鬼ごっこ
「困ったネ。困った困った」
いつぞやの
「結界の解除ハ…苦手なんダよネ…。アァ、早く『魔女』に会いたいのにィ。この結界のせいで会えないよォ」
白髪の少女は、長身の男をつつきながらごちる。
いじられている男は迷惑そうな表情を隠すこともせず、つついてくる手を払う。そして、ただ黙々と結界の解析を続けている。
「見テ?ほら、会えなくテ震えテ来たヨ?……あぁァァ、…そうダ、あいつラ、殺してきてイイ?」
「ん?あぁ、まぁ、うじゃうじゃいるからな。多少減らしても平気じゃないか?」
「やっタ!」
「あまり離れるなよ」
森のそこかしこにいる青犬を指さして殺戮許可を得ようとする少女。
その表情は年相応のはつらつな笑顔だ。喜びにあふれているのがわかる、見ているこちらも元気になる素晴らしい笑顔。
そんな笑顔のまま青犬の群れに飛び込んでいった。
バリィたちは難なく巣穴潰しを成功させている。だが、それは慎重に作戦を練り、奇襲を成功させて一気に制圧しているからだ。2、3匹程度の青犬であれば、茶色タグの戦闘職なら正面から相手しても処理はできるだろう。ただ、青犬は群れでの狩りを得意とし、強力ではないものの『魔法』を放ってくるため、数が増えるほど厄介さが増してくる。ましてや、巣穴付近は彼らの領内である。
茶色1枚の戦闘職がうっそうとする森の中で10を超える青犬に突っ込むなど自滅願望があるように見える。そう見えるはずなのだが、
この少女は笑顔を絶やさない、まるで遊びにいくかのように。
軽やかに進む、まるで踊るかのように。
どこまでも追う、まるで鬼ごっこのように。
足元に襲い掛かるモノは蹴り飛ばし、飛び掛かってくるモノは殴り飛ばし、放たれた『魔法』は暗闇が飲み込む。
「アハッ!待て待てェ~!」
楽しそうで何よりだ。
―――
――
―
少女が鬼ごっこを始めたころからだろうか、森の様子が少し変わった気配をバリィたちは感じ取っていた。
そもそも、青犬の大繁殖で彼らの
依頼の内容が青犬の数減らしの時点で、それなりの経験を積んだバリィたちや森人のリティアはここまでは予想できていた。実際に狩りを始めて、現状は想定内であった。補充や休憩も兼ねて、そろそろ村へ戻ろうかと思った矢先。ここにきて急に森が騒がしくなる。
警戒を怠ってはいないのだが、想定外で青犬と遭遇するようになってきた。
囲まれたかと焦りもしたが、青犬側も不意の対面なのだろうか群れで連携して襲ってくることはなかった。
「違和感を……感じるな…」
「えぇ。私たちの想定ならここまで青犬は騒がしくならないはずよ」
ここ数日で感じたことの無い感覚を言葉にして共有する。4人ともこの違和感を感じていることが、自身の勘違いでないことの裏付けとなり、チーム内に緊張が走る。
「……バリィ、この感じは、魔物発生の予兆に似ている」
「…なるほど。魔物の発生だと村が危ないな…」
魔物。魔力暴走を克服した個体である。
ヒトや青犬のように、『魔法』を使用できる生物の体内には魔力を通す機構が備わっている。本来、自然にあふれる魔力が体内を通り『魔法』に至るのが正の道筋である。
しかし、術式まで辿り着いた魔力が体内に逆流する現象がある。その現象はそのまま逆流魔力と呼ばれており、日常的に使われている現代魔術でも観測できる。特段、逆流魔力自体は珍しいものではなく、普段の生活で浴びている魔力とそうそう変わらないこともあり問題にならない。
だが、偶発的な事故か魔力のいたずらか、術式への注入魔力と術式からの逆流魔力のバランスが崩れてしまい大量の逆流魔力に襲われる事例があった。この事例で悲惨だったのは、ただ大量の魔力に充てられた、で終わる話ではなかったことだ。
術符への注入魔力を断つことができずに、逆流してきた魔力が体内で最適化され、最適化された魔力が術式へ注入され、術式から魔力が逆流してきて、……と魔力の最適化が止まらなくなってしまったのだ。身体に直接影響を与えることができない『魔法』。そんな『魔法』が魔力暴走を起こした末路は、身体の結晶化であった。
これが魔力暴走である。
そんな魔力暴走にまで至った逆流魔力を、己の意思で
周囲の魔力を無尽蔵に取り込みそれを放出してくる、ただの魔力の波が『魔法』になる。それが魔物である。
「ちょっと精密な探知をするわ。時間を頂戴」
魔物であれば早めに察知する方がいい。ティラが探知魔術の準備を始める。
先日の簡易的な魔術ではなく、より詳細な情報を得られる探知魔術だ。マルチアもサポートしてくれているため、思ったよりも早く結果が分かりそうだ。
この間にも、まるで逃げているかのような素振りの青犬たちがやってくるのでバリィとリティアで迎撃している。大きな群れの気配も今はない、これなら2人でも捌けそうだ。
「…っ!結果が出たわ!魔物は居なそう」
探知結果に安堵するが、でも…、とティラが続ける。
「人が…。1人…?そこの地点から逃げるように青犬たちが遠ざかっているわ」
「こんな森の奥に人?ペロペロ団か?いや、盗賊団なら集団だよな」
「う~ん、身長や波形の特徴的には子供なのよね」
「……ティラ姉さん、村の子供かな?」
――ガサッ!
話し込んでいるうちに近づいてきていたらしい。
音の方へ警戒する一行。
そこに現れたのは、白髪の少女。
「アハハッ!犬っころの次は人ダァ!」
この笑顔の少女に、バリィたちは警戒を解けなかった。
どうやら、鬼に見つかったらしい。
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