結界の更新

 捜索は困難を極めていた。

 忽然と姿を消した子供たちに、ゆく手を阻む青犬の群れ。


「おばば様。どうか、よろしくお願いします」

「「よろしくお願いいたします」」



 捜索隊だけでなく村全体が沈鬱な雰囲気にくるまれたころ、とある準備が完了した。

 指揮を任せるため、村の者どもがおばば様に頭をさげる。


 場所は、占いの館。

 商店の賑わいから少し外れたその場所へ村長含め帰還した者が集まっている。


 占いの館は、村の相談役から指南を受ける以外に重要な目的があって建てられていた。賑わいから外れてはいるが、地理的には村の中央に存在する占いの館。村の中央に位置するこの建物は、この村を守る結界の中心でもあった。


 そう、占いの館自体が結界に組み込まれており、村全体の『魔法』を制御する要石にもなっていたのだ。「先読みの魔女」としての彼女の役割は、村の行く末を見通す相談役だけに留まらず、有事の際に魔女たらしめる『魔法』で先導及び統制を行う。


「あまりこういうことで、年寄りを動かすもんじゃないよ」

「不徳の致すところです。ですが、一刻を争います。おばば様の元、大規模術式の力が必要なのです」

「全く、現状にあぐらをかきおって。リックの坊主から話は聞いて準備は進めていたさ。支点に4人、観測補助に1人必要だ。ちょうど5人いるね。さっさと来な」

「おばば様っ。ありがとうございます!!よし、お前ら定位置に着け」

「「はい!!」」


 午前中、机や占い・呪いまじないの道具であふれていたその場所が、今やきれいに片付けられていた。おばば様が杖で床をトントンと叩くと、一面に魔法陣が浮かび上がってきた。魔法陣には、円やら星形やらの図形がそこかしこに書かれており、それらを繋ぐように矢印やら文字やらが細かく書き込まれている。その術式は淡く光っており、電脳世界の情報のやり取りかのように魔力の流れが図形を行ったり来たりしている。全体像を見てみると、まるで拍動しているかのようなうねりを感じ取れる。まさしく、心臓部であった。


 魔法陣の四隅に番号が割り振られており、そこに村人が配置され、魔力の流れを制御する。おばば様はそれらを俯瞰する位置で指揮を執り、村長のパラテは魔法陣を挟んで反対側で魔法陣の監視をしている。


 今から行われるのは、『魔女の村』を覆う結界の更新作業だ。


「ふむ。捜索範囲や探知効果を高めるには、結界範囲の拡張をしなければならぬ。記述は……、太陽の図付近か。それならまずは、結界の崩壊と魔力暴走を防ぐために、魔力の迂回路が必要だの。うむ、西から北、そこから中央に向かっている経路の記述変更と制御を」

「はっ。西から北の制御は1番が、北から中央の2番が」

「「はい」」

「次は――」


 結界の術式変更で、何を行うかをおばば様が告げ、細かい指示や役の割り振りを村長が行う。『魔女の村』やリテリア国内の要所に展開されている結界は、大規模で多様な効果を含むため、書き込まれている術式の数も多い。


 代を重ねるごとに、簡潔な術式は開発され置き換えられているので、ある程度術式を読むことができる人であれば書き換え自体はできる程度の難易度ではある。が、ちょっとした書き間違えであっけなく結界が霧散することもありえる。そして、再構築には、間違えている箇所を探し出し直した上で、術式へ魔力を行き渡らせるまで制御を続ける必要がある。これがまた時間がかかるのだ。そのため、大規模な定点型術式の書き換えは、責任者が統制を取り、複数人で確認をしながら進めていくことが通例となった。


「――迂回経路の構築、現用部分の分岐設定、完了しました」

「ありがとうございます。おばば様、次の指示お願いします」

「ふむ。攪乱系の術式の範囲を書き換えるよ。予備経路の方に移している間に書き換えだね。まずは、『座標ずらし』と『迷い道』を」

「はっ。『座標ずらし』の経路操作は1番が、術式書き換えは4番が。『迷い道』の経路操作は2番が、術式書き換えは3番が」

「「はい」」


 書き換えの作業は続いていく。段階的に、少しずつ結界の彩りを変えていく。大規模で多様な効果を発揮できる結界は、いくつもの特性を持つ術式を綿密に絡ませて結界のカタチを成している。結界を維持するエネルギーの供給と消費のバランスを考えると、ただただ様々な効果を足すことや広大な範囲を結界で囲むことは現実的でない。だからこそ、少しずつ少しずつ影響の出にくい程度に術式を書き換えていく。効能や範囲、消費効率などなどを変えていく。


 要所を守る大規模な結界、要所を繋ぐ魔力を動力源とした公共交通網、個々の生活を便利にする現代魔術の術符、個々を繋ぐ魔石版による通信網……など、何気ない日常を送っているリテリア国民、いや大陸に住む人々はこの『魔術インフラ』とも言うべき技術基盤のうえで成り立っている。リテリア国においても、魔技研のほかいくつもの機関により、この『魔術インフラ』は管理・運用されている。それでいえば、独自な発展を遂げている『魔女の森』は特殊な環境であり、研究職で技術屋でもある魔法士にとって技術・知識の倉庫であろう。聖地と呼ばれるのも頷ける。


 さて、現状おばば様含め6人で結界の術式の書き換えを行っているのだが、この書き換えの大まかな流れとしては、まず、術式の種類や効果の範囲ごとに区間をわける。そして、区間ごとに「迂回経路と予備経路を作る」、「魔力の流れを迂回経路に切り替える」、「術式を書き換える」、「迂回経路から元に戻す」といった作業を繰り返していく。予備経路は、全体の書き換えが終わるまでに生じる歪みの一時的な受け皿になってくれる役割がある。


 個人や小規模な範囲を守る結界であれば、ここまでの作業は必要ないのだが、結界を維持しながら効果を書き換えていくにはこの流れが無難であろう。効果や魔力経路の切り替え際に、一瞬だけ魔力の流れが切断されるが、迂回経路や予備経路のおかげで結界が霧散することはなく効果が維持・更新されていく。




 そして、この一瞬の更新を『魔女』は見逃さなかったのだ。



「どうやら、更新が始まったらしい」

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