闇からの招待状


 白髪の少女と行動を共にしていた長身長髪の男は、何か苦いものを飲みたい気分になっていた。すれ違った男女の甘い雰囲気が、こちらの脳まで汚染しそうになる。

 まぁ、この男女は言うまでもなくユートとリィラのことだが…。


 自分の現状と男女のいちゃつきとのギャップで、どこにも当てられない怒りが湧いてくるが、ここは闇に紛れるプロ。一瞬の精神統一で精神を保っていた。


 その男の現状とは、(白髪の少女の)子守も兼ねた(誰だかもわからぬ)『魔女』を連れてくる任務が与えられている。『魔女の森』に検討をつけてやってきたはいいが、複雑な術式の結界に邪魔をされる。やっとのことで術式を解析し、探知されずに村に入ったはいいが、少女は遊びに行って行方知れず。「結界を解いたぞ」と魔石版でメッセージを送ってみれば、「鬼ごっこ中(^_-)-☆」とよくわからん返信が来る。そしてなにより、肝心の『魔女』の情報が未だに無い。仕事サボっちゃおうかなぁ、と弱気になったタイミングで、カップルのイチャイチャを目撃。

 あとは、結界に穴をあけた時から何やら集団が跡を付けてきたが、こちらは害が無さそうだからと無視をしていた。


 精神を落ち着かせた男は情報収集をすべく、闇に紛れた、昼間で明るいはずなのに。


 …。


 村がそこまで広くないからか、男の仕事が優秀だからか。

 ほどなくして『魔女』との接触が成功した。

 薄暗い建物の陰。周りに人の気配が無いなか、2人が見合っていた。



「あなたは、便利屋さんでは無さそうね」


 依頼を受けた便利屋はすでに町に滞在している。

 目の前にいる者の胸元に掲げてあるタグは便利屋のモノではあった。ただ、依頼でもなく個人で『魔女の森』に来る者はそうそう居ない。

『魔女』の眼光が鋭くなる。


「そう睨むなって。『魔女』の手伝いで来たんだ。あんたが『魔女』依頼主か?」


 男の口ぶりに、自身が協力要請をした組織の者だと気が付いた。

 こくり、とうなずく『魔女』。


「俺は…あ~、特に名前はないから適当に呼んでくれ」

「ポトコル。あなたの名前」

「おう、しばらくは俺はポトコルだ。よろしく」

「睨んで悪かったね」


 握手を交わす2人。


「さて、さっさと村から出たいが、探知魔術がやっかいだな」

「……。あなたが連れてきた集団を使えば騒ぎを起こせるかも」


『魔女』が男に耳打ちをし、作戦内容を聞いた男がニヤリと口角を上げた。


「さすがは『魔女』だな」

「それほどでも」


 ―――

 ――

 ―


「へへっ。幸運だぜ。男の跡を付けたら村があったんだからよぉ」

「副団長からは、何もせずに帰ってこいと返信があった…。そのまま帰れば及第点。だがっ!ここで成果を出して帰れば、我々の評価も上がるっ!」

「何としても、子供をさらって売りさばくぞ!」

「ペロペロ団に栄光あれ!」


「「「おぉ!」」」


 村の入り口を観察していた荒くれものたち。

 そして、警備が薄まるタイミング見計らい、村への侵入を開始しようとしていた。

 自分たちの成果を上げることしか頭に無い様子だ。だからだろうか、息を潜めていたはずがいまや熱気に包まれている。例の副団長がこの様子を見ていたら、またため息が増えたことだろう。


 本来の『魔女の森』であれば、その周辺は常に探知魔術により観測・監視されている。例えそれが歯牙にもかけない存在だとしても。だが、この時に関して言えば、これほどの阿呆どもが近くで騒いでいても気付かれた様子は無く、実際に気付かれていなかった。


 この日だけ村の警備のローテーション的に手薄になる。とか、ここにいる荒くれものの中に隠密のエキスパートがいる。とか、『魔女の森』の村に見せかけた幻惑で荒くれものが村に着いたとぬか喜びしている。とか、そんな理由は特にない。彼らはなのだろうか。

 そうして、荒くれものたちは村へふらふらと入っていく。まるで、誘蛾灯に魅かれるかのように…。


 …。


「しかし、なんていうか拍子抜けだぜ」

「あぁ、全くだな。結界さえ抜けちまえばこんなもんか」


 物陰に隠れつつ、ひそひそと内談しているペロペロ団の団員たち。

 今はいくつかの班に分かれ、村の警備の監視、経路の確保、子供狩りの標的の品定めなどなど、それぞれの役割に徹して子供狩りの下準備をしていた。

 上司の命令を湾曲したり、潜んでいる時に熱気を発したりとダメダメな面が目立ってはいたが、事が始まるとその手際の良さはさすがの現場慣れである。


 警備にあたっている者の順路もわかった。

 普段はあまり目立たない戦闘許可証のタグなのだが、なぜか良く見えた。


 退却経路もすんなり割り出せた。

 深い森の中とはいえ日は燦々と降り注いでいるのだが、なぜか物陰がはっきりとわかった。


 戦闘職も近くにはいるが子供たちが集まっていた。

 普段は空き家で『魔法』の勉強会を行うのだが、なぜか今日は青空教室で行われていた。


 分かれていた班が集まり情報共有をすませば、子供狩りに好ましいシチュエーションと言える。ペロペロ団の誰もが成功を確信し、これから行われる悪事のシミュレーションしていた。


が向いてきているんだ。これだけの状況でドジを踏んじまって失敗は笑えねぇぞ?しっかり確認しておけ」

「おぅ」


 この場を取り仕切っているでだろう男が、場を締める。

 ペロペロ団の団員、10人ほどがそれぞれ成功のイメージを作っていた。

 手には拘束するためであろう縄や脅すためであろう剣、術符などが握られており物々しい雰囲気ではあるが、団員みな表情は卑下た笑いが張り付いている。


「さて、お前ら。金を稼ぎに行くぞ」


 仕切っている男がハンドサインを送り、集団の行動が始まった。


 そして、この日、授業を受けていた子供たちとそれを見守っていた便利屋組合員が忽然と姿を消した。


 どうやら、彼らの仕事は成功したらしい。

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