報告と告白

 翌日の晩、俺たちは海野の別荘へと集まっていた。一応事後報告という名目だが、雰囲気的には打ち上げに近い形だろう。


「……いやあ、それにしても、例の計画とやらがまさかここまで大きなものだったとは、正直びっくりです。一体、いつ頃から計画していたんです?」

「ええと、昨年の冬頃ね。我々は、その頃から海野家の一部が裏切り役を演じて反乱を起こすという、やらせのクーデターを計画していた。当初はそれに同調した反沙輝派に粛清の口実を与えるという狙いだったけれど、立川が炎上した後は、社内に潜む不穏分子や彼と連携する工作員をあぶり出す狙いに、変更したというのが実情ね」

「なるほど……そういうことだったんですね。具体的には、どうやって特定していったんです?」

「簡単よ。やらせと知っている人以外で、今回クーデターに加担した奴は全員アウト。社員や役員らの動きは、全てカメラで監視していた」

「うわ、マジですか。普通に怖くなって寝返っちゃった人とか、命令されて仕方なく従った人とかもいそうな気がしますけど」


 やらせとはいえ、事情を知らない人にはガチのクーデターにしか映っていないわけだから、それは少々酷な気もする。


「今回は、疑わしきは罰するのスタンスで、少しでも怪しい奴は全部ブラックリストに入れていった。今後の経営を考えると、その方が楽だからね」

「まあ、私から言わせてもらえば、そもそもそんな奴はうちには要らない。今回の偽装クーデターで庄司相談役から次期社長に指名された立川は、オタクであると長年嘘をついていた人間よ。彼が炎上した後多くの反沙輝派が寝返り、これまで私を批判してきたクリエイター達が謝罪に来たことからもわかる通り、まともな人間なら、ここで立川についていくという判断はいかなる理由があってもあり得ない」

「確かにそれはそうだな。会社の伝統的な不文律を破った奴がトップに就こうとしている時点でもかなりアウトだが、それ以上にあの手の知ったかぶりはオタクが最も嫌う行為だ。何も知らないのに、オタクのフリをして取って付けたようにペラペラと喋っているのは、はっきり言って皆不快に思うだろう。そんなあいつを支持したり支援したりするっていうのは、何か相応な理由があると考えるのが自然だろうな」

「ええ。炎上後も立川を支持したり支援したりしている人間は、十中八九工作員と見て良いでしょうね。どこからか裏金を貰っているか、外国の諜報組織と繋がっているか、何かしら黒い部分があるでしょう」

「となると、クーデターに際し、少しでも怪しい動きを見せた奴は問答無用でブラックリスト入りという判断は、あながち間違っていないんだな」

「ええ。たとえ工作員でなかったとしても、そういう奴は忠誠心という点でいささか疑問が残る人達だから、それはそれでいいのよ」

「ちなみに、今回のクーデター、具体的にはどういう段取りで進めていったんだ?」

「まずは、創業家内で私を強く支持している人たちや、今村秘書官、国共党中央情報部の関係者など、絶対的に信頼できる人間のみとこの話を共有した。もちろん、やり取りは全てあの別荘でやっているから、盗聴の心配はない。その後、二か月をかけてUMSの中から原理主義者などを中心に、特別チームを密かに編成。チームの幹部には粗方の事情を説明したうえで、クーデターの実行役となってもらったわ。ただ、工作員をあぶり出すには、当然クーデターそのものに一定の信頼性と成功見込みを持たせてやる必要がある。海野家の一部が蜂起するといっても、私に近い本家の人が首謀者だとやらせを疑われるから、今回は敢えてこれまで裏で立川を支援してきた、分家の庄司相談役に首謀者役を演じさせたわ」

「なるほど。彼は立川が炎上した後、形勢が不利になったとみてこちらの軍門に降った人間だから、こちらの言うことを何でも聞くというわけだな」

「ええ。先日説明した通り、分家の人間については、工作員の立川と内通していた事実を不問とする代わりに、今後我々に全面協力してもらうことになっている。庄司さんとしても、今後創業家の中で干されるのは嫌でしょうから、ここは必死に協力してくれたというわけね。実際、今回頑張ってくれたら、次の人事では彼を冷遇しないと約束していたし」

「ま、当面は要注意人物として警戒を続けるけどねー」


 田辺さんがそう補足する。


「それで、いよいよやらせのクーデターを実行へと移すわけだけど、実際の指揮は庄司相談役ではなく立川に執らせたわ。あくまで彼は首謀者で、立川を次期社長候補として動かす形ね。こうすることで、立川の協力者は嫌でも何かしらの形で動かないといけなくなるでしょ」

