『魔法』の説明

 併設された試験会場へ移動した一行。

 普段は訓練所として使われているだけあって、投擲目標になる的や剣や盾など装備の備品などがずらりと置かれている。

 室内ではあるが狭さは感じないほどの広さで、四方にはお札のようなものも貼ってある。


「試験といっても、どの程度の能力があるかをこちらが把握するためのものだ。覚悟のある者をわざわざふるい落とすことはしないさ。まずは…」


 備品の中からお札とコインのようなものを取り出し、セットにして受験者に渡していく。お札には魔術の術式が刻まれており、術符じゅつふと呼ばれている。受験者は術符に書かれている術式がどのようなものか見ているのだが、ユートはこのセットを不思議そうに眺めていた。


「いくつか『魔法』を使ってもらう。術符と変異材を渡すので、魔力効率やその他もろもろを見させてもらう。ひとまずは渡した術符に記載されている術式を確認してくれ」


 コインのようなものは変異材と呼ばれる素材で、こちらは『魔法』を使う際に可燃材のような役割を果たすものだ。

 カルディクはユートに近づき、シルから聞いたことの確認も含めて問うていく。


「君がユートか?」

「あ、はい」

「申込内容や受付嬢の話から、君が遠方から来たのではないかと思うのだが…。『魔法』を使ったことはあるか?」

「使ったことは無いです。俺が倒れているときにマルチア…今日付き添いのシスターが回復の魔法?をしてくれたのを見ただけで全然知らなくて…。」

「そうか。なら、『魔法』がどういったものかも触れながら説明しよう。」

「ありがとうございます!」


 カルディクはその雰囲気から冷淡、無感情といった評価をされやすい。依頼の際は効率を求める顔もあるので、さらにその印象を強めるのかもしれない。その実、ユートを気に掛けるあたり面倒見がいいのかもしれない。あんたも聞いてきなと姉に物理的に背中を押されたシィタも含め2人に説明している。


 いまや現代魔術は誰でも使える技術になっていた。傭兵でも火の玉が出せるし、老人でも風の刃を飛ばせるし、幼女でも水の塊を顔にあてて窒息させることができる。ただ、全員が長ったらしい呪文を唱えたり、不気味な儀式をしているわけではない。


「だ、誰でも使える…。ま、魔力適正がないって、言われたの、ですが、戦闘で使う『魔法』とかでも、ですか?」

「そうだ。まずは現代魔術からだが―」


 おどおどとシィタが尋ねる。

 ユートの反応も確認しながら、現代魔術の仕組みを解説していく。


 術式が記載された札である術符を掲げ、キーとなる言葉を発せば、周辺の魔力をエネルギーとして、術符が『魔法』に化ける。そう、ただの紙とインクが火の玉や風の刃や水の塊になるのだ。

 この術式を現象に変化・変異させるといった技術の確立により、生活に役に立つちょっとした『魔法』から魔石板のような操作端末までさまざまなものが普及している。


「では、現代魔術において、魔力適正がないとどのような不都合があるだろうか。」

「うーん。…不発になる…とか?」

「な、なんで、しょうか。な、無いと、言われてからは、つ、使おうとも、思わなかったから…」


 ふたりは顔を見合わせてうなる。

 術式には消費量、範囲、威力、属性…など、さまざまな値があらかじめ決められている。そのなかでも魔力適正の説明でわかりやすいのは、魔力の純度だろう。


 燃料となる魔力を術式に送る際、周辺から身体へ取り込み、して魔力の純度を上げていく。いわば自身をフィルターのようにしているのだが魔力にも、火の燃料になりやすい魔力、風を運びやすい魔力、水の形を維持しやすい魔力とさまざまな色がある。適性があると言われた場合はその色を通しやすく、適性がない場合はその逆となる。


 魔力適正がない場合の不都合は、術式で決められている発動や維持に必要な純度の魔力が足りないことにより、発動までに時間がかかったり消費する魔力が増えたりすることだ。


「あっ、だから、『魔法』を使ったときに、すごく、疲れたん、ですかね。」

「そうだな。発動するときの魔力消費が多い分、周辺の魔力が体内を通るからな。疲労感なり倦怠感なりするだろう。」


 そこで役に立つのが変異材。術式に定められている値に不足している分を補ってくれるものである。迅速に安定に『魔法』を発動するため、実戦でも変異材を用いることは多々ある。


「変異材があれば『魔法』が使いたい放題ってこと?」

「いや、あくまでも体内の魔力の純度を高める工程を補助するだけだ。」

「魔力が身体を通り抜けるのには変わらないから、結局は疲れるってことか…」

「その通りだ」


 ユートの理解にカルディクは素直に感心していた。

 一方でと話を続ける。


 変異材にも術式は付与できるため、制限をかかることができる。特定の術式とのみ反応させるようにすることで暴発を防ぐこともできる。現代魔術は誰でも使えるというのは比喩ではない。

 料理のために火をつける。体を清潔にするために水を出す。明かりを灯す。工事のために土を掘る。などなど。『魔法』の術符と変異材がセットで販売され、一般生活でお手軽に使える技術となった。


「さて、現代魔術の話はしたから、実際に『魔法』を使ってみよう。」


 カルディクは術符を取り出し、的に向かって構える。


「術式起動――」


 どうやら、これから『魔法』を実演してくれるらしい。

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