実際に使う
「――【火よ】【進め】【正面へ】」
ほどなくして、術符がこぶし大の火となり直線的に飛んでいく。
勢いよく的へ向かった火の玉は、目標に当たり霧散した。
カルディクの手元を見ると『魔法』の発動前はコインほどの大きさだった変異材が、半分ほど小さくなっていた。その消費された分が、術符を火へ変換を補った分ということになる。
「このように変異材の消費によって魔力適正を簡単にだが見ることもできる。では、順番に的に向かってこの術符を使ってみてくれ」
「よぉし!見てなさいよ!【燃えよ】【放て】【直進】!」
「……、【火】【行け】【まっすぐ】。」
待ってましたと言わんばかりに、リティアとリィラの女性陣はそれぞれの的へ向かって『魔法』を放つ。双方とも変異材の消費量としては、1つとちょっとと言ったところか。
リテリア国内において、くべるために火起こしの道具として『魔法』は使うことがあっても攻撃目的で『魔法』を使うことはないため、高揚感や背徳感があるのだろう。
そもそも一般販売されている術符セットの大半はさまざまな制限設定がされており、威力付きのものは兵隊なり便利屋組合なり戦闘職でないと購入できない。
こんなものかと自分の現在の技量を確認するリティア。
1枚以内に抑えたかったわね。と悔しい表情を見せるリィラ。
続けて、シィタも自信なさげに詠唱を行っていた。
「ひ、【火よ】【進め】【正面へ】」
『魔法』に苦手意識を置いているのであろうが、術式の発動はできたようで火の玉は問題なく正面に発射されていた。ただ、魔力適正がないと言われたことが響いているのか、自信の無さが苦手意識に繋がっているのか、たどたどしい詠唱であった。支給された変異材をまるまる消費してしまっているようだが、シィタは安堵を見せた。
すでに『魔法』を発動させている3人を遠巻きに見ているユート。
次は自分の番と目を閉じ、集中する。
ユートは森にいた。
そこに偶然通りかかったリティアとマルチアに介抱され、この町までたどり着いた。
自身の記憶と現状の整合性もあいまいでハッキリとしない意識。
そんななか、マルチアからの回復の魔法のようなものを受けたことが、ユートにとってこの世界での初体験であろう。
今でこそはきはきとしてはいるが、必死に頭の中をひっくり返しても見知らぬ土地・見知らぬ風習・見知らぬ技術の中で過ごすストレスは計り知れない。
とはいえ、記憶にない『魔法』という技術、そして未知の技術に対する好奇心。
冒険に出る前のワクワクとした気持ちがあふれているのも事実ではあった。
「ふぅ…。」
深呼吸をひとつ。
『魔法』の発動までのプロセスを復習する。
今回の術符は、初級編。
必要な詠唱は、【属性】、【動作】、【方向】。
必要なエネルギーは、周辺の魔力。
自身の身体をフィルターに周辺の魔力を
変異材が純度を高める手助けをしてくれる。
発動が成功すれば、術符が火の玉となり的に飛んでいく。
「【火よ】【顕現せよ】【目標へ】!」
急速に魔力がユートに集まっていく。
その奔流は、実態を持たない魔力でも人肌に風が吹いたような感覚すらある。
刹那、術符が炎へ変わりながら的に吸い込まれていく。
バスンッ!と的を揺らした。
「や、やった!できた!」
「……ユート、初魔法おめでとう」
「おめでとうございます。ユートさん」
リティア、マルチアの2人がユートに駆け寄り、初魔法を成功させたユートにねぎらいをかける。和気あいあい。
初めてとは思えないほどの淀みのない綺麗な発動に、カルディクはユートに関心を持つ。訓練を積めば、『魔法』を主力に戦闘を行うこともできるだろう。ふと、『魔法』が放たれた的に目を向けるとこげが付いていた。
ここでユートに対する感情が関心から感心に変わる。
的には『魔法』に反発するような素材が表面に塗られており、それらは『魔法』により出力された事象にも作用する。
今回の場合でいうと、術符は火の玉に変換されたが、ただの火の玉ではその場で燃え尽きて終わりだろう。
威力や継続時間といった術の情報が火の玉にコーティングされており、目標まで継続して火の玉をお届けできる。撥水加工ならぬ撥魔加工が施されているところに『魔法』が触れれば、火の玉にコーティングされている術の情報がはじかれる。結果として、触れたその場で火の玉が燃え尽きるということだ。
想定では初級の攻撃性魔術は目標に当たり、その瞬間霧散する。はずだがユートの放った火の玉は的を焦げ付かせていた。
スムーズな発動もさることながら初級の術符ではほぼ最大値の威力、いや、もしかしたらそれ以上を出したことになる。
末恐ろしいな。と思いながら次の指示を出すために受験者たちへ近づくカルディクだが、ユートの手元を見たときに感心から驚愕になった。
その手にはほとんど消費されていない変異材が握られていたのだ。
「あれ?俺やっちゃいました?す、すみません」
カルディクの表情を見て怒られるとでも思ったのか、
的をこがしたことを申し訳なさそうに謝るユート。
どうやら、新人は『魔法』の才能にあふれているのかもしれない。
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