「そうすると、確かにあぶり出しはかなり楽になりますね。でも、彼が直接指揮を執るとなると、いくら実行部隊の幹部には事情を説明しているとはいえ、結構リスクがありません?」

「一応万が一のことを考えて、沙輝ちゃんを拘束する部隊と社長室に突入する部隊については、末端の兵士とまで情報を共有しておいた。ガチの銃撃戦になって、沙輝ちゃんや朝比奈君に流れ弾が当たったりしたら大変だもの」

「確かに、それはそうですけど……よく事前に情報が漏れませんでしたね。原理主義者が中心とはいえ、末端の兵士にまで情報を流したら、普通はどこからか漏洩しそうなものですけど」

「そこは我々も一番気を遣ったわ。彼らとは様々な取引をしたし、成功報酬も大盤振る舞いにした。国共党の中央情報部と連携して、朝比奈君が喜びそうな、結構エッチな話も持ちかけたりしたわよ」


 田辺さんはそう言うと、揶揄うような視線を送ってくる。


「自分は、そういうのには引っかかりませんから、安心してください」

「ま、朝比奈君には美人な彼女がいるもんねー」

「…………」


 海野は田辺さんの言葉に対して特に反応を示さなかったが、顔を見る限りまんざらでもないといった様子だ。


「それで、当日我々は彼らを含む兵士五千人を本社地区に突入させた。いつもより本社地区を防衛する兵士の数をわざと減らしていたから、この数でも十分事足りたのよ。各部隊の指揮官や、予め事情を把握している役員たちがきちんと台本通りに動いてくれたこともあってか、約二十名の不穏分子をあぶり出すことに成功した。そのうち、十四名については当日の言動から、瞭然たる工作員として特定することができたわ」

「社長室の一名、城内警護官についてはもちろん朝比奈君のおかげよ。あなたが途中で立川サイドに寝返るような素振りを見せたことで、彼がまんまと釣られた」

「今冷静に振り返ると、彼もバカだよな。海野の側近が、長年オタクであると嘘をついて会社中を騙してきた人間のところへ裏切るなど、絶対にあり得ないし、あってはならない話だ。俺の虚言を信じて、易々と素性を明かしてしまう辺り、彼も脇が甘い」

「正直、傍から見ていてもあまりに間抜けで、吹き出しそうになっちゃったわ」

「まあ、どうも立川は最後まで、僕を自陣営に取り込みたかったみたいですからね。彼からそういう指示を受けていた城内としては、懐柔のチャンスだと思って前のめりになってしまったのでしょう」

「それにしても、本当に大変だったわ。今回の偽装クーデターでは、演出のためにドローンを打ち落としたり、弾薬庫をミサイルで攻撃したりと、色々ド派手なことをやってのけたからね。今、ちょうど秘書官の今村さんが、国共党本部や内務省などの関係各所に事情を説明して回っているところよ」

「日本共和国では民間企業の武装権が認められているとはいえ、内戦終結以降はこの手の武力衝突はあまり起きていないからな。この規模だと、向こうとしても黙っているわけにはいかないだろう。クーデターの最中に、共和国の国防軍や国共党の私設軍隊が介入してくるリスクはなかったのか?」

「一応、国共党の中央情報部とは一定のレベルでこの話を共有できていたから、当日はそういったことが起きないよう、向こうの方で対処してもらっていた。というか、そもそも国共党は、別に組織全体として特段私に肩入れをしているわけではないから、仮に海野インダストリーの内部で武力衝突が起きたとしても、すぐに介入する可能性は低いのよ。私を大々的に支持してくれているのはあくまで中央情報部だけで、他は是々非々というか、海野インダストリー内での権力闘争には不干渉の立場を取っている人も多い。実際、国共党の役員の中には、分家と懇意にしている人達も結構いるからね」

「ああ、そういやそうだったな」

「ま、立川が炎上して以降は、それもだいぶ変わりつつあるけどね。分家自体が一斉にこちら側へ寝返ったから、彼らと懇意にしていた国共党の幹部も大半が、程度の差はあれど沙輝ちゃん支持に転向している。彼らに来月の党大会での最高評議会入りを妨害される心配もなくなったから、これまでよりも国共党内でのプレゼンスを発揮しやすくなっているのは事実よ。もちろん、党内には依然として沙輝ちゃんを積極的には支持しない人達も、多少はいるけどね」


