おばば様
「あぁ?…はぁ」
魔石版より届いたメッセージに目を通した男は、それがあまり良くない知らせだったのかため息をひとつ。
「なんかあったのかぁ?」
「あぁ、ペロペロ様。一部が憲兵団に捕まったそうです」
「なんてこったぁ!かわいい子分たちがぁ!」
「子供狩りに失敗したそうですね」
『魔女の森』は、自他共に認める練度の高い魔法士の集う集落だ。
そこにいる子供たちも表に出れば高名な魔法士になるであろうことは想像が容易い。だからこそ、そこら辺にいる子供たちよりも高く売れる。売れなくとも、うまく育てて用心棒にする手もある。
そこに目を付けたペロペロ団の10人ほどが独断で『魔女の森』へ向かったのだ。
3人が憲兵団に捕まったと受け、何があったか聞いた返事が子供狩りへ向かった報告で頭が痛くなる。ここで、ため息をもうひとつ。
子供狩りで逮捕者が出ては赤字じゃないか!と叫びたいのを我慢して、送るメッセージを考える。
戦闘職と正面にやり合うならいざ知らず、非戦闘職を攫ってくるだけのことで逮捕者が出るなんて…。というのが素直な心情であった。
そう、この時の彼は団員が『魔女の森』へ向かっているなんて思いもしなかった。子供狩りで逮捕者が出たとの情報だけだ。
何とかしといてくれや。と言い残し、女を侍らせて個室に向かっていった盗賊団の頭をバレないように軽くにらむ。そして、ため息みっつ目。とりあえず、やり取りしている団員が所属しているチームを確認。男はそのチームのリーダーを認識すると、ため息では無く安堵を漏らす。
「あいつが班長ならなんとかなるか…」
それは下手なことをしない奴だった。野心が見え隠れはするが、人情に厚いのかチームメンバーの面倒見も良い。馬鹿でもないのだろう、わりに合わなければ即座に撤退する。なかなか荒くれものばかりで、細かい
「あぁ~、もし居なくなったりでもしたら胃に穴が開くかもしれん」
とはいえ、仕事はそれだけでないしこちらからは何もできない。追加の報告が来るまでは、一旦、頭の片隅に移動させとくのであった。
―――
――
―
数日が経過し、青犬の数減らしは順調に進んでいた。
ローテーションを変えて、日のあるうちはほぼすべての時間を討伐に充てていた。
今日は初日と同じシフトで、ユート、リィラ、シィタが待機組だ。
「おっ?また、巣穴を落としたって」
魔石版より届いたメッセージに目を通したユートは、依頼が順調に進んでいる吉報をリィラとシィタにも共有した。
滞在している『魔女の森』も村が起き始めてきたところで、村人に声をかけられる。
「便利屋の方々、おはようございます。我々が巡回に入りますので休んでください」
「お、おはようございます。と、特に異常はありませんでした」
シィタが交代の村人に報告をする。
『魔女の森』に至る道には惑いの効果や探知の効果を持った『魔法』が結界として展開されている。何か、はめったに起きないのだが、それでも村人の有志が戦闘許可書を得て見回りを行っている。3大勢力のどこにも属していない自警団と呼ばれる集団だ。
さまざまな結界をやっとの思いで抜けてきたら、最先端の『魔法』が襲ってくるのだから侵入者にとってや厄介なことこの上ないだろう。
「さて、バリィ先輩が帰ってくる前に占いの館にでも行きますか」
「さんせーい」
「は、はい。行きましょう」
村の宿を案内された時に、ちらっと見えた占いの館。少しぼろi…風情のある怪しい建物に目を引いた。なんたって「先読みの魔女」とまで呼ばれた人がいる『魔女の森』だ。そんな場所の占いはいかようか、気ならないわけがない。
討伐の効率化や村に慣れることを優先していたため、気にはなっていたが行くことは無かった。機は熟して、いざ、といったところだろう。
ユートは前世を持つ者として。リィラはユートとの相性を知りたくて。シィタは同世代の友人との未来を知りたくて。
それぞれの思いを抱きながら、幽霊でも出そうな雰囲気の建物へと歩んだ。
「ひっひっひっ。いらっしゃい。そろそろ来る頃かと思ったよ」
建物に入ると、タイミングを合わせたかのように奥から現れた老婆はニヤリと笑っている。なるほどみんなにおばば様と言われるのも納得できる風貌だ。
急に現れたおばば様に驚きながらぐるりと見渡す内装は、建物の外見と同様の薄暗い怪しい雰囲気で満ちていた。水晶やカード、ろうそくやお香などいかにもな道具も並んでいる。
おばば様が腰を掛ける。机を挟んだ正面に、3脚の椅子が用意されていた。
ユート様、リィラ様、シィタ様と丁寧に名前まで記されている。
「さぁ、座りな」
占いの館か、おばば様か、あるいは未来予知かのように用意された椅子か。
すっかり雰囲気に飲み込まれた3人は、ひとことも発することができず大人しく着席。
「なんだい。聞きたいことがあってここに来たんだろう?黙ってちゃわからんよ。ひっひっひっ」
「じゃ、じゃあ!うちから!」
恐慌状態から抜け出したリィラは挙手をしたが、勢い余って立ち上がった。
まだ、緊張しているリィラの様子を見たおばば様は優しく笑いかけながら答えた。
「大丈夫だよ。ただ、大きな試練が訪れるが……まぁ、あんたらなら何とかなるさ」
質問をする前に答えが来て驚きを隠せず固まっていたリィラであったが、しばらくすると言われた言葉が頭の中を反芻したのか顔を真っ赤にして椅子に座りなおした。
「つ、次はぼくで」
シィタがおずおずと手を挙げる。
何を発するわけでもなくジィーとシィタを見つめているおばば様。
シィタも質問するでもなく、にらまれたカエルのようにじっとしている。
実際は1分ほどだろうが、見つめられているシィタには無限の時間に感じられた。
「……あんた、魔力測定で何か言われたかい?」
「ま、魔力適正が無いと…」
「はぁ~…。とんだヤブ医者だねぇ。いいかい、よく聞きな―」
どうやら、おばば様が語ってくれるらしい。
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