試験を終えて

「ふぅ…。」


 水の術式が書かれた術符を使い終えたユートは一息つく。


 火以外の属性の攻撃性魔術も一通り発動し終えた一行。

 各々が得意な『魔法』もなんとなくわかったはずだ。

 発動してみた感覚的にも、手元に残る変異材的にも。


 過去に魔法適性が無いと言われ、また本人も発動に苦手意識があるシィタは、一度の発動で4~5個程度の消費。これは平均の倍ほどの消費量となっており、『魔法』が苦手の裏付けでもあった。


 リティア、リィラは1.5~2.5個程度の消費。2人とも変異材の消費が特に少なかった火の術符では平均を下回る消費量だ。攻撃性魔術に慣れていない状況でこれだけできれば十分適正がある、いや才能があると言えよう。


 驚くべきはユートで使1個程度の消費であった。歴代でもここまで魔力の変換効率は数える程度であろう。しっかりと『魔法』を学べば、英雄をも超える。それほどの衝撃であった。



 ―もし、これだけ『魔法』の適性が高いと『祝福』は流石に使えないか?いや、今は素直に讃えよう―

 頭をよぎるシルの警戒。が、魔力適正を見るための術符も使い切ったし、何より試験の最中である。今はこちらに集中しようと頭を切り替えたカルディク。


「魔法適性は把握した。次は体術を見たい。先ほど言ったように、体術ができないから不採用ということはしない。武具は刃を潰してある訓練用のがあるから会場の備品を使ってくれ」


 備品をざっと見渡し、リティアは短剣を選んだ。

 森に住み日常的に狩りをする森人にとって、弓やナイフといった道具はもはや手足のようなものであろう。

 続いてリィラ。彼女は迷わず棍を手に取り素振りを始める。

 武術の覚えがあるのかかなり扱いなれており、少なくとも彼女に喧嘩を売ろうとは思わないだろう。


 ユートとシィタはとりあえずで剣を携える。


「さぁ。模擬戦闘だ」


 準備ができたら好きにかかってこい。と4人と相対するカルディク。

 会場の空気に緊張が全力疾走だ。


 ごくりと受験者の誰かが生唾を飲み込む。

 今まさに、模擬戦闘が始まろうとしていた。


 ―――

 ――

 ―


 結果から言うと、4人はカルディクにまともに一撃を与えることができなかった。


 緊張を破ったのは、女性陣だった。

 ほぼ同時にリティア、リィラがカルディクに接近する。

 その素早さをもって胸を狙うように棍で突くが、難なく上半身の動きだけで躱す。


 しかし、リィラも負けてはいない。

 躱されるのが織り込み済みとでも言うように、すぐさま持ち手を変え薙ぐように棍を振るう。

 このタイミングで、リティアがリィラと挟むようにカルディクの背後に滑り込む。

 避ければ背に短剣が、そうでなくとも守りに入り体勢は崩せるであろう算段であった。


 今日、顔合わせを行ったとは思えないコンビネーションから、戦闘における嗅覚は素晴らしいものだろう。


 が、カルディクの対応は2人の想定とは違った。

 横殴りの暴力を自身の腕で下から弾く。


「くっ…!」


 体勢を崩したのはリィラ、そのまま手首を捕まれ引き寄せられる。

 眼前には挟撃していたリティアの短剣。


「……、っ!」


 そして、動きが止まった2人の足が払われ地に伏す。

 ほんの一瞬での制圧。

 残された2人は、魔力適正で才を魅せたが戦闘の経験をしたことのないユートと普段勝気な姉の背に隠れていたシィタ。巻き返せるわけもなく…。


 ―――

 ――

 ―


『魔法』の試打、カルディクとの模擬戦闘、そのほかシルとの軽い面談や改めての便利屋組合の簡単な説明…などを終えた一行は、ロビーで休憩をしていた。

 カフェのようなゆったりとしたボックス席で5人はくつろいでいた。


「ふぃぃ。疲れたぁぁ。でも初めての『魔法』は楽しかったな!」

「……ユート、『魔法』以外役立たず。ごみクズ」

「こら。口が悪いですよ。リティアちゃん」


 マルチアに抱き着かれてうっとうしそうにするリティア。

 その様子をテーブル対面に座っていた姉弟がほほえましそうに眺めている。


「アンタら、本当に仲がいいね。そうだ、ちゃんとした自己紹介してなかったね。アタシはリィラ。リテリア北部出身で、西部便利屋組合ここに入りたくてこっちにきたんだ。武術を多少教えてもらったけど、さすがに緑には歯が立たなかったよ!」

「ぼ、僕はシィタ。同じく北部出身で、リィラ姉さんの弟です。戦闘は怖いけど、姉さんの補助ができればと…。」


 リテリア王国は東西南北と中央の5つの区で分かれており、それぞれの地区に便利屋組合はある。

 北部から西部への移動は同じ国内で領地的には隣とは言え『竜の住む山脈』や『狩人の森』といった難所をいくつか越えてくる必要がある。安全に街道を通るのであれば中央区経由になるため遠回りだ。


「へぇ、わざわざ西部に?中央の方が発展してるんじゃないの?」


 簡易地図を見ながら姉弟へ質問するユート。

 各地区は高度な自治権を有しており、武力、経済、文化などの発展もすさまじく、それこそひとつの地区が周辺の小国を飲み込むほどであった。そのため、北部が極端に依頼が少なく経験を積んだりや金稼ぎできない、といったこともないわけで。


 ちなみに、そんな列強諸国の集まりみたいな地区を統括しているのが中央区で、各地区からの勢いの流入も凄いことになっている。そこに王宮と便利屋組合リテリア本部(ついでにいうと第一教会も)が胡坐をかいている。

 ユートの疑問は当然であった。


「憧れの白色がいるんだ!」


 リィラは純粋で、儚くて、希うような感情で、心を焦がしていた。


 どうやら、少女は憧れに燃えているらしい。

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