魔女の罠
罠。それは、獣を捕らえる仕掛け。また、ヒトをおとしいれるための策。
仕掛けられる側は、知らず知らずのうちにその被害を受け、気付いた時には抜け出せない。
『魔女』は、いくつか貼ってあった策のひとつが反応したことを感じ取り、ほくそ笑む。と同時に、長期戦も覚悟していたのか、思いのほか早く方が付きそうで安堵の表情も浮かべていた。
「『魔女』様、何かいいことでも?」
「あぁ、結界の更新を始めた」
「ほぅ。って、そしたらこちらも急いで行動しないといけないんじゃ?」
おそらくは、子供たちを探す効果に加えて、誘拐犯を追い詰めるような効果に変わっていくであろう『魔女の森』を覆う結界。時間が経てば経つほど、村人たちに有利な効果に書き換わっていくはずだ。ましてや、相手側には「先読みの魔女」もいる。それこそ、詰将棋のように一手一手追い詰められていくであろう。
そんな、ポトコルの心配をよそに、『魔女』は淡々と答える。
「大丈夫。結界の更新は手間がかかるし、何より「先読み」は意味ないよ。全部作戦通り、あぁ、作戦通りさ」
手間取ったが結界をかいくぐってきたポトコル。しかし、彼は魔法士としての才能があるとか、『魔法』に造詣があるとか特別なことは無く、これまでの仕事や戦闘の経験値からくる勘を頼りに、見事な術式の解析をやり遂げた。まぁ、この勘を外さないのが彼の才能・特徴でもあるのだが。
そんなポトコルからしてみれば、『魔法』を扱う魔法士、ましてや『魔女』にまでなっている者ほどの考えなんて専門外であるため、そんなものなのかとぼんやりと考える。
「今回の誘拐騒ぎは、ただの戦略。目的でも、目標でも、ない。とはいえ、この誘拐騒ぎは今後の大切な大切な布石」
次の策に移るのだろう。青犬に慌てふためく様子を俯瞰しながら、村で行われている更新作業の様子を感じ取りながら、子供たちの身を案じながら、『魔女』は懐から術符を取り出し、『魔法』を行使する。
「すべては、『魔法』の発展のため。目的は世界の変革。目標は『魔女の森』の消滅。作戦は――」
それは『魔女の森』に対する策かもしれない。あるいは、世界に対する罠かもしれない。
ただ、はっきりとわかることは、これから魔女同士の戦いが繰り広げられる。
―――
――
―
「んっ……。……。ここは…」
深い森の中。耳が拾うのは、しんとした無音と自分の呼吸くらいか。耳を澄ませば、遠くの、本当に遠くのさざめき。
「…飛ばされた、ということか?」
身辺を確認しながら、ユートは自身の思考と現状を整理するために、わざとひとりごとを漏らす。
直前の記憶は、村の広場で行われた子供たち向けの『魔法』の講習会。何日か滞在し、講師の許可を得て混ぜてもらうのも恒例となってきた。
確か、今日の講習会は講師以外は子供たちしか参加していなかった。いくら、狭いコミュニティで行われる行事だったとして、日中の明るい目の届きやすい時間帯だったとして、講習会が座学だけの時があったとして、見守り役の大人はいないものだろうか。
ユートは講義を受けながら、深く意識はしていなかったが、講師を除けば自分たちが年長だった自覚はあったし、何かあれば戦闘職である自身が身を挺する覚悟はあった。
講習会自体はつつがなく終わり、ユートも講義は満足していた。
内容は結界に関するものあったが、結界の仕組みを教えるようなそういった基礎的なものではなかった。実戦的な内容で、結界の解析の進め方や結界の弱所になり得る部分の話が中心となっていた。
いきなり実践的な話で驚きはしたが、周りの子供たちも興味津々に聞いていたこともあり、魔法士の村だから基礎的な部分はもう抑えているのか、とユートもそんな子供たちの様子を見て納得してからはそこに違和感はなかった。
講習会が終わり、シィタ、リック、マルタが『魔法』の練習をすると言って早々とおばば様の元へ向かった。そんな3人を除けば、会場は講習会の余韻で、そのまま駄弁っている子供たちであふれていた。ユートとリィラは、子供たちが散開するのを見届けてから会場を離れようとしていた。
いくらもしないうちにマルタが忘れ物をしたと会場に戻ってきた。一緒に探そうかと声をかけた、とほぼ同時に見た目からして粗暴な男たちが10人ほど会場を取り囲んだ。講習会を終えて弛緩した空気に緊張が走る。
子供たちがあげた悲鳴は、ごもったような反響音になっていた。屋外なのに浴槽や銭湯にいるような感覚に陥るその原因を、先ほどの講習会で得た鮮度の良い情報からも導き出せたユート。
――結界か。いつの間に…。いや、それよりも。
深く思考するよりも現状の解決を優先したユート。銃を抜き結界を仕掛けた犯人へ向ける。
銃口を向けられたのは、今回の講習会の講師。背の高い、長髪の、黒ずくめの男。
結界の解析を教えると称して書かれた術式は、おそらくこの結界を作るための布石であろう。現に、黒板代わりの板に書かれている術式によって魔力が制御されているのをユートは感じ取っていた。
ただ、銃を向けられている男は、一瞬で命が散る可能性があるこの状況で、男は不敵にニヤリと口角をあげる。そんな様子に戦慄を覚えたユートは、銃の引き金を引く。先日、人攫いを縛り上げた拘束弾だ。
一見すると、すばやい判断であった。最善ともいえただろう。それすらも罠でなければ。
男が拘束されたことがトリガーとなり、結界の中に仕込まれていた本命の『魔法』が稼働を始めた。
…。
そして、ユートは村から少し離れた森の中で目を覚ますこととなる。
「転移の『魔法』、ということか?」
記憶の整理を終えたユート。この世界以外の記憶を保持する彼は、人体に直接影響を与える『魔法』は存在しないという常識の枠を超え、人体を瞬間移動させる『魔法』の可能性に思い至った。
ちらと魔石版に目を向ける。手持ち無沙汰や困った時にスマホに目を向けるかのように、無意識であった。
魔石版に位置情報を発信・共有できる機能の設定が追加できそうだったので、みなに伝えてみたところ面白がって進んで設定をしてくれた。このおかげか、はぐれてもすぐに合流できた。ただ、『魔女の森』では『座標ずらし』の影響で、正確な位置情報が取得できない状況であったが、今になって何故かはぐれたであろうリィラの位置も確認できた。
「…とりあえず、合流か…」
どうやら、この機能は使えるようになったらしい。
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