蠢く闇
少女は笑顔だった。
あどけない、無邪気な、まるでおもちゃを見つけた笑顔。
「お兄サン女の子いっぱいだナ。モテるねぇ」
アイスブレイクのつもりだろうか、軽口で近づいてくる白髪の少女。
ギザ歯が愛らしく、儚げな白髪は左右でまとめられ2本の尻尾が揺れている。
ねだられたら、思わずお菓子をあげたくなる愛嬌があるのだが、
少女の身のこなし、
「『魔女の森』ってトコ行きたいんだケドさ。ドコにあるか知ってるカイ?」
良くて我々の全滅、悪くて村の壊滅。いまだに警報が鳴り響いている頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。
「………。」
「そんナに警戒しなくテモ、いいんジャない?悲しくナッちゃうナァ」
「……え?」
白髪少女は、しょんぼりとした顔をした。
とても庇護欲を誘う顔だが、ティラが思わず声を出したのは、そんなことではなかった。
―なんで?
なんで、こんなにも瞬時ににおいを消せるの?
隠匿魔術?予備の動作とかも無く?―
強者独特の雰囲気。長年修練を積んできたものの所作。染みついている無意識での身体使い。少女が何をしたわけでもなく、ついさきほどまで漂っていた咽かえるほどのにおいは、瞬く間に霧散した。
一瞬でも感じ取ってしまったので、いくら気配がなくなったとは言え警戒は解けない。解けないのだが、空気が弛緩した今しかないと悟ったバリィは意を決して少女に話しかける。
「俺は便利屋のバリィ。えっと、君は迷子かな?」
「迷子と言えバ迷子なのカナ?『魔女の森』がドコかチンプンカンプンさ」
ハハッ!と軽快に笑い飛ばすその様は、少女の見た目とギャップがある。
この少女をあの村に近づけてはいけない気がする。勘だよりだが、この勘に従ってこの子を村に向かないように誘導する。
「『魔女の森』は、よくわからないけど。ここら辺は獣も多いから森の外まで送るよ?」
「ふ~ん?…そっか。じゃアさ、いま暇だかラサ。ちょっとだケ、ちょっとだケ遊んデヨ?」
少女の目つきが変わる。
興味が無さそうだった目線から、おもちゃを見つけたような視線に。
弛緩した空気は、少女の放つ《におい》に塗りつぶされた。
思わず戦闘態勢に入るバリィたち。
それを見て喜ぶ白髪の少女。
「アハッ!」
鬼ごっこが再開しようとしていた。
―――
――
―
「リティアたち遅いなぁ。なんかあったのかな」
「たしかに遅いね。いつもは時間通りに帰ってくるのに。魔石版も反応無いんでしょ?」
「うん。返信ないんだよね」
ユートとリィラが昼食を取っている。
本来であれば、情報共有や補給も兼ねてご飯時には村に戻ってくる予定であったが、少し待っても来ないため、村のお食事処で逢瀬を重ねていた。
「シィタ…これで自信持ってくれたらいいんだけど…」
「大丈夫だよ!って簡単には言えないけどさ。すごいキラキラしてたじゃん?だから、もう『魔法』が使えないってことで落ち込むことは無いんじゃないのかな」
「…そう…だね。そうだよね。…シィが前を向いて歩いているのは、うちも嬉しい。いままではその道を荒らされてたからさ。でも…、まだ、不安感…っていうのかな?安心しきれていない自分がいるんだ」
「リィラ…。シィタにはリックたちもいるし、『先読みの魔女』も可能性を見出してくれている。環境は変わったんだ。あとは、今の環境を信じよう。でもさ、環境が変わったのはシィタだけじゃないだろ?リィラ、俺のこと頼ってくれないか?……頼りないかもしれないけどね」
へへっ。と照れながらも、リィラの手を握るユート。
先日、リィラがユートの不安を見抜いたように、ユートもまたリィラの不安を感じていた。リィラと親密度が増し、姉弟の過去は大まかには聞いているユート。慣れないながらも優しさを伝えようとするユートに、リィラはありがとうと呟いた。
さて、
そう、ちょうど占いの館から出たタイミングでちょうどマルタやリックと会ったのだ。シィタがおばば様の元で修行する旨を伝えたところ、2人ともシィタと一緒に勉強できると喜んでいた。ここ数時間前にあったばかりだと言うのに、すでに旧友のようだった。
そんな友と修行に励む姿勢が微笑ましくあり、また、ユートに焦燥感を与えていた。
魔法士は手品師である。ティラはそのようなことを言った。そして、それは魔法士の常識でもある。一般的に知られている『魔法』は別として、自作の『魔法』などは同じ相手に何度も見せたりしないし、自ら種明かしはしない。
ユートが本格的に『魔法』を知ったのは、便利屋組合の採用試験の場だ。そこで知ったのはあくまで「術符を使った現代魔術」で一般化されている『魔法』で、特性や威力などは知れ渡っている。
そして、今のユートにはその知れ渡っている『魔法』を使う技術しかない。術符を使うか銃を使うかで、結局のところ一般化されている攻撃魔法を放っているに過ぎない。少し滞在しただけでもわかる『魔法』ばかりのこの村。誰もかれもが『魔法』を理解しようとし、『魔法』を使おうとしている。それらの様子が、
もちろん、まったく『魔法』を知らないところから勉強を始めて、術式がある程度読めるようになっているユートの学習スピードはほめるところである。が、基準がわからないユートは周りが優秀な分、その差に悩み始めていた。
お食事処を後にして『魔法』の装備でも整えようかとぶらついている時に、村の様子を見てふと、そんな感情が過るユート。そんな表にも出ていないユートの感情を感じ取ったのか、リィラは寄り添って歩いてくれた。
「どうやら、ユートくんは焦っているらしい」
そして、とびっきりの笑顔でからかってきた。
そして、すでにこの時、『魔女の村』に闇が忍び込んでいた。
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