遠征での討伐案件のお誘い


 ユートたちが西部の中心街で買い出しをしてから10日ほど経過した頃。


「はぁ…はぁ…。きっつ…」

「どう?少し休むかい?」


 ユートが大の字で地に転がる。

 リィラはそんな様子を苦笑しつつも、水筒を持ってきてくれた。

 ありがとうと受け取り息を整えるユートだが、表情はあまり晴れやかではなかった。


 銃を手にしてから、リティアやリィラと模擬戦闘を行うのが日課になっていた。


 ここ数日は、午前中に便利屋組合の訓練所で先輩組員に交じり、指導を受けながら鍛錬。午後は引っ越しの手伝いで町中に行ったり、薬草摘みで森の入り口付近に行ったりといった依頼を消化する日々。

 その後や隙間時間などに、ユートが頼み込んで実戦形式でのあれやこれやに付き合ってもらっている。


「う~ん。…まだ、なんかしっくりこないんだよなぁ…」

「でも、『魔法』の精度や体術の身体捌きもどんどん良くなっていますよ。素晴らしいことです」


 実際マルチアがほめる通りで、ユートの飲み込みはすさまじく術式の仕組みから戦闘の技術までさまざまないろはを吸収していった。

 便利屋組合の組員たちにとって、『狩人の森』に住み狩猟生活をしていたリティア、北部出身で武術大会出場経験もあるリィラに並び、ユートもまた大型新人のひとりであることは間違いなかった。

 これが本人の資質なのかユートのよく知る異世界チートなのかはわからないが…。


 ユートが悩んでいるのは、己の戦闘スタイルの確立だ。

 イメージは何となくではあるができているユート。思い浮かべるのはアクション映画でカンフーと拳銃を組み合わせたシーンだ。ただ、好き好んでそのジャンルを観ていたというよりは、地上波で流れていたものを流し見していた程度の記憶だ。


「もう少しお金貯めたら、銃の種類を増やしてみようかなぁ」

「……ユート、また中心街行く?まぜ麺行こう」

「そ、そんなすぐじゃないよ?」

「………………チッ」


 現代魔術の発達により術符と変異材を持つだけで事足りるこの世界で、わかりやすく近接戦闘で主力になりうる剣や盾に比べ銃の重要度は低かった。戦闘職を取り巻く価値観では術符があるのにわざわざ銃を選ぶのかといった評価だ。

 そのため、近場で師事を得ることができない状況にユートは苦労させられていた。まず、銃の名手を探す以前に戦闘職ですら銃に触れたことがある人がほとんどいない。


「よし!休憩終わり!リィラ。もうちょっと付き合ってくれ」

「いいぞ。次はどんな感じでやるんだい?」

「そうだなぁ―」


 ユートの模索はまだまだ続く。


 ―――

 ――

 ―


「よっす!期待の新人たち!一緒にこの依頼受けてみないかい?」


 いつもの午前練が終わってお昼を迎えたころ、突然に茶色タグ1枚を身に着けた先輩組員のバリィが声をかけてきた。

 黒色だけでは戦闘が予想される依頼の受注はできない。護衛任務や討伐任務などを請け負う際は、赤色や茶色のタグを持つ者がメンバーに必須である。普段はカルディクがユートたちの訓練がてら依頼を持ってくるのだが、今回は別の先輩から声がかかった。

 声をかけてきた青年は巨大な斧を担いでおり、服の上からも筋肉が自己主張している。だが、その相好そうごうまではコッテリ系ではなく、まるで制汗剤のようなさわやかを持っている。


「俺はバリィ。いつもは5、6人くらいで組んでるんだけど、今回は集まりが悪くてね。内容は大量発生かつ狂暴化した青犬の討伐依頼。人数が多いに越したことはないってんで合同でいけないかと思ってね。あ、こっちは相棒のティラだ」

「私はティラ。よろしくね」


 気付けばバリィの隣に立っていたローブ姿から澄んだ声が聞こえるが、フードを深くかぶっているため表情までは伺えない。ただ、フードの闇から蒼い双眸がユート達を品定めをするように覗いていた。

 ローブ姿ではあるがスラっとした体形なんだとわかるほど立ち姿も様になっているティラだが、かけている鞄は大きくそれなりの荷物を持っている様子であった。


「見ての通りだとは思うが、俺は前衛でバッタバタと敵を切る。そして彼女は後方から『魔法』で援護や範囲攻撃を行ってくれる。俺たちに関してはそんな感じだ。君たちと討伐任務に行くのは、カルディクさんにも話してある。あとは、これがこの依頼内容なんだが…」


 自己紹介を簡単に済ませ、魔石版の依頼内容が書かれた箇所を見せてくれる。

 青犬。その獣の姿形を聞いてユートが最初に思い浮かべたのは、足や頭に青い模様の入ったテンであった。魔力を帯びている個体もいるようで、身体能力を補ったり魔力の塊を飛ばしてくることもあるらしい。

 そこまで聞くと妖怪のカマイタチのイメージも加わる。テンも害獣とされているし、人を切りつけるカマイタチも迷惑この上ない。イメージ通りであればそれが狂暴化して大量発生している様子はなかなかな被害があるだろう、と依頼が出されたことに納得するユート。加えて…。


「討伐した数報酬が増えるのがいいね。すばしっこく動く相手に今の俺がどれだけ動けるかもわかるだろうし…」

「そうですね。私も受けていいと思いますよ?」

「うちら姉弟も問題ないよ」


 意見はまとまった。

 チームのリーダーとして、バリィと握手を交わすリティア。

 こうしてユート達にとって初の戦闘を前提とした依頼が決まったのである。


「んじゃ、3日後の朝に出発しよう。改めてよろしくな」

「よろしくお願いします。あ、あのティラさん。術符での戦い方教えてもらってもいいですか?」


『魔法』で戦う技術を少しでも得ようと、ユートはおずおずとティラに聞いてみた。


「手品師がネタを売るのは高いわよ?」

「ヴッ!?」

「ふふっ。冗談よ。さすがに手の内は見せられないけど、いわゆる魔法士の準備がどのようなものか助言くらいはできるわ。バリィ、今日はこの子たちと依頼の準備に行きましょうか」

「そうだな。多少は頼れる先輩っぽいところ見せなきゃな」


 さわやかにはにかむバリィ先輩。

 どうやら、中心街で頼れる先輩ぶりを見せてくれるらしい。

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