 そう言うと、田辺さんは一つ大きく伸びをする。酔っぱらっているのか、少しばかり顔が赤い。続いて、自然と強調されるバストラインに思わず視線を奪われる。中々に妖艶な光景だ。


「痛い痛い痛い」

「バカね、あなたの相手はこっちでしょ」


 そう言いながら、海野は俺の頬を引っ張ってくる。一瞬の眼球の動きさえ見逃さないとは、流石の一言だ。


「だいたい、まだ話は終わっていないんだから……」


 そう言うと、彼女は一つ咳払いをする。


「今回の一連の件については、明日、全社員に向けて私が直接経緯を説明する。国内の全ての拠点にライブ中継をする予定で、立川が不文律違反を犯していたこと、外国の工作員として社内から分断工作を仕掛けていたこと、クーデターに関与した者の処分内容、今後の経営方針など、全て詳らかに話すつもりよ。後半で今後の方針を示す際には、私がクリエイターに復帰する話も併せてする予定だから、どちらかというと演説に近い形になるかも」

「なるほど。当然、クーデターがやらせだったことにまでは言及しないんだよな?」

「ええ。それを言ってしまうと、全てがおかしくなるもの。あくまで、庄司相談役と立川が共謀して武装蜂起をしたが、失敗に終わったという表向きの情報に従って説明を進める。立場上、庄司相談役のことは徹底的に非難するけれど、全て向こうの了解を得てやっている訳だから、先日の和解がパーになるとかいうことはないから安心して」

「処分内容については、どんな感じになるんだ?」

「とりあえず、先ほどの臨時取締役会で立川からは全ての役職をはく奪することで合意した。次の株主総会まで形式上は取締役として残るけど、秘書も部屋も部下も全て取り上げられたから、実質解任されたのと同じね。十四人の確定した工作員については未定だけれど、恐らくは懲戒解雇になると思う。会社を去った彼らの動向は、国共党中央情報部と連携しながら半永久的に監視をしていく予定」

「反沙輝派の人間についてはどうするんだ? 工作員以外は、基本的に裏の事情を知らずに立川と協力していたわけだろ?」

「創業家内の反沙輝派、要するに分家については、先日説明した通り今回の件は一切不問とする。それ以外の人たちについては、ケースバイケースかな。基本的に、彼らは立川がオタクではなかったことや、外国の工作員であることまでは見抜けていなかったわけだから、情状酌量の余地はあると思っている。今後我々に協力してくれるというのであれば、寛大な処分で済ますつもりよ」

「立川の素性を見抜けていなかったというのが、実は虚偽だったらどうする。今回の偽装クーデターで、網に引っかからなかった工作員も多少はいると思うが」

「既に大勢は決まっていて、主導権はこちらにあるわけだから、立場的には向こうの方が弱い。密告者に巨額の報奨金を提供すれば、情報はすぐに集まるわよ。工作員でも自首した人には、解雇の際に退職金の五倍を支払うことも検討している」

「なるほど、中々上手いことを考えたな。ただ、今後立川一派が完全に放逐されたとしても、反沙輝派とのしこりが完全に消えてなくなるわけではない。立川が派閥抗争を裏で扇動していたのは事実だが、反沙輝派の中に海野に対する潜在的な不満があったのもまた事実だ。その辺は、どう対応していくつもりだ?」

「そうね、少なくとも私がクリエイターであった過去を公表し、創作活動に復帰することを表明すれば、経験がないといった理由で私を批判していた人達の不満は払しょくできるでしょう。ただ、反沙輝派の中には元々分家を支持している人も多い。後継問題の際に再燃した分家との確執が、今回の抗争の一因にもなった以上、そこの溝は簡単には埋まらないでしょうね。もちろん、現状の社内のパワーバランスで言えば、彼らを力づくで押さえつけることもできるけど……」


 そう言うと、海野は一度間を置く。言おうか言うまいか迷っている様子だったが、俺が一度頷いて見せると、踏ん切りがついたのかゆっくりと続きを語り出す。


「私としては、できるだけ穏便な方法で関係を修復したいというのが本音ね。沙輝派だろうが反沙輝派だろうが、本家だろうが分家だろうが、オタク業界に対する根本的な想いは一緒なのだから、本来お互いにいがみ合う理由はどこにもない。今回ブラックリスト入りしなかった人達については、今後何年かかるかはわからないけど、時間をかけて少しずつ歩み寄っていきたいと考えているわ。もちろん、当面の間は一定の警戒をせざるを得ないけれど、だからといって人事で露骨に干したりはしないつもり」

