今日の受験者

 午後、便利屋組合の待ち受けロビー。

 室内にしては広い空間だが、依頼者や待機組、帰還した組員のための落ち着いた家具がゆったりとした空気をかもし出している。


 その一角。どっしりと構えている青年がいた。

 名はカルディク。一度見ただけでは覚えられないほどどこにでも居そうな容姿をしている。まさに、平凡の権化とも言えそうだが、その服の下には鍛えられた肉体が眠る。ただ、魅せる機会など浴場くらいなものだろうから、やはりぱっと見ただけでは平々凡々ヘイヘイヘーイだ。そして、首には緑色のタグが3枚光る。


 そして、この青年カルディクが本日の試験官のひとりを務める―


「シル。用事とはなんだ?」

「急遽、採用試験が決まりましたの。貴方に試験官をしていただきたくて」


 ―ことを今知った。


「…本当に急だな。それより、いいのか?受付嬢の面を被ってなくて」

「休憩時間だから問題ないですわ。それより、貴方とはなるたけ素で接したいですもの。英雄様♡」


 午前中のキリッとした慇懃な態度はどうやら彼女の仮面のようだ。カルディクと接する彼女はほがらかで愛嬌があり、そのまま街に繰り出せば一目惚れを大量生産するであろう兵器と化していた。


「英雄はやめてくれ、そんな柄じゃない。それに、俺は緑3枚だ。それにここには白がいるだろう?」

3枚、ですわ。それに、彼女は別格ですもの。ふふっ…、謙遜しなくてよろしいですのに…。でも、そんなところも貴方の魅力ですわね」


 にこにこと会話を楽しんでいた彼女だったが、魔石板を手渡しながら真面目な表情で採用試験の話を切り出した。


「今回の採用試験、少し想定外があるかもしれません。勘ではありますが」

「想定外、か。」

「気が付いたら狩人の森で目が覚めたようですの。ただ、会話を聞く限りですと記憶喪失というわけでは無いようでしたわ」


「気付かぬ間に連れ去られたってことか。それか、俺は出会ったことは無いが…別の場所に転移させる魔術か。」

「どちらかといえば後者に近いカタチかもしれませんわ。本人はテンセイシャと…」

「テンセイシャ…。『祝福』は天力てんりょくを使うし、セイシャも聖者せいじゃに近い発音だな。『天聖者』だとしたら、教会関係だろうな」


 普段から淡々と物事をこなすカルディクには珍しく、何を思い出したか少し嫌な表情を浮かべる。対するシルは、その雰囲気を感じ取りニヤニヤといたずらな表情を浮かべて


「魔石板の代筆した方は修道服を着ていましてよ」

「…教会関係の可能性大じゃないか。まぁ、どの程度の『祝福』が使えるかわからない以上、俺が出るしかないか」

「えぇ、お願いいたしますわ。」


 カルディクの珍しい姿を見られて満足したシルはひらりと受付に戻っていく。


「おーい!シルちゃん!帰ってきたよ!」

「はい。少々お待ちください。」


 依頼を達成したであろう組合員たちが看板娘を待っている。シルがすっかり受付嬢モードになったのを確認した後、試験官を務めるこれからの採用試験に向けて意識を集中していくカルディクであった。


 どうやら、これから来る受験者はテンセイシャらしい。


 そんなことを思いながら。


 ―――

 ――

 ―


「それでは、これより採用試験を始める。今回、試験官を務めるカルディクだ。」


 手元の資料と試験を受ける者をざっと見渡す。

 ロビーに集まった4人の受験者と1人の付き添いの計5人。

 テンセイシャの少年ユート、森人(と思われる)少女のリティア、付き添いシスターのマルチア、勝気そうな少女と弱気そうな姉弟のリィラとシィタ。

 みな、あどけなさ残る少年少女たちだ。


「便利屋組合はさまざま依頼を受ける。依頼内容は採取、探索、狩猟、護衛など多岐にわたるが、戦闘が必要になることもままある。盗賊を捕らえるといった戦闘が前提のこともあれば、薬草の採取の最中に獣に襲われるといった想定外事象もある。」


 命の危険がある。と脅すように4人に言い放つ。

 国内では王国の兵が賊の逮捕や要人護衛を担っている。そういった所から漏れた依頼が便利屋組合にくることが多いため、必然と一癖も二癖もある依頼に当たることが多くなる。


「便利屋組合は私兵のようなものだ。国に仕える兵や教会に仕える騎士ではなく便利屋組合の利益のために、賊を捕らえるし獣を排するし場合によっては、人を殺す。そういった覚悟が必要にはなってくる。」


 カルディクが先に述べたように、なにも便利屋組合は常に戦闘込みの依頼を受けている、というわけではない。逃げた家畜を捕らえてほしい。迷子を捜してほしい。引っ越しの手伝いで荷物持ちをしてほしい。そういった依頼も多い。


 しかし、便利屋組合に与する以上、血生臭い話は付きまとう。単に命を奪う責任だけでなく、対人の案件から便利屋組合に対する恨みを買うこともあるだろう。誰かの利益には誰かの不利益があるわけで。


 引き返すなら今だと言わんばかりに、強い言葉で受験者をけん制する。


「命を懸けるくらいなら、術式や計算の勉強をした方がいいぞ。それでも、便利屋組合に登録したいと思う者は会場についてこい。まずは実技試験だ。」


 幼くして便利屋になった者だから他人ひとのことを言えないが、と内心ひとりごちる。カルディクとしては本気で諦めさせるつもりで強い言葉を使ったが、彼らを見渡すと気を引き締め試験に挑む様子だった。


「うちらの心配をしてくれてありがとな、試験官。でも覚悟はとっくに決めているんだ。いくよ!!シィタ!!」

「う、うん。ぼ、ぼくも、か、覚悟はできてるよ、お姉ちゃん。」


 ぐいぐいと進む姉とおどおどした弟。対照的ではあるが、両人は確かに覚悟を見て取れた。


「リティアは狩りとか慣れてそうだよね」

「……ユート、森人は森に住む。狩りも防衛もするから、コロシは余裕」

「そういうスキルないから尊敬するけど、言い方…」


 ユートたちも姉弟に続く。


 さて、どうやらここにいる全員が試験を受けるらしい。

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