第28話

私は、今、困っている。

公園の入口付近にいるのは…あれは…この間病院で会った人のような気がして、思わず立ち止まってしまった。

「ん?どした?」

二美子ニミコが立ち止まったことに気がつき、視線の先を追う。

「あ……」

輝礼アキラ、二美子を木陰に連れていく。

「ええ~。まだ諦めてねえのかよ……」

相手がこっちに気付いていなかったので、そっとその場を離れる。

「この道はやめた方がいいか……ちょっと遠回りになるけど、向こう側の道に行こう」

私は、頷きながらふと、公園方向へ視線がいってしまった。あの人が私と裕太ユウタ兄のお父さん…。そして……

「二美さん、どうかした?」

輝礼くんが私を見つめながら言う。

うん……ちょっとだけ思い出してる。頭の中のぐちゃぐちゃを何とかしたい。でも、ほら…………

「二美さん……!」

ぐちゃぐちゃすぎて、気持ちの整理がつかない…。

ハラハラと涙を流す私を、落ち着かせようと、涙をぬぐって目の前に立ってくれる。回りの人から守ってくれてる、そう感じた。輝礼くんが被っていたキャップを被せてくれた。たぶん、泣いてる顔を隠すためなんだろうな……。

「早く帰ろう」

手を引いて歩き出す。

ごめんね、輝礼くん。いつもごめんね。

前もこうして手を引いて歩いたことがあった。小さいときに、お兄ちゃんと手を繋いで歩きながら帰った。……寂しくて、待っても誰も探してくれなくて、探してくれなくて……? えっと…誰にだっけ…


ズ…クン…


痛っ……


繋いでない手が自然に胸にいく。ちょっとだけズキンとする。でも、これぐらいは平気、ゆっくり息をする。

変化に気付いたのか、輝礼くんが立ち止まって振り返る。

「え?……痛いの?」

首を横にふる。これくらいは平気、大丈夫って、伝えようと顔をみるが、目が潤んでちょっとだけ眉間にシワが寄ってる……かも。

輝礼くんは迷うことなく、私に背を向けてしゃがみこむ。

「乗って、二美さん」


え、大丈夫ですって……!


「急いで帰ろう。乗って」


『ミコ、乗って。急いで帰ろう』


え…………?


今、何かが頭の中に、


「二美子さん?」

はっと我に返り、深呼吸をする。スマホを出す。

【大丈夫です。ちょっと痛かっただけ】

「痛かったんでしょ?乗って。それか……フェスのときみたく抱っこする?」


フェスのとき…………あっ…!


急いでスマホをしまって、背中に乗る。

「俺はどっちでもいいんだけどね」

輝礼くんはそういうと、スックと立ち上がる。申し訳なさと恥ずかしさで、しがみつく手の置き場にも困る。ぎゅっとつむっていた目をそっと開けると、一気に視界が高くなり、今まで見たことない高さになっていた。わあ…景色が変わるな…。


あれ…?


……前にもこんな気持ちになったことがあった……?今までと違う景色だって…思って……


『もう、泣かないんだよ』


また、この声。裕太兄さん?えっと……違う気がする。手を繋いで帰ったあの人は裕太兄さんだよね。学生服姿を覚えてる。

おぶってくれた人は?私のことを“ミコ”って呼んで……


……キ……ーン……


どこから響いてきたかわからない高い機械音。高すぎて耳鳴りのような……。

頭の中をぎゅっとされているような、その反動でぐわんと頭が歪んだ気がする。

目からはいってくる情報が気持ち悪い。急いで目をつぶる。徐々にぐわーんとした頭の中は揺れも治まり、いつしか緩やかになって頭がすっきりする。

あれは……もうひとりの兄さんだ。

たっくんだ……。たっくんって呼んでた。もう随分時間が経っていて、違うかもしれないけど、きっと彼は……

入院時から少しずつ思い出していたいろんなこと。これで全部なのかな……。そんな気はするんだけど、自信はない。

閉じてた蓋が開いたように、ほんと、次々と身体中に流れ込んでくる記憶。これで終わりだよって誰か言ってくれないかな?

ああ、だったらいいな……もう…疲れたよ…。

気がつくと、現実的な体温が静かに伝わってくる。輝礼くんの背中って、広いな…。揺れる感じも気持ちいい……

「………………」


「……え?今、何か言った?二美さん?」

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