「そうか……」


 露骨に干したりはしないということは、言い換えれば多少は干すということだ。そうしないとこれまで海野を支えてきた人たちに示しがつかない以上、仕方のない措置と言ってしまえばそれまでだが、そうなると関係修復のハードルはより一段と高くなる。無闇に融和を急げば、再び足元を掬われるリスクもある以上、彼女にとっては中々に難しい舵取りとなるだろう。


「ただ、今村秘書官は真逆で、分家や反沙輝派はこの機を利用して徹底的に潰すべきとの考えだった。たとえブラックリストに入っていなくても、彼らは潜在的な脅威であるという認識ね。実際、本家や沙輝派の役員の中でも、そういった強硬論は根強い」


 そう言うと、海野は口元に手を当て黙り込む。彼女としても、分家の処遇は悩みの種なのだろう。


「でも、海野自身それは絶対に嫌なんだろ?」

「ええ。本来、志を同じくする親族同士で争う理由なんて、どこにもないもの」

「だったら、君は自分の意志を貫けばいい。そこで生じる種々の問題は、俺が何とかするから」

「え?」

「当たり前だろ。俺は君の補佐官だ。君が何かを望むのであれば、その都度それに応えるのが補佐官としての責務であり、義務でもある。経営の舵取りは君が行うが、その障壁を取り除くのは俺たち部下の仕事だ。困ったときは、いつでも頼ってくれていい。たとえ社内中が敵に回ったとしても、俺は絶対に君のことを支え続けるから」

「…………」


 俺がきっぱりと言い切ると、海野はしばし黙り込む。視界に映る彼女の顔は、誰が見てもはっきりとわかるレベルで赤面していた。


「……はぁ、もう、バカ。そんなこと言われちゃったら、私何も言えないじゃない……」


 そう言うと、海野は一度大きく頬を叩く。


「……朝比奈君と一緒なら、どんな困難だって平気で乗り越えられる。あなたの言葉にはそう思わせるだけのオーラがあるし、実際ちゃんと結果も残している。最初はネットでイキっているだけの、芯の弱い子かと思っていたけれど、全然違ったわね。朝比奈君、私の補佐官になってくれてありがとう」


 そう言うと、海野はこちらに向き直り手を握って来る。田辺さんの前では少々気まずいと思い、一瞬戸惑うも、横を振りむけば既に彼女の姿はない。彼女は空気を読んで、こっそりと先に帰ったのだろう。


「私の部屋、来てみる?」

「え?」

「前回は、私の部屋には来なかったでしょ」

「確かに、そういやそうだったな……」

「さ、遠慮していないで行きましょう」


 海野は短くそう告げると、手を繋ぎながらゆっくりと立ち上がった。

 身を寄せ合いながら歩くこと約三分、海野の私室に到着する。


「意外と、ここはオタク部屋ではないんだな」

「別荘では、飾るためだけの専用の部屋を用意してあるから、自室には最低限のものしか置いていない。まあ、そもそもここは自宅じゃないからね」


 見る限り、部屋にはいくつかの小物系のグッズが置かれている他、イラストなどが額縁の中に飾られている。


「これ、左半分は海野の作品か?」

「ええ。ソシャゲのイラストが中心だけど、最後の方はノベライズ作品の挿絵なんかも入っている。こっちの本棚に入っているのは、全て私が描いた同人誌ね」


 別荘の自室にこれだけ自分の作品を飾っているということは、やはり相当な未練があったのだろう。俺は彼女の同人誌をパラパラとめくっていく。


「あ、これ読んだことあるな。GOPの同人誌」

「え、本当?」

「本当だよ。これがエアプならぬエア読書だったら、立川と同類になっちまうだろ」

「ふっ……確かにそうね。でも、驚いた。朝比奈君、どういう経緯でこの本にたどり着いたのかしら。当時の私は商業でも活動していたとはいえ、知名度はそこまでなかったわよ。実際GOPの同人誌なら、国民的人気を誇る神作家達が多数描いているし……」

「一昨年の同人誌即売会だったかな、その時にたまたま見つけたんだ。GOPは原作が発売された当時から好きだったから、同人誌も結構追っていてね。当日は午前中には目的の物を買い終えていたから、午後は適当にぶらぶらしていた。そしたら、偶然君のサークルのポスターが目に入ったんだよ。どストライクで好みの絵柄だったから、俺は迷うことなくこの本を買った。そんな感じかな。ちなみに、俺はこの日の戦利品写真をブロガーHINAとして、SNSにアップしている。それがこれだ」


