人助けと戦闘の合図


「意識はあるか?」


 多少警戒しつつも、倒れている人物へ声をかけるバリィ。

 倒れている人物は1人。

 ローブ姿で顔や身なりはわからないが、大きい荷物は持っていない。

 体格的には、子供…だろうか?


「……うっ。こ、こは?」

「っ!気が付いたか?」


 上体を起こそうと少しもがいたためか、ローブがはだけかわいらしい少女の姿があらわになった。

 くりくりとした目が庇護欲を掻き立てており、額を見ると逆三角形の入れ墨が入っていた。


「…あなたは?」

「便利屋組合の者だ。青犬の数減らしのために『魔女の森』へ向かう途中だ」

「便利屋組合……。た、助けてくださいっ!襲われてて!」

「大丈夫だよ。大丈夫。ほら、回復薬を飲んで落ち着いて」


 タグを見せながら身分と目的を明かす。

 周りに人が感知できた報告を受けているため、警戒をしつつ容態を確認する。

 衰弱しているわけではなさそうだ。未開封の回復薬のビンを渡し、ゆっくりと飲ませる。


「歩けるかい?詳しい話は馬車で聞こうか」


 少女が落ち着きを取り戻したあたりで、身体を支えながら馬車に向かって歩く。


 ガサッ―


 茂みから何かか勢いよく飛び出す音が発される。つまり、バリィの背後に襲い掛かる勢いで森から現れた。


「人攫いめ!マルタを放せっ!」


 現れたのは倒れていた少女と同じくらいの年頃の少年だった。

 ツンツン頭の活気あふれている少年で、額には少女と同様に逆三角の入れ墨があった。


「リック!…大丈夫、この人たちは大丈夫だよ」

「マルタ…。良かった…。あぁ、良かった」


 マルタと呼ばれた少女は、激高する少年リックをなだめるようにして自分の無事を伝えていた。ふらふらとおぼつかない足取りのマルタへリックが駆け寄る。名前を呼びあい抱き合う2人はお互いに今生きている証明をしているようだった。

 先ほどまで鬼気迫る表情だった少女が見せた安堵に、バリィは背負った巨大な斧を握る手も少し緩める。


 襲われていると訴えた少女マルタ。人攫いと叫んだ少年リック。

 リックは衣服が乱れ、顔や手に小さい傷も見受けられる。

 その小さな汚れは急いで森の中を駆けてきたのか、あるいは…。


 再度、少女を馬車へ誘導し始めたくらいでティラがやってきた。


「どんな感じ?」

「ひとまず、この2人を保護だ」


 バリィたちの様子から緊急性を感じ取ったティラは、2人を不安にさせないようフードを脱ぎ顔を見せる。


「私はティラ。そこの人と同じ便利屋よ。あちらの馬車へ行きましょう?」


 ウェーブのかかった白銀の長髪に、褐色がかった肌。耳は少し尖っており、何より美しい青色の双眸があらわになる。その容姿を見受けるに、彼女もリティアと同じく森人のようだ。お姉さんの優しい微笑みに見惚れるくらいには、2人の不安も和らいだようだった。鼻の下を伸ばしてたリックにマルタが拳を入れていたのはご愛敬。


 ガサッ―


 再度、茂みから何かが出てくる音がした。

 見るからに粗暴な男が3人。軽薄そうな男、小太りな男、ひょろ長い男。それぞれ手にはナイフやら剣やら槍やらを持っている。


「ひぃ!?」

「くそっ…」


 馬車までもう少しではあったが子供たちは恐怖で足が竦みその場に張り付いてしまう。

 一つ確信できることとすれば、現れた男たちと子供たちの関係性はいいものでは無いということか。


「まぁ~さか森から出てるとは思わなかったぜぇ?こんな長い鬼ごっこは初めてだぁ」


 軽薄そうな者が、下品な笑みを見せながら子供たちが逃げた不満を漏らす。

 子供たちを捉えている目線に割って入るバリィ。


「とても保護者には見えない面だな」

「なんだぁ?てめぇは」

「便利屋組合だ。一応、茶色を持っているぞ?」

「茶色ぉ?まぁ、ちったぁやるようだが…。ガキのお守もある分、こっちが有利d――っぅお!?」


 バリィの巨大な両刃斧が軽薄そうな者の頭があった位置を通り過ぎる。


「……かわしたか」

「便利屋組合って、一般人への攻撃は禁止されてなかったかぁ?」

「人攫いは犯罪だ。取り押さえる権利は俺らにはあるぞ?」

「斬首は過剰だろうが…よっ!」


 軽口を叩きながらも男が投擲武器ナイフを投げてくる。バリィは両刃斧のひらの部分で受け、難なく防ぐ。

 子供たちに危害が及ばぬよう立ち回りながら、思案するバリィ。黒色とは言えユートらの才能は戦闘経験を埋められるだろう。彼らに援護をしてもらえば楽にはなるが、不利と感じた3人組が早々と逃走するかもしれない。


 そう考えているうちに、軽薄そうな者の後ろに控えていた2人が攻撃を始める。


「【風よ】【切り刻め】【正面を】」

「【炎よ】【突き進め】【正面へ】」


 小太りの男が剣を振ると風の刃が発生し、ひょろ長い男が槍で突く動作を行うと槍の形をした炎がそれぞれ襲ってくる。


「正面から『魔法』をぶつけてくるなんて、魔法士を舐めているわね」


 クールな表情のまま、術符を1枚取り出し


 ――バツンっ!


 大きな衝突音が発せられ、風の刃と炎の槍は消え去った。


「それとも、戦闘経験が浅いのかしら?」

「くそっ。この亜人風情がっ!」

「おい!もう一度やるぞ!」


 ニヤリと笑うティラの挑発に乗るように、男2人が再度『魔法』を放ってくるが…。


 ――バツンっ!


「…な、なんでだ?放った『魔法』は無効にできないはずだろ?」

「わからねぇ。だが、こうなったら切り刻むまでよ!」


 再び術符が破られ、風の刃と炎の槍が消え去るという同じ結果になる。

 彼らの驚きはもっともだ。詠唱し魔力が形を変え出力された時点で『魔法』は完了しており、風の刃や炎の槍というのは威力や形は違えど風の塊だし炎の塊であり術式ではない。『魔法』を無力化・無効化しようとするのであれば、その術式に割り入って発動させないようにすることが前提であり常識であった。


 男2人は『魔法』の打ち合いは無意味と悟り、(焦りもあっただろうが)距離を詰めて武器での戦闘に持ち込もうとした。

 しかし、武器の間合いに入れるよりもティラの間合いに入る方が早かった。

 ティラは別の術符を取り出し素早く詠唱。


「【空よ】【圧し潰せ】【大地まで】」


 男2人は重りでもつけたかのように、地に膝をついたのであった。


 どうやら、勝負はついたらしい。

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