語らうは道中、平原にて

 馬車に揺られながら、お互いの情報交換で和気あいあいと過ごす一行。


 2人の初対面は便利屋組合のロビーとのこと。

 ティラの新人採用で黒色2枚を渡されているところに、黒色2枚への昇級でやってきたバリィが鉢合わせした。ティラは『魔法』に造詣ぞうけいがあったことで黒色2枚での採用が決まったようだった。


 それなりに依頼を受けてやっと2枚へ上がったバリィは、その才に対し羨望と嫉妬を持った。が、へこたれるバリィではなかった。すぐに自己分析を始め特出した才の無いと判断したバリィは、己の肉体を徹底的に鍛えぬいた。自分の身体へ負担がかかるかを考えて、依頼を選別する様は筋肉バカのように見えただろう。


「あの時は指導役の人の方が可哀想だったわね。駆け出しの黒色が、こっちの方が筋肉が喜びます、っていいながら依頼を持ってくるのよ?」

「あはは…。さすがに後輩の前でこの話は恥ずかしいな」


 呆れた顔のティラに、頬を掻きながら笑うバリィ。

 ティラと出会った当初は、武器は短剣と投擲武器を使いひょろひょろとした印象だった。ほぼ同期となるティラの存在のおかげで自己昇華できたバリィは、筋骨隆々な肉体を手に入れ背の丈ほどあろう大きな斧を振り回す戦い方に変わっていた。


 お互い赤色に昇格したタイミングは同じで、そのあたりからなんとなくで同じ依頼を受けるようになり、数々の死線をくぐり抜けてきていた。前衛で敵を薙ぎ払い後衛が的確に支援を行う2人は、茶色に上がった今でも順調に依頼を熟しているのであった。ただの同期だったが、今では背中を合わせる相棒だ。


「えっ、バリィ先輩ガリガリだったんすか?」

「……ユート、バリィは毎日油麵食べた。油麺は万能だから」

「油麺への信頼度高くない?」


「えぇ、風に吹かれたらすぐに折れそうだったわね」

「ははっ、まぁ鍛えたからね。栄養取ろうと油麵を食べてた時期もあったが、あんなの毎日はさすがに胃もたれするさ」

「……バリィ、リティアは毎食いける」

「そ、そうか」


 ぎらついたリティアに、少々引き気味のバリィ。


 馬車は町をすでに抜けており平原を走行中。

 太陽が青く広がる空から白い光を燦燦と降り注いでくる。

 太陽の光を受けた山脈とその麓の森が広大な緑で大地を染めている。

 平原を駆けているため周りは草木が萌えているが、遠くの山脈の岩肌や足元の整備された街道を見れば大地が茶色を魅せてくる。


 アルプスのイメージ画像と言われたら今見える風景のことだろうな。と、物思いに耽るユート。女神様に世界を救ってくれとも言われてないし、そもそも会った記憶もない。目を覚ましたら森の中だし、思い出せるのは断片的な地球の記憶。ステータスウィンドウもないし、記憶の中の漫画やゲームでもこのような設定の世界は無かった。


 窓から外を眺めていたユートは馬車が速度を落としたことに気付く。

 森の入り口が見えてきたばかりと言うのに、馬車が止まろうとしている。進行方向を確認すると…。


「ん?進路に人影?」

「えぇ、倒れているように見えますね」


 整備された道路の上、森と平原の境目あたりに人が倒れているのが見える。

 馬車はそこから10メートルほど手前で完全に停止した。


「早く降りて助けないと!」

「待て!俺が降りて確認する。周囲に警戒を」


 急いで降りようとしたユートをバリィが止めた。

 警戒をするように馬車内へ呼びかけながら、自身も準備を進めていく。

 バリィは医療道具のセット以外にも戦闘準備を整えていた。


「探知は始めたわ。いってらっしゃい」

「さすがティラ。いってくるよ」


 馬車内との通信用に手のひらサイズの魔石版を手にして馬車から降りていく。

 ティラも人影が見えたあたりから行動を始めており、水晶のような魔道具を取り出し周囲に向けて簡易的な探知魔術を施していた。


 ティラが今使用している『魔法』は、魔力の波を発し能動的に情報を得ていく術式で探知魔術の中でも下位の方だ。下位の探知魔術は比較的簡単に発動できるが、得られる情報量が少なかったり、『魔法』にさとい相手であれば逆探知を受けたりする可能性もある。


「周囲に人が感知できたわ。倒れている人以外に5…6人程度かしら。獣はいない」

「わ、わかりました。バリィさんに伝えます。えーと、『人6獣0』――」


 ティラの探知結果を受け、シィタが魔石版を通じてバリィにメッセージを送る。

 バリィからの了解の意を込められたメッセージの返信が来たことを確認し、ティラは探知魔術を発動する準備をしていく。


「もう一度同じ術式をやるわね」

「お、お願いします」


 ティラは上位の探知魔術が使えないわけではない。

 うっそうと茂る森の玄関口で人が倒れてる状況。2つの理由より、あえて下位の探知術を使用していた。

 発動が簡易であり、結果を得るまで時間がかからないことがまず1つ。

 要救助者の周りに獣の群れの方がいるかいないかの判別なので、対象物の大まかな位置と大きさがわかれば十分であることが2つ。


 だがしかし、探知結果は人らしい情報を捉えている。そのため、こちらに敵意が無いことを伝えるために魔力の波を再度広げていく。

 魔法士同士、下位の探知魔術の波を送った側はもう一度送ることで敵意が無いことを示す。受けた側は同じく下位の探知魔術の波を相手に送ることで敵意が無いことを示す。ある種、戦闘職におけるマナーのようなものだ。


 果たして、相手からの魔力の波ソナーは返ってこない。

 相手に魔法士あるいは魔力に聡い者がいない。

 返すだけの術符や魔力などの準備がない。

 そもそも森を探索している非戦闘職。

 ……などなど、いろいろ考えられるがいずれにしても警戒は解けない。


「戦闘準備を」


 ティラは一言それだけ告げ、馬車から降りてバリィの方へと向かう。

 魔力の波が返ってこないあたりからすでにユートたちも臨戦態勢になっており、いつでも外へ行ける態勢をとっていた。


 そして、ついにバリィが要救助者と接触。


 どうやら、ひと悶着があるかもしれない。



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