合流に向けて

 バリィは疲弊しきっていた。


 追ってきている戦闘狂な白髪少女とつかず離れずの距離を保っている。村の安全を考えると、今の自分たちとの鬼ごっこから村の方へ興味が移らないようにすることがmustである。


 とは言え、自身より格上相手に逃げることが高難易度だ。ほぼ全力で逃げているが、それでやっとバランスが保てている。いや、のかもしれない。相手が何を得意な『魔法』とするのかもわかってはいないのが、精神的なストレスを加速させている。


 大木を背にし、ひと息入れる。


「……ふぅ。…っ、あぶねっ!」


 ちょうど、息が整いそうなタイミングで実体化したナイフが飛んでくる。のをすんでで避ける。刺さったナイフは少し経って虚空に溶けたが、去り際に見た自身が寄りかかっていた大木はひしゃげているようだった。足を止めるとおそらくあの大木のようになっていただろう。白髪少女と出会ってから、ぎりぎり避けられる攻撃と小休止、この繰り返しだった。


「…はぁ、はぁ。…まるで、鍛えられてるみたいだな」


 すぐにとどめを刺さずに生かしておく理由は何だろうか。酸素の足りない頭で考える。少女の様子からただただ暇つぶしをしているようにも、時間稼ぎをしているようにも感じ取れる。


 ――とりあえず、生還が第一だ。


 考えてもらちが明かない。ひとまずは、生き残ることを目標に気合を入れなおすバリィであった。なお、リティア、マルチア、ティラも同様に極限の状態を保たれていた。


 …。


 そして、4人を(なんなら青犬も)相手している白髪少女のあどけなさを感じる、明るくて、可愛らしい、獰猛どうもうで、狂気的な笑いは未だに溢れていた。


「アハハ!アハッ、ハハッ!ホレッ、ホラッ!モットォ!!」


 便利屋組合にはギリギリの緊張を、青犬には死の雨を。

 濃密な歓喜で身を包み、興奮に身を振るわせ、恍惚とした顔で天を仰いでいる。

「遠くに行くな」との言葉は彼方へ消え、彼女の気分は最高潮を続けていた。


「ハァぁあ……。おっ?なんか受信してるジャンっ」


 余韻から脱し、仕事で来たことを思い出したのか。さきほどまでの狂気を感じさせない少女は、通知音の鳴った魔石版に目をやる。そこには相棒からのメッセージが数件来ていた。すべて進捗の共有の内容だったがざっと目を通し、『魔女』と接触したことと少女へ合流を促すメッセージを確認する。


「あれ?結界の解析やってなかったッケ?」


 とうに仕事は折り返し地点を過ぎていた。しかし、正気に戻ったとは言え少女はそのマイペースを崩さない。「そのうち行くよ(*'ω'*)」と返信し、もうひと遊びするかと再び歩み始めた。


 ―――

 ――

 ―


 鬼ごっこ場所より少し離れた、洞穴ほらあな

 位置としては『魔女の森』の領内で、村の外。つまりは、結界の範囲内だ。

 穴の中には、怯えている子供たちとそれを守るように少女が1人、囲むように見張る粗暴な見た目の男たち。ペロペロ団の面々は誘拐を成功させていた。


「おい、アレはもうかけたのか」

「へぃ、いまやっておりやす」


 アレとは通称「魔除け」と呼ばれている薬品だ。読んで字のごとく「魔」を払うものであるが、悪魔や怪異といった良からぬモノに対してではなく、身体に周辺の魔力が集まりにくくなる効能を持つ。その効能が効いている間は『魔法』の発動が極端に遅くなる。


 主な用途は、犯罪者の護送や投獄、重要な会談でお互いの信頼の証明といった、自分・相手の『魔法』を無力化する場面で使われる。とはいえ、一般流通されてはおらずたやすく製造できるものでもないため、普段の生活では目にすることのない薬品ではあるが。


「おら、避けんじゃねぇ!へへっ、こんなもんか」


 ペロペロ団の団員は捕らえた村の子供らと便利屋の少女にまんべんなくかけている。人攫いも行う彼らにとっては「魔除け」は必需品だ。憲兵団の屯所や市街地の倉庫を襲った時の戦利品だったり、賄賂で横流しをしてもらったりなど、まともな入手ルートではないが在庫はそれなりに抱えている。


 捕らえられた者たちは謎の液体をかけられることに恐怖の表情を浮かべていたが、


「これでお前らは『魔法』が使えなくなった。無駄な抵抗はやめて大人しくしておけ。おい、しっかり見張っとけよ」


 この集団のリーダーであろうものが威圧的にそう告げてきた。が、その言葉を咀嚼し、魔力操作や魔力制御ができないことに気付いた時には表情が絶望に変わった。


 子供たちの絶望が男にも伝わったのか、見張りを部下に任せ満足した風に去っていった。


 …。


「大丈夫だよ。助けは来るから」

「お、お姉ちゃん…」


 子供たちの不安を取り除こうと優しい声色で囁きかける。


 絶望的状況ではあるが、『魔法』が使えなくても武術の心得は多少ある。もしもの時は時間稼ぎくらいはできるだろう。ここで諦めては思い人に合わす顔もない。リィラにとって、守ることは自身の存在証明であり矜持である。目に火を灯し、見張りにばれないよう魔石板を操作し、ユートが追加してくれた機能を利用し自身の位置情報を共有する。


 周りの様子を観察するリィラ。

 今、確認できる範囲で敵は2、3人。

 見張り番の交代は、1人抜けて1人入ってくるようだ。

 見張り番は常にこちらを見ているわけではなく、ほぼほぼ談笑している。

 交代要員も含め、目立つ武器は所持してい無さそう。さらにいうと体つきや身体捌きを見るに戦闘慣れをしていない者の方が多いか。長剣や大型の鈍器でなく、体術である程度の抵抗はできるだろう。


 つまりは、おそらく「魔除け」の類と思われる薬品はかかっており、子供しかいないことから、こちら側を舐め腐っている。だからこそ、決定的な隙が生まれるはずだ。とリィラは推測し、密かに闘志を燃やしている。


 と、リィラの魔石板が2回ほど震えた。2回震えると肯定、3回震えると否定の意思であることは打ち合わせ済みだった。つまりこの震えは肯定の意、仲間の誰かがこちらの位置情報を把握したことの知らせであった。


 どうやら、ツキが回ってきたらしい。

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