洞穴での奮闘

 時はユートたちが洞穴に辿り着く少しさかのぼる。


 場所は薄暗い洞穴ほらあな

 火がちらほらと灯されているその中には大人が10人ほど、子供はそれより少し多いくらいで計30弱の人影がある。とは言っても、全員が一か所にまとまっているわけではなかった。

 子供たちはまるでおりのようなくぼみに収容されており、そこに2、3人ほどの見張りが交代で来ている様子だ。ほかの大人たちは、そのくぼみから離れたより広い空間におり、休憩と準備、洞穴の出入り口の見張りなど役割が割り振られていた。


 粗暴で頭が弱そうな雰囲気をかもしている彼らだが、子供たちをスムーズに村の外へ運んだ手腕を見るに統率の取れた組織であることが伺える。次にやることは、この子供たちを森の外まで運ぶことだ。ただ、今は森がざわめいているため、準備を整えながら機を見ているところだ。


 緊張感、というものはことを運ぶ上で多少は必要になってくるものだ。ほどよい緊張感は、集中力や思考力を高めよりよいパフォーマンスを引き出すこともある。

 ペロペロ団の面々も洞穴にある奥のくぼみに子供たちを収容した直後は、ひとつの関門を突破したことで高揚感が高まっていた。同時に、次の行程である結界外へ子供たちを連れ出すことの緊張感はあったが、高揚感と混じりほどよい緊張感となっていた。


 ただ、張り詰めた感情はそこまで長く続かない。ここにいる集団の中核を担っている者は2人以外は緊張感より高揚感の方が勝り、その様子は心のゆとりと言うよりは慢心と言えるだろう。


 計画を推進している中核の2人の名は「魔除け」をかけるよう命じたリーダー然としている男・バナンとその親友である男・ケラウ。この2人は共にリテリア国の西側に接する国に生まれ、幼少からの悪ガキ仲間であり、気が付けば2人して悪党組織のペロペロ団に仲間入りを果たしていた。


 バナンとケラウのペロペロ団での地位は、今のような10人ほどのグループを動かせるものであり、まるっきり下っ端というわけではない。ユートの記憶にある現代社会風に言うならば、主任やらチームリーダーやらそのあたりだろうか。そんな2人には意外にものし上がってやろうという出世欲はあった。確実に手柄と稼ぎを確保したいとの気持ちが、慎重さを生んでいた。この慎重さが団員達の緊張感を奪っている。


「戻ったか、ケラウ。どうだ?外の様子は」

「まだまだ、青犬がうろついてんな」

「そうか、まだ動けそうにないな」

「それよりもバナン?この緩んだ空気の方が気になるぞ」

「ふん。こいつらは、稼げるだのなんだの言えば勝手に士気はあがるだろ」


 ただ、この慎重さが周りの浮足立った空気に流されない冷静な思考を保っているのも、また、事実であった。


 …。


 洞穴の奥、くぼんだその空間はまさしく何かを閉じ込めておくにはちょうどいいものであった。そんな中には『魔女の村』の子供たちと便利屋組合の少女が収容されていた。じめじめしておりじっとりとした肌感、薄暗く陰気臭い雰囲気、そしてさきほどかけられた薬品のにおい。子供たちの元気や希望を削ぐには十分な要素だ。少女はめげずに励まし続けた、その時を待ちながら。


 その瞬間は思ったよりも早く訪れた。


 交代員を呼んでくると、3人居た内の2が去っていく。そして、しばらくすると交代員は1人でやってきた。しかもなんと、子供相手と装備も無しに。

 ツキが回ってきた、と内心ほくそ笑むリィラ。さらに言えば、交代でやってきた者は、見張っていた者に交代を促していた。残っていた者もそれに同意し、俺も賭け事やってくるかとすぐに去っていった。


 現在、リィラの目の前には油断している者が1人きり。何なら、(リィラから見て)奥は賭け事で盛り上がっているようだ。多少の物音も気付かれまい。相手はろくに見張りもしてないので、手の自由を奪っていた縄はとうに緩めている。


 ――ユート、勇気ちからを貸してね。


 浮かべたのは思い人の顔。精神を落ち着かせ、飛び出す。


 ――今だ!


 油断していた見張りが、リィラの動きを認識した時にはすでに彼女の間合いだった。

 反撃するにも、言葉を上げるにも、2テンポほど遅かった彼は鳩尾みぞおちに掌底を食らい肺の空気を出し切った。反射的にこぶしを振るうが、かわされた上にその勢いを利用されうつ伏せで地に伏せる。そして、次の瞬間には背に乗られ、首に受けた衝撃で意識を刈り取られた。


 手刀を放ったリィラは、すぐさま気絶している男を物陰に隠し、自身を縛っていた縄で男の手足を縛り上げた。子供たちを縛っていた縄もいくつか回収していたため、大きめな石を縄でくくり即興で投擲武器もこさえた。


 そろそろ、交代員が来る頃かとリィラは息を潜める。

 この時点で子供たちみな完全に拘束が解けた状態であり、各々おのおのが健康状態や脱出に役立つ道具は無いかの確認をしていた。


「――くそぉ!あんとき勝負すりゃ勝てたのに!」

「ははっ。気持ちいいくらいの大負けだったな」

「うるせぇ。町に着いたら奢らなきゃならねぇ、俺をちったぁ慰めろってんだ」

「いやぁ、ごちそうさんです。――」


 広場で賭け事に参加していたのだろう。おそらく戦績が振るわなかった男は興奮が止まらないまま愚痴を吐き、隣を歩く男はからかうように相槌を打つようだった。臨戦態勢の区域に入り込んでいるとつゆほどにも思っていないだろう。次の瞬間、男たちの思考に空白ができた。


「【風よ】【切り裂け】【正面を】!」


 奥まった空間に入った途端に、術符を構えた子供に『魔法』の詠唱をされたのだから。

 しかし、子供たちにも誤算はあった。


「なんで!?なんで『魔法』が発動しない!?」


 かけられた「魔除け」はすでに乾いていたため、効果がきれたであろう。という前提で術符をかざしてみたが、まるっきり発動の気配はない。


「へぶっ!?」


 奇襲が失敗した焦りからうろたえる子供たちだったが、男が急に倒れた。

 男の顔面を襲ったのは縄付きの石。リィラが即興で作成したソレは、遠心力で十分な威力を付けた一撃をお見舞いしていた。


 どうやら、虚をつくことができたらしい。

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