光明


 油断して不意を突かれたとは言え、瞬時に見張りを行動不能に追い込んだリィラ。

 1人、2人と制圧した彼女の勢いはアンストッパブルだった。


 子供らの拘束が解かれ『魔法』を向けられただけでも驚きだが、何故か『魔法』が不発になったことで混乱した。さらってきた子供らが何故自由に動けるのか?そして何故『魔女の森』の子供たちが『魔法』を失敗するのか?そんな疑問が広場からやってきた男の頭を埋め尽くししていた。そして、自身の隣にいた男がぶっ倒れたことで、雑念で埋め尽くされた思考を何とか正常に戻すことができた。


 しかし、それは勢いに乗りに乗っている少女に相対するには少し遅かったようだ。縄を手繰り終え石を手元に戻していた少女は、すでに次の投擲のために石を振り回し始めていたところであった。


 このままだと自身も気絶させられることを察した男は、とっさにではあるが広場から持ってきていた酒ビンを少女に向かって投げつけた。リィラは石に十分に力が伝わってないことを理解しながらも迎撃するために石を放つ。石はビンを弾き、威力は衰えながらも男の元まで到達した。男はこれが好機と到達した縄を手に取り、リィラのバランスを崩すべく自身の方へ思いっきり引っ張った。が、それは結果として悪手であり、リィラは引っ張られたチカラを利用し体制を崩すどころか初速をカバーした。


「くっ、ガキのくせに!」


 先に倒れた2人よりは反撃に意識を使える男は、突進してくる少女に目掛けて回し蹴りをお見舞いする。直線移動かつほぼトップスピードの相手だ。避けずらいし、相手の威力も乗るだろうとの判断であった。それに対する少女の答えは、


「はぁ?な、なんで、そんな簡単に?」


 反撃でもなく、無理に躱すでもなく、裏拳で簡単に受け止めてみせた。男の困惑は渾身の一撃を止められたことではなく、ことだ。そのまま足を捕まれ倒される。そして例にもれず首元へ衝撃を送り相手の意識を刈り取るリィラ。

 せっかく取り戻した正気を戸惑いにより再び手放した男は、結果として少女のバランスを崩す画策したが自身が倒れ込むこととなった。


「ひとまずは、これで制圧かな?」


 最初の撃破から緊張を保っていたリィラは、ようやくほっと一息ついた。

 見張りの交代員が来たばかりだ。しばらくは、こちらの騒ぎは気付かれないだろう。

 とはいえ、その時間は有限ではないし、何かの拍子にこちらに来られたらと考えると…。さっさと抑えた者たちの後処理と脱出の準備を進めようとするリィラ。


 倒れている者の身ぐるみをはがし、術符やナイフなどの武器を手に入れる。起きた時に騒がれないように衣類などをくつわにする。…など、子供たちも率先して動いてくれたためかスムーズに事が進んだ。その間、『魔法』が使えなかった考察を子供たちで展開していた。


 子供たちは付着していた「魔除け」の薬品が乾ききっていなかったであろうと結論を出したが、それはほぼ正解であった。ただ、正確な答えでいえば、付着していた「魔除け」ではなく、空間を漂っていた「魔除け」であるが。


 そもそも「魔除け」には粘度の違うものがある。ガソリンのように揮発性きはつせいが高い物とジェルのようにまとわりつく粘度の高い物だ。揮発性の高い「魔除け」が漂う空間は魔力が散乱し、粘度の高い「魔除け」はまとわりついている者へ魔力が集まらなくなる。「魔除け」は一般流通はしていないが、存在自体はそれなりに知られている。しかし、その種類による用途や弱点の違いまではそこまで知られていない。


 この状況でいうならば、洞穴の奥にあるくぼんだこの空間で揮発性の高い「魔除け」が使われたことにより、『魔法』が無効になる空間が作られた。粘度の高い「魔除け」は拭き取ればいいが、風が無く淀んだ空気が漂うこの空間からは外から風を入れるか脱出しない限り『魔法』は使えないだろう。


 ここまでの結論には至らなかったが、子供たちが交わしていた『魔法』のちょっとした議論には、さすがは魔法士の村の子供たちだとリィラは感心していた。そして、狭い空間であり、『魔法』が封じられており、こちらにも装備があり、何より相手が油断しているこの状況下であれば、ほぼ遅れは取らないと自覚していた。


 それは決して慢心ではなく、変人師匠の教えからくるものだ。


 ――私が教える技術は、チカラに真っ向から向かい合う。そんなもんだ。

 ――自分の強さを理解しないとね。最悪、ぐちゃぐちゃになるかもね。自分が(笑)


 伝授された技は、自身の身体を用いて向かってきたエネルギーを受け流す、そんなものであった。さきほどは、回し蹴りの威力を速度を落とすエネルギーに変えて相殺してみせたのだ。相手の男の技量であれば自身の身体が弾かれる心配はないとの確信からなる行動であった。


 そう、リィラが何より磨いた(磨かされた、の方が正確か)のはその観察眼。相手の些細な動きから相手の力量をはかるその眼と自分自身の技量の正確な把握が彼女の強みとなった。

 そんなリィラから見た制圧した3人は、荒事は経験しているが正面からの戦闘に関しては自分を上回らないと見ていた。そう、この狭い空間、『魔法』が使えない状況、相手の純粋な対人戦闘の浅さ、この前提において確かにリィラは最強であった。


 ――相手がみんなこのくらいの力量で、人数が分散していれば…。


 不確定な部分が多いため、リィラの胸の内にあるこの期待は淡いものかもしれない。ただ、絶望的と思われた脱出に光明が差したのもまた事実ではあった。


 …。


 ほぼ、同時刻。

 洞穴の広場。


 バナンとケラウが計画を修正している脇で、賭けに興じる4人の手下たち。そして、洞穴の出入り口を見張っている者が2人。ここにいる者はみな、密かに行われている脱出劇には気づいていない様子だった。

 ただ、ある1人の手下が放った一言が脱出劇の幕を降ろすこととなった。


「へっ。これで勝ちだ。儲けが止まらんな!」

「くそぉ。あいつが見張りに行ったせいで俺が負け越しちまった」

「見張りに逃げやがってなぁ。そういや、出入り口の奴ら遅いな」

「ガキどもの見張りもしてたりな」


 ――バンッ!!!


 さきほどまでガハガハ笑っていた手下たちは、机を叩きつけたその音に驚き未だに拳を固く強く握り続けているその者を見て、静まり返っていた。


「バナン…。そうだ、奥の様子でも見てこようか。気分転換にさ」

「あぁ、そうだな。おい、お前らは賭け事なんてやめて出入り口の奴らをしばいてこい」


「へ、へいっ」


 手下4人はそそくさと出入り口の様子を見に行く。


 どうやら、脱出準備がばれそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る