事件の発覚
「おばば様!マルタがいない!」
リックが勢いよく占いの館へ入ってくるなり、そう叫び報告をする。
息を切らせて落ち着きのない様子から、焦りが強く見える。
おばば様が眉をひそめ詳しく聞こうと口を開くが、リックからの追加情報がそれを越す。
「マルタだけじゃない!ほかのみんなもいないんだ!」
リックを落ち着かせるように、シィタが優しい声で聞き返す。
「みんなって?」
「…講習会に出ていたみんなだ。いま、手が空いている人たちで村の周辺まで探してもらっている」
少し冷静さを取り戻したか、焦燥感は減り、目を見て話せるようになったリック。
いまだ補給で村へ帰還しないバリィたちのことも心配だが、同年代のリックやマルタとすでに打ち解けているため、村の子供たちの安否までもシィタの心配の種になってしまった。
「ちょっと、姉さんたちに声かけてくるね」
「あぁ、気をつけてな」
最近急速に乙女化しているあの姉のことだ。憩いの場で思い人であるユートと甘いひと時を過ごしているだろうと予想していた。この村でちょっとした広場があるから、そこにいるだろう思っていた。魔石版でメッセージを送らずともすぐに見つかるだろうと高を括っていた。
今日行われた、子供たちを集めた村の講習会までは一緒にいた。定期的に開催されている村の子供たちへ向けての『魔法』の講習会は、魔法士の村と呼ばれるのに恥ずかしくないほどに『魔法』への理解を底上げしていた。
子供たちへ向けてになるためほとんどの内容は基礎的なものとなる。講師になるのはその時々で、純粋に自身の知識を村へ還元しようとする者、警備が非番で暇を持て余した者、研究で行き詰まり自身の知識の整理のためにアウトプットしたい者など様々である。
講師が多様のため、学べる内容も多様であった。現代魔術から古代詠唱まで、生活で使う便利な魔法から戦闘に役立つ魔法まで、魔法の基本概念理論の座学からひたすら魔法の反復練習を行うブートキャンプまで。
今日の内容は、結界に関する講座であった。村の、ひいては森全体の守りの要になることがらのためか関心も高く、出席率も高かった。そこに数日間は、時間が合えば自身の可能性を広げたいシィタや元々知識欲の高いユート、付き添う形でリィラが参加していた。
結界の構築の説明で、大まかな術式や補助する道具のことはわかりやすく解説してくれてすんなりわかったし、術式を解析して対象の選択や効果の指定を割り出す内容に関しては難しくて村の子供たちでも大半はついていけてなかった様子だったとシィタは思い返す。
思い返しても違和感もなかった。そうここ1時間以内の記憶を振り返りながら村の広場やお食事処などを見て回る、が姉の姿が見当たらない。当然、ユートの姿も。
「どこにもいない…?宿屋は…」
シィタにじわじわと焦りが侵食してくる。
現状宿屋に戻る理由も無いのだが、一縷の望みをかけ宿屋へ向かう。
占いの館での相談を終え、おばば様へ修行を申し込んだシィタ。ちょうどそこへリック、マルタがやってきたので3人でおばば様指導のもと『魔法』の練習に勤しんでいた。
時間が少し経ったころ、マルタが「そういえば、今日は講習会ね。確か、内容は結界だった気が…」と呟き、おばば様も講習会の後にまたおいでとも言ってくれたため、参加したのだ。
講習会後、3人で占いの館へ向かう最中、マルタが忘れ物をしたと会場に戻っていった。目的地はわかっているし、距離も遠くないからすぐに来ると思っていた。マルタを意識しながらゆっくりと占いの館へ歩いていたが、館が見え始めたころになってもマルタが戻ってくる様子がない。「ひとっ走りしてくるから先に館へ行っててくれ」と言われたため、占いの館へ到着後、おばば様に事の説明を行っていた。
「宿屋にも戻って、ない…のか…」
リィラとユートは、宿屋に戻ってきていなかった。ついでに言うとバリィたちも戻ってきていない。ここでやっと、魔石版の存在を思い出しメッセージを送るが、どちらも返信が無い。シィタの脳裏に浮かびあがる文字は、孤立。
シィタには常に守ってくれる姉がいた。リテリア国内では領内の小さな村でも、教会が派遣する救護団による巡回健診が行われる。さすがに国土が広いため、毎年ではなく数年に1度ではあるが。そんな健康診断の測定項目には魔力適性もあり、そこで「無人」と診断されて彼は村からの
小さい村の閉鎖的なコミュニティだからこそ、異物に対する反応は強いのだろう。戦闘に使う『魔法』ならともかく魔力を利用した道具さえ使えないとなれば、先日まで友好的な村人たちは差別的な集団へとなっていた。家族でさえ、いや、家族だからこそだろうか、両親はシィタを村から追い出そうと話し合っていた。今となっては、守るためなのか同調圧力なのかはわからない。
そんな状況を見ていた姉のリィラは、シィタを引き連れ飛び出した。逃げ込んだのは村の端にある変人がいると噂の小さな小屋。その小屋ではどうやら武術を教えてくれるらしいが、体術や棒術、三節棍などばっかりでこの地域で主流である剣術はからっきし。そのせいか、その小屋の主は変人扱いを受けていた。もちろん通う村の者なんていなかったから、逃げ込むのにはちょうど良かった。
そこで姉は、弟を守ろうと、だれにも負けないようにと変人師匠から武術を学ぶことにした。家を飛び出す前も自身の前に立っていてくれていたし、武術を学ぶことで前に引っ張ろうとしていてくれた。シィタの前には、常に姉がいてくれた。
だからこそ、完全な孤立は不意打ちだった。焦りよりものしかかってきているのは喪失感、虚脱感。手に、足に力が入らなかった。
魔石版にメッセージの受信があった。
すかさず確認したシィタだが、期待していた差出人ではなかった。
リックからの様子をうかがう内容だったため、こちらも見つからないと簡単に返した。
気持ちは占いの館へ向かおうとするが、抜けた力はしばらく戻りそうになかった。
どうやら、想像以上にショックらしい。
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