それでは、遠征に出発


 青犬討伐依頼の遠征出発日。

 天候は晴れ。悪天候を感じ取る魔道具にも反応なし。

 まさに、お出かけ日和だ。

 話を持ち掛けられてから、3日後。いよいよ出発の時。


「何かあったら、すぐに魔石版で知らせてくれ。異常事態の手順書も持っていくがいい。それと…」

「カルディクさん、大丈夫ですよ!帰還第一、任せてください」

「でもなぁ…」

「バリィさん達を信じましょう。ね?」


 シルが心配するカルディクをなだめていた。

 そんなこんなで見送られながら、そろそろ馬車が出発する時間だ。町の外に出るにしても、日帰りの依頼ばかりだったため、初の連泊だ。


「おう!頑張ってこいよ」

「死ぬなよぉ~」

「お土産頼んだぞ」


 馬車に乗り込もうとすると、近くにいた先輩組員たちも声をかけてきた。結果、みんなで見送りとなってしまい、初の連泊で浮かれていたユートも恥ずかしさの方が上回った。


 馬車とは言っても、馬は魔力を動力とした3輪車になっているし、荷車部分は頑丈かつ整頓しやすい収納、さらにくつろぐスペースも完備。まるでキャンピングカーのようであったが、昔ながらの呼び名で馬車と言っているようだ。

 3輪車が馬を型取っているのも名残であろう。


 異世界ファンタジーでは、長旅と言えば文字通りの馬車で悪路に揺られることをイメージしており、期待していたユートは少しショックを受ける。だが、初の遠征討伐任務のワクワクとした少年心がそれを上回っているのだろう。はた目から見ても少し浮かれていた。まぁ緊張しているよりましか、とバリィはほほえましく眺めていた。


「そういえば、『魔女の森』ってどんなとこです?」

「あぁ、場所的には北部と西部の境目あたりにあるな。森に住むという点では森人と似ているかな。魔女と言われている通り『魔法』が得意な人々が暮らしている感じだな」


 バリィが答え、ティラが補足を加える。


「『魔女の森』は『魔女』が住んでいるわ。『魔女』の使う『魔法』は術式にできないとされているくらい特殊なの。それらを操ることが彼らの伝統であり矜持なのよ。だから、術符じゃなくて、詠唱を唱えながら使う人もいるし結界や呪術を得意とする人もいる。『魔女の森』に入った途端呪い殺される、なんてことも」

「の、呪い殺される…?」

「ふふっ。冗談よ」


 室内(馬車内)でもフードを深くかぶったローブ姿で表情があまり見えないティラだが、冗談にたじろぐ度にクツクツと笑っているようだった。リティアのような無愛想、というよりはクールな雰囲気を醸し出している。


 意外と冗談の多い一面にギャップを感じながら、自身に掛かっている少し大きめの鞄を見下ろすユート。今回の依頼準備の際に、魔法士であるティラの助言に従って購入した物だ。買い出しの日を思い出す――


「魔法士にとって必要なものは何だと思う?」


 近接組と分かれた途端に問いかけてきたティラ。


 戦闘においては、中遠距離で仲間の援護や『魔法』の攻撃を行う役割である魔法士。

 売られている術符を使うだけでなく、オリジナルで術式を書き上げる者も多くいた。町の人々に魔法士を聞くと大抵は、戦闘での役割というよりは魔法を研究している人のようなイメージと答えるだろう。


「やっぱり、術符…いろんな術符が使えることかな?」

「で、でもみんなユートくんみたいに無抵抗で使えるわけじゃないよ?へ、変異材が重要なんじゃないかな」


 少し戸惑ったが、ユートとシィタが答える。

 シィタは変異材を用いて『魔法』が使えるようになって以降、精力的に特訓にも参加していた。その甲斐あってか以前より明るくなったようだ。まだ、おどおどしている場面もあるがもう少し自信がつけば時間が解決してくれそうだ。


「必要なものを聞かれてすぐに返答できるのは、考えて訓練できている証拠よ。しっかりしているわね」


 努力をほめられて素直に照れる2人。

 実際に新人4人の気迫は凄まじいものであった。


 リティア、リィラは狩りや武術で戦闘慣れしているとは言え軽くいなされてしまった。根っこが負けず嫌いなのであろう。「打倒!緑」を目標に掲げ、午前中の訓練では参加している先輩組員に実戦形式を申し込んでいるため、昼前の恒例行事のようになっている。

 シィタも『魔法』使用による身体の負担を減らそうと、走り込みやら素振りやらで体力増強を目指している。

 ユートの空き時間を使った自己流戦闘の確立も、組員たちにはたびたび目撃されていた。


 組員たちは口をそろえて今期の新人は当たりだと酒の肴にしているし、もちろんティラも4人のことを認めている。


「でも、残念。不正解よ。答えは―」


「「…っ。」」


 答えが違い少し残念そうな顔をするが、答えを聞き逃すまいと真剣な表情になる2人。魔道具コーナー、その一画に緊張が走る。


「―気合よ」


「へ?」

「き、気合ですか?」


「ふふっ。冗談よ」


 緊張が解けて一気に脱力する。青い優しい瞳はその様子を見てクツクツと笑っていた。ふと足を止めるティラ。どうやら目的の物までたどり着いたらしい。


「必要な物は収納。魔法士の装備は、剣でも盾でもない。鞄よ」

「魔法使いっていうと、とんがり帽子とか杖とか想像するけど…」

「防具や補助具はその次の話になるわね」


 確かに術符の種類を増やしたり変異材入れたりだけでもかさ張りそうである。さらにそこへ薬やら小道具やらを収めていくのだから、魔法士の荷物は多くなりがちというのも頷ける話である。


「剣士にとって剣が命のように、魔法士は鞄に命がかかっているわ。しっかりと選びなさい」


 ――買い出しの日、割と冗談が多いティラが見せた真剣な瞳。

 何かがあったのだろう、実感のこもった助言。


 ユートは話を思い出しながら、自分の下げている少々おおきめな鞄を見る。直感的に買った拳銃とは逆に、悩みに悩んだこの鞄。本来の目的・用途としては、大規模作戦の時に使われるようなモノだ。


 通常の魔法士でもモノはかさ張り気味になるのだが、加えて拳銃に関連する備品も携帯しないといけない。それでこれを選んだわけだが、所持品が多くなると動きが落ちる問題が浮上してくるわけだ。リスクとリターンを考えたうえで、結局荷物を多く持つ方を選択したユート。この鞄選びで魔法士の大変さの一部が理解できた、のかもしれない。


 馬車はまだまだ揺れている。


 どうやら、まだ目的地まではもう少しかかりそうだ。


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