2、空の器についての対話

―賢い人よ、空の器について教えてください。


空の器とは、救世王最後の従者であり、王伝の記者である。


―何故、空の器と呼ばれるのでしょうか。


土の民のようでありながら、神子のかけらを内に持たなかったからである。


―彼が人間ではなかったということですか。


空の器は神々でも御使いでも影でも魔物でもなかった。恐らくはこの世の者ではなかった。


―それでは、真の世界の住人だったということですか。


否。真の世界の者でも、偽りの世界の者でもなかった。


―では、どこの世界の者だったのでしょうか。


それは分からない。何処から来て何処へ去ったか分からないのだ。迷わせの森で我が友に助けられた時、空の器はこの世界について何も知らなかったという。後から調べたが、記憶がないのではなかった。ただ、その記憶はこの世界のものではなかったのである。


―空の器は何を記憶していたのでしょうか。


どうしても分からなかった。我らにはその記憶が厳重に封印されており、空の器から聞こうとすると、その言葉は急に聞いたことのないものに変わってしまったからである。


―空の器は何か特別な使命を受けて、この世界に来たということですか。


それも分からないのだが、恐らくは我が友の最期に仕えるべく、大いなる御方によって呼ばれたのであろうと思う。全く己のことを知らぬ者に仕えられたことで、我が友が絶えざる苦しみと憂いの中にもある種の安らぎを得ていたことは間違いない。


―空の器はどのように現われ、どのように去ったのですか。


あれは迷わせの森で彷徨う魔物たちに襲われていたところを我が友に助けられたのである。それより前のことについては分からない。そして、我が友が永遠にこの世を去ってよりしばらくして、我ら御使いたちに王伝を委ね何処へともなく去っていったのである。


―空の器がこの世の者でないにもかかわらず、どうして私達の言語を解し、あまつさえ救世王の御物語を記録し得たのでしょうか。


言語については解していなかったと思われる。あれは自らの世界の言葉を話し、自らの世界の言葉が我らの口から発せられているのを聞いたに違いない。恐らくは不可思議なる働きによって翻訳されていたのである。事実、その働きが取り去られると互いの言葉は全く通じなかった。これが大いなる御方の御業によって招かれたと考える理由の一つである。


―しかしながら、王伝に用いられている文字は私たちの用いる文字です。


あれが我らに委ねたものに記されていた文字は、全く見たことのない文字であった。我らは神々より与えられた鏡にこれを映して、あなた方の文字に書き写したのである。


―文章自体は空の器によるものでしょうか。


然り。あれの物事を整理し記録する能力は大変に優れていたことは我らが保証する。我らも空の器が書き記したものを読むことで理解できるようになったことがいくつもあったからである。

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