であり、裏事変から人型装機リンネの操縦を始めながらにしては、センスがありすぎる。

 そして無線を聞いているが今は鐘倉3曹と城1曹は1つの体を共有している。にわか信じがたい。

 時折映像に移る彼女の眼は東京事変から、より進化した観測眼。今生過去未来のあまねく全てを観測する目。

 今2人の眼には何が見える。何を見ている。

 今日この日私達は思い出した。

 私達は過ぎゆく季節に取り残されたもの。

 今この時。季節は彼女たちと共にある。

 あの日どんな目で彼女たちを見ていただろう。

 こうなる事が予想できなかった。

 悔しくもあるが嬉しくもある。

 征け、私達の持つ技術の先へ。

 踏み台にして超えて行け。

 見せてくれ、人の可能性を。

「行け!鐘倉!城!今までの犠牲は今この時の為の物だ!」

 意図せず私は叫んでいた。

 手帳を開き全力で。今までの私では考えられない行動。変えられたのだ局のみんなに。いい方向で。

「餘目曹長了解です!鐘倉美空この空を果ての果てまで飛んで見せます!」

「遥。変わりすぎ。実は早く乗りたくてウズウズしてるんでしょう。」

「曹長~ボクら一応義肢なんだよ?そりゃ訓練したけど副長の援護がいっぱいだよ。それすらもいらないかもしれないけど。」

 そんな無線を拾い、少し恥ずかしくなる。

「いや、そのそういう気合いと言うか。なんでしょう……。」

「餘目曹長。気持ちは嬉しい。だが俺も操縦者アクタ―の端くれだ。援護は感謝するけどね。」

 さぁ急ごうと東海林副長。

 参式が先導している為道中で電波体バグに会うことはない。

 法定速度追い越して、一般道を南下する。

 到達するは関門海峡。ここから地下に入るため参式の直接援護を受ける事が出来ない。問題は無いだろうが。

「鐘倉、城。俺たちは間もなく地下に入る。出口付近の掃討を頼む。」

「了解しました!先行します!」

 輸送車が地下に入ると同時に参式は出口である福岡県北九州市を目指す。

 ――――――――――――――――――――

「いいかしら?福岡県のマーカーは21。関門海峡出口付近から片づけましょう。あとはトンネル内に敵がいないのを願うばかり。」

 そうだ10mある人型装機リンネではトンネルに入れない。

 中で何かあった場合、中で対処してもらわないといけない。

 そう、現実は残酷なものである。

「こちら輸送車。道の真ん中に胎動する何かを発見。通り抜けられません!発令所、指示を。」

「映像送れますか?……これは何だろう。見たことがない。」

 それは胎動する卵のような物だった。

(美空、少し変わろう。話したいことがある。)

「うん、わかったよろしく。」

 そうして再び入れ替わる。

「局長、城です。それについて話があります。」

「城さん?何か知っているの?」

 私は話始める。

「あれは女王が産み落とした電波体バグです。それも羽化途中の。なぜトンネル内にあるかはわかりませんが、黄泉返りした女王なら何でもありでしょう。Zuluから聞いたことがあります。羽化しなければ処理は簡単です。まだ形がはっきり確定していないので非常にもろい。コアにさえ当たれば駆逐できます。」

「だそうよ?聞いたわね副長。輸送車内全員で掃射。コアを破壊しましょう。羽化する前に決着をつけるのです。」

 ほらきたよ厄介ごと、そう言いたげに頭を掻きながら車外に出る。

 戦闘員は局長、曹長、噛崎1曹含め全員パジャマタクティカルスーツだ。

 パイロットスーツと同等の救命措置か行える最新型。違いはG重力に対応できるかどうかだ。

 操縦するとどうしても身体にGがかかる。それを抑えるのがパイロットスーツにある機能。

 実際殆ど変わらない物ではある。

「総員構え!隈なく狙え、補給はトンネルを出れば受けられる。撃ち尽くせ!」

 掛け声とともに輸送車から戦闘員が飛び出し、車の前に陣取る。

 全員で20式小銃を構える。

「撃ち方始め!」

 トリガー引き一斉掃射を行う。

 どれかがコアに当たればいい。

「予備含め撃ち尽くせよ!必ず誰かがコアにあてるんだ!」

 だがあたらない。

 最悪は重なるものだ。

 

 東海林副長は手を上げ射撃を切り上げさせる。

 そして咽喉マイクを押し込み、

 「総員退避!出来る限り距離をとれ!可能であれば避難経路へ飛び込め!」

 と指示を出す。散り散りになる局員。触手に触れれば神経毒が一瞬で体を駆け巡る。結果CPA心肺機能停止に陥る。この狭いトンネル内で接触されれば回収は出来ない。それは局員を見捨てることになる。