 そう言うと、俺は過去の自分の投稿を海野に提示する。


「うわ、流石トップインフルエンサー。戦利品写真だけでもかなりのインプレッション数になるのね。てか、一次創作の方も買ってくれたんだ」

「ああ。オリジナルの漫画の方にも、興味があったからな。シリーズ物だったから、新刊以外も全部委託通販で買ったぞ」

「ありがとう、素直に嬉しいわ。でも、不思議ね。当時はお互い全く知らなかったし、そもそも当日は全てお手伝いさんに任せていて、私は会場にいなかったのよ。これも、何かの縁なのかしらね」

「さあ、どうだろうな。人生は偶然の連続とも言うし、案外意味を求めない方がいいのかもしれないぞ。恋愛は、考えすぎると失敗するって言うしな」

「何よそれ、早速フラグ?」

「はは、冗談だよ」


 そんな会話を交わしながら、俺たちは続いてバルコニーへと出る。


「社長になる前は、よくここで絵を描いていた。創造性を高めるには、もってこいの場所よ」

「復帰したら、またここで作業をするのか?」

「そうね、平日は仕事、休日はここで創作活動に勤しむというライフサイクルになると思う。創作活動は元々趣味の一環でもあったから、この環境ならむしろリフレッシュになるでしょうね。仕事に支障をきたす恐れは、まずない」


 そう言うと、海野はじっと正面を見つめる。今は夜なので見えないが、昼間は眼下に熱海の海を一望する景色が広がっているはずだ。すぐ後ろを山に囲まれているので、潮の香りと山の空気を同時に味わうこともできる、まさに最高のロケーション。


「なら、やっぱり復帰を決めて正解だったな」

「ええ。とはいえ、それもこれも全て朝比奈君のおかげよ。私がクリエイターに復帰できるのは、抗争の解決と経営基盤の安定に目途が立ったからだし、何よりあなたという強力な補佐官が傍にいてくれるから、休日くらいは安心して他のことをする余裕が生まれた。今後更に体制が安定したら、平日も空き時間を見つけて、少し創作活動に時間を割いてみるつもり」

「でも、あんまり無理はしすぎるなよ。たまにはこの間みたいに別荘で遊んだり、オタクらしいことしたりして、気分転換もしような」

「ええ、あなたと一緒なら、打ち合わせという名目で遊びたい放題よ」

「はは、そうだな」


 そんなこんなで会話を続けること約一時間、気づけば時刻は夜十時を回っていた。普通なら、そろそろ時間的にもお開きとなる頃合いだが、海野にその気配はない。明かに、何かを待っている様子だ。

 言われなくても、わかる。海野は俺からの告白を待っているのだろう。これまでのやり取りからして、俺たち二人は実質付き合っているようなものだが、まだきちんとは伝えていない。


「な、なあ……」

「ん、なあに~?」


 海野は待っていましたと言わんばかりに、意味深な表情でこちらを見てくる。緊張する俺を揶揄っているかのような、そんな口調だ。


「抗争もひと段落したし、ここでちゃんと伝えたいんだが……」

「全然聞こえなーい」


 もじもじして小声になる俺をバカにするかのように、海野はわざと間延びしたような声を出す。


「そうだな……」


 俺は一つ咳払いをすると、覚悟を決める。ごちゃごちゃ前置きを言ってみても仕方がない。ありのまま、心に思っていることをストレートに言ってしまえばいいのだ。


「……俺、海野のことが好きだ。毎日毎日、夢にまで出てくるくらい、超大好きだ。ガチで超美人だし、スタイルいいし、何よりすげえクールだし、それでいてちょっとウブなところもあるし、たまに女の子らしいところを見せるギャップが最高だし、もうとにかく死ぬほど愛している。だから、もしよければ今後も俺と付き合って欲しい。補佐官としてだけでなく、一人の男としても」


 そう言うと、俺は真っ直ぐに彼女の事を見据える。


「…………」


 俺の告白に対し、海野はしばし黙り込む。沈黙を貫く彼女に一瞬驚かされたが、その表情が大昔に流行ったクイズ番組の司会者の真似だとわかった瞬間、思わず口元が緩む。それにつられて、彼女も笑みを漏らす。


「……もちろん、OKに決まっているじゃない。私だって、あなたのことが大好きなのよ」


 そう言うと、彼女は俺の頬に片手を添えてくる。


「これから先、きっとあなたにも様々な形で迷惑をかけることになる。立場上、数多の制約がつきまとうとわかったうえで、それでも私を彼女にしてくれてありがとう。愛しているわ」


 そう言うと、海野はゆっくりと唇を重ねてきた。

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