第26話
「おう、それは良かった」
商店街で買い物をして、今、帰り道だ。二美子さんの表情も良い気がする。
良かった…。
メールが届いたとき、丁度、2限目の講義が休講になったことを掲示板で知ったとこだった。
二美子さんの声がでなくなってから、彼女を取り巻く環境の複雑さがチラリと見え始めた。はっきりとは聞いてはいないけれど、長く父親がいなかったことが分かり、
「あ、ちょっと待ってて」
二美子さんに少し待ってもらって、ソフトクリームを2個買う。バニラとミックス。
「どっち?」
パッと嬉しそうな表情。
二美子さんてソフトクリーム好きなんだよな。彼女はバニラを指さす。
「OK」
はいっと差し出すとペコリとお辞儀して受け取った。あの日以来、俺たちもどう接したら良いのか分からなくて、遠慮してしまう感じになっていた。そうじゃないだろって思うけど、じゃあどうしたらいいのかわからなかった。
意外に…普段、話しかけて返答を待つっていうことをしてるんだと実感した。っていうか、二美さんの声を聞いていたんだと、無意識にではあるけれど、彼女の声を頼っていたのだと思った。
思わず聞き返しちゃうんだよな…。だからって気を揉みすぎるのもな…何か違うよな。二美さんから提案されると気が楽と言うか……求められてることの方が分かりやすくてほっとした。
「ん?」
気付くと立ち止まっている二美さんがいた。
「どうした?」
引き返して、声をかける。首を振り、急いで足を動かすが……
「ああ……食べながら歩くの下手なんだな」
ハッとしたように顔が上がり、赤くなる。
「はは、いいよ。そこのベンチに座ろう」
街路樹近くにあるベンチに座り、ソフトクリームを食べる。
【ごめん、不器用なの】
スマホの画面を見せてくる。思わず吹き出す。なによ…って顔してるのも可愛くて思わず笑ってしまった。
「わりぃ、歩きながら食べるのって苦手な人多いよ。気付かなかった俺が悪いから。気にしないで。それより、うまい?」
頷く二美子さん見て、こっちも笑顔になる。少し、変わりはしたけど、二美子さんが変わった訳じゃなくて……。
「そうだよな」
何?って顔してこっちを見ている二美さん。戸惑うことがあるのも生きてる証だ。こうして身近にいて、一緒に悩むことが出きる方が、去っていかれるよりずっといい。一度、俺たちの前から消えようとした二美さんだ。俺がこんなことで怖じけずいてどうすんだ。
「今度は期間限定でみかんの味が出るらしいぞ。また来ような」
声は聞こえないが、うん、て頷きに彼女の声が乗っかっている気がする。
別に、今までと同じでいいじゃねえか。そう、俺たちがそう思えるかどうかなんだよな、きっと。
【ごちそうさまでした】
やっと食べ終えた二美子さんは、スマホを見せる。
「おう、じゃあ帰るぞ」
ベンチを立つと、目の前に誰かが立ち塞がる。
「携帯どこの使ってますか?もしアンケートに答えてくれたら、ビンゴゲームしてもらって、外れなしでプレゼントあるんで。よかったらやっていってよ
ください」
ビックリした。携帯の呼び込みか……。
福引券みたいなのを渡される。渡した当人はまた別のターゲットに券を配布しにいった。
「二美さん、やってく?」
ふと横に目をやると。強ばった表情の二美子さん。はっとする……。
そうか…。余裕がないよな。気にすることが多すぎて……。
「大丈夫?二美子さんを傷つけるようなやつは今いないよ」
頷く、二美さん。
「俺がいるから、絶対、近付けねえ」
目が合う。
「な?大丈夫」
ゆっくり呼吸を整え、力強く頷く。
「よし、帰るぞ」
すると、二美子さん、スマホになにか書き込む。なになに……?
【服の裾、持ってていい?】
裾て……子どもかよ……。
「いいよ」
二美子さんより少し前を歩く俺。
ゆっくりでいいんだ。彼女が普通に買い物できるようになるまで、いつだって一緒に歩くよ。
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