 決して仲間は見捨てない訓戒と二次災害を起こさないようにする指示が副長を悩ませる。

 羽化は順調に進み、その体躯が見えてきた。小型だが確かに電波体バグだ。見るからにPawn型。

 羽化直後だからかほかの個体と比べると体は小さい。

 だがそれはトンネル内ではメリット。動き回れる。

 人型装機リンネではない、人を相手にするなら十分な大きさだ。

「御園生!敵が羽化した!全員撤退命令。どうする。」

「……城さん流石に撃てないわよね?」

 答えはすぐにやってくる。

「上から打てばトンネルが溶け海水がトンネル内に流入します。横から打てば直線状に進む関係で、ほぼ直線なトンネル内を焼き尽くすことになります。」

「万事休す、か。流石にCICでも対応できないし、困ったね。」

「ですが手が無い訳ではありません。」

 策がある。そう城未来は言い出してきた。

 この絶望的な状況で作戦を。

「なるべく局員を傷つけなくコアを刺し穿ちます。 可能な限りコアがトンネルの中央に来るように重火器で誘導してください。その際映像もあると場所の特定に使えるので助かります。」

 いったい何をするというのか。まったくもってわからない。

「それで城さんはどうするの?参式はトンネルに入れないわよ?」

「それは……。ライフル先端の銃剣を千切り、アンダースローでトンネル内に投げ入れます。直接コアを狙い砕く作戦です。なので場所が重要なんです。」

 局長の判断は是。他に方法がなく最も局員を助ける可能性が高い。そう結論付けた。

「副長!城さんの言うとおりに。射撃で牽制しトンネル中央に敵を固定。内2名を観測員として手帳で両側から撮影を!」

 彼らは元は陸上自衛官だ。上官の命令があった。速やかに作戦行動に移る。

「ごめんなさい副長1点。音速を超えて投げ入れますのでソニックブームが発生します。撃ちつつも対ショック姿勢を忘れずにお願いします。」

「ははっ。なかなか難しいことを言うな。だがやらなければ福岡重工にはたどり着けない。やって見せよう。橋口2等陸曹、神田2等陸曹、君たちは左右に分かれて撮影を頼む。中央には陣取るな!時が来たら全員輸送車に乗り込み少しでもソニックブームの衝撃を減らすんだ!」

