『魔法』と運命

 いつの間にか占いの館はおばば様を先生とした『魔法』講座のようになっていた。

 便利屋組合で習ったことを基礎に、おばば様の意図を汲み取り自分に落とし込んでいくユート。それに感心するリィラ。時々、おばば様がユートを口説きリィラが反発しているのも微笑ましい光景だろう。


「…う、うぐっ…。う、…」


 3人の軽いやり取りを見ていたシィタは、いつの間にか泣いていた。

 便利屋に入り、仲間との交流や依頼の手伝いで多少の自信がついてきたと思っていた。それでも、魔法適性が無い。その現実は、彼を貶めるものがいない現状でも楔となっていた。


 姉のリィラは、シィタが変異材のおかげでまともに初めて『魔法』を撃てた時より喜んでいるようだ。それこそ、自分のことのように。「無人」と蔑まれ、疎まれ、貶されても、いつも守ってくれた姉。足枷でしかなかった自分シィタの劣等感が少し和らいだ気がした。


 そんな姉の思い人であるユートは、不慣れな土地、不慣れな『魔法』を毎日相手にしているが、食らいついて噛み砕いて自分のモノにしようとしている。今もその好奇心で『魔法』のことを聞いているのかもしれない。だが、シィタはそんな姿を自分シィタの可能性を探してくれているように思えた。


 そして、おばば様の「可能性の塊」という言葉で、感情があふれた。


 ――自分も、何かの…役に立てるかもしれない。

 もう、「ない」なんて言わせない。――


 土砂降りの感情に隠れた静かな決意は、


「そうだ。坊やさえよければ、しばらく『魔女の森』ここで『魔法』を学ぶかい?」


 意外にも早く彼を推し進めた。


「は、はい。お、お願いします!」



 しばらくのち、シィタの感情が落ち着いたあたりで、おばば様がユートを見据える。



「ひっひっひっ。さて、残るはおまえさんだが…」

「………。」


 神妙なおばば様の表情に、固唾を飲むユート。


「…おまえさんの運命は、正直言ってわからん」

「わから…ない?」

「あぁ、全くわからん」


 姉弟の悩み事を一瞬で見抜いた。なんなら、今日ここに3人が来ること、その3人のプロフィールすらわかっているような口ぶりから、「先読みの魔女」と言われているのも納得の貫禄を魅せていた彼女が、「わからない」と告げている。


 今はこの世界に慣れることが「目標」となっている。もちろん、先日リィラと立てた誓いも忘れてはいない。ただ、「目的」が、わからない。おぼろげにある前世と思われる記憶はあるが、この世界で生きた記憶が、記録が無いのだ。


 自分の容姿や感情、周りの環境から自身が思春期だと自覚しているユート。ただでさえ、感情が不安定になる時期だろう。自己同一性が揺らいでいる、彼が無意識に感じ取ったそれは占いの結果の期待値を高めていた。正確性の高さゆえに「目的」の参考になるだろうという期待。


 だからこそ、「わからない」に対するショックも、大きかった。


 …。


 リィラがそっと手を握ってくれたことで、放心から帰ってきたユート。

 彼女もまた悲痛な表情を浮かべていた。


 表向き、ユートは『魔法』が広まっていない遠方から来たことになっている。普段一緒に依頼をこなしている同期メンバーやカルディク、シルといった一部の組合員は、ユートはある種の記憶喪失であるという認識を持っていた。

 ユートが占いに期待していたことは察していたし、それによるショックもリィラとシィタには伝播してきた。


 一度目を閉じ、心を落ち着かせたユートは「ありがとう」とささやき、手を握り返す。リィラにも笑顔が戻った。勝気で元気なリィラには笑顔が一番似合うなと再認識するユート。そう、「


 ユートが覚悟を決めた姿を確認し、おばば様は話始める。


「運命ってのはね、輪投げ遊びみたいなもんさ」

「わ、輪投げ?」


 思わぬ答えに、どっしりと構えたつもりが思わず脱力してしまう。


「あぁ、輪投げさ。輪っかが事象、棒が人、投げた結果が選択さ。例えば、―」


 どこからか自立する棒3本と輪っかを取り出したおばば様。

 3本の棒を置き、そこに輪っかを落とす。こつんと落ちた輪っかは3本の棒を囲んでいた。

 それを指さしながら、


「―おまえさん達がこの棒で、占いの館ここに来る事象が輪っかだね。今日、ここに3人で来る選択がこの状態だね。そして、―」


 おばば様は、輪っかをつかみ位置をずらして再び落とした。

 今度は、2本の棒を囲み、1本は輪っかの外にある。


「―運命を変えるってのは、この輪っかをずらすことなのさ」

「う~ん。そしたら、輪っかが棒の無いところに落ちたら係わる人がいないってこと?」

「そうだね。まぁ、棒から外れた輪っかでも、やつがあるがね」

「?」


 ユートの真似をして、質問して考えをまとめようとするリィラだったが、残る輪っかがあることを咀嚼できないでいた。助けを求める目線をユートに送ったところ、無事受信されたようだ。


「残っている輪っかが何かの拍子でずれると、輪っかの近くにいた人が巻き込まれるってことじゃない?」

「あ~、なるほど?」

「それで、多分、おばば様には輪っかがわかるんだと思う」

「ひっひっひっ。まぁ、『先読み』なんて呼ばれる所以ゆえんさ。その棒と輪っかの数や位置を見て、占いの真似事をしてるんだよ」


 おばば様が読んでいる未来や過去についてはイメージできた3人だったが、純粋な疑問が生じる。その疑問をシィタがぶつけた。


「ユートさんの輪っかはどんな感じなんですか?」


「棒の周りに落ちている輪っかの数が普通に比べて異様に多いのさ。多難ともいえるし、多幸ともいえる。正直、読み取れないね。まるで、


 おばば様がわかりやすく「運命」を説明してくれたが、結局のところ「わからない」のには変わりはない。ただ、最後のおばば様の言葉でユートは自信を得ることができた。自分の中にあるおぼろげな別の世界の記憶。この記憶を信じてみよう。そう思えた。


 どうやら、自分ユートは転生者らしい。と。

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