オタクブロガー朝比奈春斗の日常

 午前七時、俺は勉強机の前に座ると、デスクトップPCを起動する。ブログの前日のアクセス解析と売り上げの確認。オタクブロガーとしてアフィリエイトなどの広告収入を得ている自分にとっては、朝学校へ行く前の大切なルーティーンだ。


「昨日のアクセス数は二十万、アフィリエイト発生報酬は七万円、順調だな……」


 思わず、声が漏れる。ここのところのブログの運営状況は順調だ。四月もこのペースなら、アフィリエイトなどの広告収入だけで二百万円は余裕だろう。だが、俺の収入は何もこれだけではない。

 俺はオタク向けのブログサイトを運営する傍ら、その知名度を武器に、エージェントとしてSNS上などで世論誘導や情報工作も行っている。依頼主は主に国民オタク主義共和党の関係者で、そこから得られる報酬は平均すると月約百万円。なので、トータルすると月額報酬は平均約三百万円となる。

 高校生にして破格の額の金を稼ぐことに成功した俺は、既に人生イージーモードに突入しつつあるといっていい。もう受験をする必要も、就職する必要もないのだ。我ながら、よくここまでたどり着けたと思う。

 俺がオタクジャンルのブログを書いて、ネットでお金を稼ごうと思ったのには理由がある。俺自身がアニメやゲームに関する重度のオタクであり、フィギュアや好きなアニメの円盤を買うために大量の資金が必要であったというのもそうだが、何より普通に働きたくなかったというのが大きい。高校生でいうところの普通に働くというのは所謂アルバイトのことを指すが、俺は元々一人でいるのが好きなタイプで、同年代の人間とワイワイ群れるのが大嫌いな故、バイトなど到底する気にはなれなかった。陰キャで事なかれ主義の自分にとって、陽キャ特有の謎のノリや面倒な人付き合い、人間関係のトラブルなどは地獄でしかない。

 俺がブログ活動を始めたのは、今からちょうど二年前。HINAというハンドルネームでサイトとSNSアカウントを立ち上げた。始めた当初はバイト程度にしか稼げていなかったが、書いていくうちに収入はあっという間にバイトのレベルを超えた。成功の理由は今でもよくわかっていないが、元々IQが高かったのに加え、趣味に関する内容故楽しく作業ができたというのは、正直大きかったように思われる。好きこそものの上手なれってやつだ。

 バイトの収入レベルを超えて以降も、数字は右肩上がりに伸びていった。ブログを始めて六か月後にはネット上での世論工作の方も開始し、アフィリエイト報酬と合わせて月額百万円を達成。二年が経過した現在ではついに月三百万円を稼げるようになった。SNSのフォロワーも一年前に三百万人を突破。名実共に国内トップのオタクブロガー兼インフルエンサーになったといえる。政界とのパイプも、この一年半で一気に太くなった。

 俺は高校卒業後も、当然この仕事を続けていく。変なところで学歴厨を拗らせているので、大学には行く予定だが、いずれにしても今後会社で働くことはない。社畜として毎朝満員電車に揺られることも、煩わしい人間関係に悩まされることも、未来永劫俺には無縁のことなのだ。

 そう思うと、自然と笑みがこぼれる。これだけの収入があれば、生活には絶対困らない。毎クール円盤を買い、好きなアニメのグッズを爆買いしても全然余裕。オタクとして十分やっていける収入だ。この調子なら、生涯快適なオタクライフを送れるはず。

 だが、そんな俺にも一つだけ気がかりなことがある。それは、全然彼女ができないということだ。

 俺はブロガーとして一躍有名になったが、それはあくまでもネット上での話。ネットで有名になったからといって、いきなり学校生活がバラ色に変わるはずもなく、残念ながら今日に至るまで、俺は女子と交流した経験が全くない。ブログ活動を通して、何人かの女性とは繋がりを持ったものの、それらはあくまでも仕事上の関係だ。彼らは皆年の大きく離れた大人なので、そこから恋愛関係に発展する可能性は皆無といっていい。

 ブロガーとしてトップに上り詰めた時点で、俺は校内で身分を明かすことも考えた。そうすれば校内で一躍時の人となり、女子がキャーキャー言ってわんさか寄ってくるのではないかという発想だ。しかし、それをやると世間に身バレしてしまうし、そもそも俺みたいな根暗な陰キャは、如何なるステータスが付与されたところで、女子からの好感度は上がらないという可能性も十分に考えられた。だいたい、女子が都合よく向こうから声をかけてくるのはラノベの世界だけなのだ。万が一あったとしても、それはごく一部のイケてる陽キャに限った話。俺みたいな友達の一人さえいない日陰者はいくら名声を得ようが、こちらから何らかのアプローチをかけない限り、何も始まらない。

 俺は事なかれ主義者なので、自分から女子にアプローチをかけて関係を築くなんて面倒なことは、全くやる気がおきなかった。下手に自分から声をかけて余計なトラブルに巻き込まれたら嫌だし、何より人間関係がこじれて平穏安寧な高校生活に支障が出ることだけは、絶対に避けたかったのだ。

 そんなわけで、早々に彼女を作るという夢を諦めた俺は、ブロガーとしてお金を稼ぐことのみに集中した。就職して社畜になることなく、一生快適なオタクライフを満喫できるのなら、もうそれ以上は望まない。


「さ、今日も頑張りますか」


 昨日の成果を確認し終えた俺は、掛け声とともに気分よくイスから立ち上がる。本日は高校三年の始業式。俺は身支度をするべく、ゆっくりと部屋を出た。

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