 すぐさま配置につく。そして。

「開始!」

 その掛け声とともに20式小銃が火を噴くが如く弾の雨を降らせる。

 すぐさま撮影班が手帳で撮影。動画をリアルタイムで参式と発令所に送信する。

「もう少し右だ!左弱め!」

 咽喉マイクを抑える手にも力が入る。

 一丸となりも目標を中央に固定する。

 ――――――――――――――――――――

 関門トンネル出口福岡県北九州市。

 そこでは参式がトンネル前で片膝立ちになり、片手でトンネルの上部を掴んでいた。

 もう片方の手にはライフルから千切った銃剣。

 アンダースローの構えでその時を待っていた。

「まだ……まだ……あと少し。」

 タイミングを見計らう。

 そして。

「今!みんな退避!」

 全力のアンダースロー。銃剣がトンネル内を駆け抜けていく。

 トンネル内では無線を聞きすぐさま輸送車に乗り込み、頭部保護のクッションを展開し体を丸める。

 瞬間。何かが空を切り通り過ぎる。ドップラー効果により音が遅れて聞こえてくる。

 そしてやってくる衝撃波”ソニックブーム”。

 輸送車を転がしていく。シートベルトをつけている為ぶつかり合うことはないが天地が逆さまになる。

 やがて衝撃はやわらぎ、副長が輸送車から出る。

「目標は……発見できず。大量の蒸気が晴れるのを待つしかないが蒸気が出ているという事は恐らく。」

「ええ、コアごと本体を砕いたのでしょうね。」

 徐々に蒸気が晴れる。その間局員総出で倒れた輸送車を元に戻す。

 今回トンネル内の個体が発見に至れなかった理由。

 それはからである。

 黄泉神から預かったシステムは黄泉軍の所在の確認と黄泉返りをしてしまった女王の居場所を知らす物。

 羽化前の状態で黄泉軍が戦っていなかった為マーカーにならなかったのだ。

 あとは。

「局長より現場すべての局員へ。損失……いえ怪我はありませんか?」

「こちら餘目。点呼に異常無し。運転手と副長も確認済み。全員無事だ。」

 発令所は一同安堵する。

 音速でほぼ密閉されたトンネル内を駆け抜けていったんだ。

 被害がないのは不幸中の幸いである。

「トンネル内は無事ですか!?」

「大丈夫よ。流石ね。目標は蒸発。成功よ。」

 良かったと胸をなでおろす。

 しばらくすると輸送車が関門トンネルから出てきた。

「みなさん無事で何よりです〜。」

 いつの間にか入れ替わる私と未来。

「さっきの音速ナイフは君か?鐘倉君。」

「いえ、あの時は未来が入っていたので未来の仕業ですね。未来おっそろしいよ〜。」

(あなたねぇ。あの状況だもの仕方ないでしょう?しっかり説明なさい?」

 無線に聞こえる鐘倉美空の独り言。

 周りから見ればシステムにでも飲まれておかしくなってしまったのではないかと心配になる。

 そこで餘目曹長が切り出す。

「その助かった。ありがとう。だが何1人で話しているんだ?」

「え?あれ?あ、そっか聞こえないのか。実はですね、未来の身体は黄泉に帰り十王判決を受けていますが、心が、その魂が私の器に宿っているんです。だから私と未来は意識を共有して適材適所で人格を入れ替われるんです。独り言に聞こえたのは内なる未来との会話ですね。」

 一同唖然である。

 黄泉比良坂に入り、出でる。そして参式を起動させ、今に至る。

 あの人間離れした動きは鐘倉3曹が人の器を捨てようとしているからに違いない。そうでもしなければ女王は倒せないと思っているんだ。

「鐘倉さん……。ボクにはそんな覚悟できないよ。」

「そうだ、背負いすぎだ。私達に出来る事は何もないのか。」

 そこに副長。

「であれば、鐘倉の意志を無駄にするな。貫き通させろ。成就させるんだ。東京事変と同じ彼女に女王戦を集中させるんだ。我等はその周辺の掃討。1体たりとも近づけさせない!いいな!」

「「サー!」」

 その通りである。我等は独りではない全員で対電波放送局なのである。

 すると局長から思いもしない無線が入る。

「さて話は纏まったかしら?では此方から。まず悪いニュース。対電波放送局でアクタガワを使用しない以上、受領できる人型装機リンネは英霊を刻むことが出来ません。よって汎用AIによる運用となります。逆に良いニュース。福岡重工からの連絡です。実戦「肆」「伍」「陸」「漆」番機の製造が完了。即配備可能に仕上がっているそうです。よって、肆番機に遥、伍番機に熾織、陸番機には東海林副長。以上各員お願いします。」

 遂に来た。実戦配備機の情報。

 ただ一点疑問が残る。漆番機である。予定より生産数が多い。

 福岡重工が予備として建造したのだろうか?

「御園生、漆番機とはなんだ?聞いていない、それに計画書が手帳に存在しない。どういう事だ!」

「まぁそう慌てないで。ごめんなさい。福岡重工の役員と極秘裏での建造だったの。」

 極秘裏。それが何を意味するか。答えはスグにわかった。

「貴方達の腕を劣っていると感じているわけではないの。ただ誰かを失うのはもう終わりにしたい。そこで急遽1体増産して副長指示の元動かそうと考えたわけ。」

「して誰が乗る。今輸送車に乗っている局員は餘目、噛崎、俺を除いて機に乗れないぞ?」

 それもそうだ。未来も本体がない。今から人員を東京から輸送するのも時間がかかる。誰が乗る!?

「疑問もあるでしょう。操縦者アクターは既に福岡重工に出向済。戦いの後は局扱いの為転属となります。対象は福岡駐屯地所属人型装機操縦課月水火土 真弥つきみかど まや陸曹長です。」

 新たなる操縦者アクター月水火土 真弥曹長。

 戦いは最終局面に移行する。

「さて、みんな。女王が移動をやめたわ。マーカーも健在。場所は宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井御塩井。気づく方が居るかは分かりませんが。非常にまずいです。女王は黄泉返りを果たし、彼の地高千穂で天孫降臨。あそこは神が降り立つとされる場所。神に成り上がるつもりでしょう。そうなれば神に対するは神に成りかけている鐘倉さん城さんコンビだけでしょう。とにかく福岡重工で合流を急ぎましょう。」

 そうか。神か。もうそんなところまで追いつめられたのか。

 でも行くしかない。挑むしかない。

 追い詰められた人間が本気になったらどうなるか、見せつけるんだ。

 一向は参式を先頭にマーカーを対処しながら福岡重工を目指した。

 ――――――――――――――――――――

 苦難の先、遂に辿り着く九州地方。

 語られたのは天孫降臨。神への成り上がりを目論む女王の姿。

 そして告げられる実戦漆番機とその操縦者アクター

 いざ目指すは最期の聖戦。

 次回最終話、《刹那、そして永遠の季節に。》

 行こうみんな。私はやるよ参式と共に駆け抜ける。

 だからお願い後少しだけ力を貸して。 

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