魔女かもしれない

 位置情報が共有されたことを確認したユートは少し間をおいてから、リィラの魔石板が2回震えるような信号を発信した。


 位置情報が送られてきたということは手元に魔石板がある証拠ではあるが、メッセージが飛んでこないということは送れない状況であると言えるだろう。だからこそ、メッセージを返すのではなく信号を送るに留めた。


 おそらくは、転移させる『魔法』で無理やり移動させられた弊害か、少しふらふらとする。船酔いしたような感覚が残っているが、前を目指す。リィラがメッセージを送れないほどの危機に陥っている。そう思うだけで、気分の悪さを超え前に進む気力が湧いてくる。自分に好意を向けてくれる人のために、その好意に応えるために。


 …。


 位置情報を頼りに歩みを進めるユート。

 ほぼ直線距離で移動をしているその途中、ちらと見かけた人影は見知った顔だった。


「バリィ先輩?」

「……あぁ、ユートか」


 ユートが目にしたバリィは大岩にもたれ掛かり疲弊しきっていた。

 いつもの爽やか好青年とはかけ離れているその様子に戸惑いを隠せないユート。

 そんなユートの戸惑いを見抜いてか、バリィは自嘲気味に白髪の少女と鬼ごっこをしていたことを話す。


「攻撃の手は止んでいるがいつ再開するかわからない。おそらく、ほかの面々も同じ状況になっている」

「そうですか…。バリィ先輩、お疲れのとこ申し訳ないっす。今、リィラに危機が迫っているようでして」

「…なんだって?それなら、話している場合じゃないだろ」

「…ありがとうございます」


 自身の危機を脱した確証はないバリィであったが、リィラのピンチに重い身体を奮い立たせる。彼を動かすのは、リーダーという立場の責任感、チームメイトに対する仲間意識、そして彼の矜持。


 この依頼で初めて組んだ後輩ユートたちに対し、下準備での買い出しや連携を取る訓練に顔を合わせる度、後輩たちが自分に接しやすくするよう心掛けていた。それは、バリィ本人が昇格の度に味わった悔しい思いから。


 実際、バリィの色の昇格速度は平均的であった。便利屋組合からの評価も、可もなく不可もなくといったところ。しかし、彼の間近には、魔法士の才を持ち、色の飛び級をしても依頼をそつなくこなし、加えて容姿も美人、非の打ち所が変な冗談を言ってくるくらいのティラがいた。


 ライバルティラの存在は、彼にとっては原動力ではあったが、周りにとっては比較の対象であった。部外者であればあるほど、余計な一言が多いものだ。依頼主から心無い言葉を言われ、依頼を受ける度に、心がすさむこともあった。


 ただ、バリィ元来の向上心やらポジティブさ、そこに便利屋組合の面々の支えが加わり、それをバネとして「堅実に依頼を熟す中堅」という立ち位置になっていた。ライバルであり目標でもあった若き才能のティラとは、いまでは無二の相棒である。そうしてバリィは、今の自身の成長は環境のおかげであり黒タグの育成がその還元である、との考えを持つようになった。


 そんなバリィの内心を計ってか、大型新人が便利屋組合にやってきた。思ったより自分の決意が生きるのが早かったと内心喜んだものの、遠巻きに見ても新人たちの特異さは際立っていた。

 遠方から来たことになっているが、ほぼ記憶喪失に近い少年。白タグに憧れてと言うが、ほぼ逃げるように故郷からやってきた姉弟。ティラから聞いた話ではあるが、村ではほぼ孤立していた亜人の少女。

 接してきた便利屋組合のほとんどの者は、肌で新人たちの境遇を感じ取っていた。


 才ある者が、その才を十分に発揮する。この新人たちが、その境遇おもさに負けることの無い環境を作る。バリィの漠然とした黒タグ育成の思わくは信念へと変わった。


 ――先輩オレが付いていながら、初めての遠征依頼でつまずいたら、今後依頼を受けにくくなるよなぁ。


 白髪の少女の地獄のような猛攻で限界に近かったが、信念に従って己を奮い立たせるバリィ。ユートもそんなバリィの気迫を受け取り、事態解決へ向けできるだけ多くの情報を渡そうと記憶を振り絞る。


「――という感じで、講習会が終わった後に、乱入が」

「昨日の人攫いの件に続いてだな。ペロペロ団の奴らが思ったより大人数で来てるんだろうな」

「おそらくは。それと、講習会の講師が怪しかったっすね」

「講師が?それだとほかに手引きした奴がいるかもしれないな。犯人捜しは仕事じゃないんだがな。…。そういや、なんで村の方とは別方向から来たんだ?」


「それが…。その講師がやったかどうかはわからないんですけど、村の広場から一瞬で森の中に飛ばされたんですよ」

「風か何かの『魔法』か?」

「いや、多分、瞬間移動とかそんな感じだと思います」

「『魔法』で移動させる?」


 思わず足を止めそうになるバリィ。なんとか速度を落とさずにユートの考察を聞こうとする。


『魔法』の基本は、「魔力の変換」だ。森の木々、大地の岩や土、海の水、それによって育まれている生命すべてに魔力は宿っている。魔力が流れている、あるいは魔力の経路となっているとの表現が正しいか。そんな魔力は術式によってルールに則り、恰好を、造形を、価値を、意味を、意義を与えられ『魔法』になる。


 手元に風の刃を作り人を切り裂くことはできるが、人を直接風にすることはできない。同様に、木々、岩、土、水を『魔法』で作った風で薙ぐことはできるが、それらのものを直接風にすることはできない。


 物を移動させる、ましてや人を移動させるなんて芸当は、そんな『魔法』の基本である「魔力の変換」からするとありえない作用である。


「バリィ先輩。『魔女の森』には「先読みの魔女」がいるんですよ?なんか「移動の魔女」とかもいそうじゃないですか?」

「……なるほど。さすがだな!その発想は無かった!」


 急ぎながらもしっかりとユートをほめるバリィ。

 ユートも少し照れくさそうだ。しかし、すぐ沈鬱な表情を浮かべた。


「ペロペロ団に加え、「魔女」が相手になるかもしれない…」


 疲弊しているバリィにとって、その予想される戦闘は苛烈極まりないものであった。

 戦闘らしい戦闘は行っていないが、移動酔いが完全に抜けきっていないユート。

 そんな2人の前に洞穴が現れた。リィラが位置情報を飛ばした場所だ。

 ここから移動していないことを祈り、警戒しつつ穴に近づく。


 どうやら、目的地周辺らしい。


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