第19話

19。


で、裕太ユウタさんと光麗ミツリさんが来るんだな。

電話の向こうで大騒ぎしていたから、あっという間に着くと思うが……。

うろうろしているこのおっさんは、どういう関係なんだ?

俺たちは、二美子ニミコさんに対して何やらよろしくないのでは?今回のことに、二美子さんの声がでなくなったことに関係あるのでは?って思ったから焦ってるんだけど、本当のとこはわからない。

裕太さんとタケルさんは分かってる……のか?

輝礼アキラ、すごい不審者だよ。ずっと写真もって聞いて回ってる……。どうする?」

確かにあんまり聞いて回るから不審がられてる。あんなにあからさまに動いてたら、通報されるとか思わねえのか?

「おい」

え?

後ろを見ると裕太さんが肩で息しながら立っていた。


はっや……


「よくやった……あとは任せろ」

ひとつ大きく深呼吸すると、驚くほど息の乱れが整った。そのままおっさんのもとへ行く。遅れること数分、光麗さんも到着する。

「先輩…、速い……!」

苦しそうに呼吸を整えている光麗さん。

「大丈夫ですか?」

「おお……大丈夫。はあ、……どういうことなんだ?尊先輩も裕太先輩も知ってる様子だった、このおっさんのこと……」

壽生ジュキと顔を見合わせる。

尊さんも?

「光麗さん、二美子さんは?」

「尊先輩が向かった。僕たちは、ちょっと事の成り行きを見てから動いた方がいいかもだな~」

そういうと、光麗さんは裕太さんの後を追った。

向かった位置は、公園の中間地点あたりで出口には少しばかり遠い。裕太さんはここで決着を着けようとしてるのか……?

なぜそう思ったかというと、表情は見えないが、背中から“引かない”という、何やら凄みを感じたからだ。

「輝礼、俺、尚惟ショウイが尊さんと合流したか電話してみる」

「分かった……」

壽生がいう言葉は聞こえていたが、それより真相が気になっていた。裕太さんも尊さんも、このおっさんが二美子さんに関わったかもと思ってるんだ。誰なんだこいつは……。


裕太は、ゆっくりと近づき、静かに声をかけた。

「誰かを探してるのか?」

相手は振り返り、写真を隠した。再び質問を投げかける。

「どうかしましたか?誰かを探しているみたいでしたね」

「いえ、大丈夫です……」

こちらを見ようともせず、そそくさとどこかへ行こうとする相手。その行く道を塞ぐ。

「先ほど何かを隠されましたね?見せていただけますか?」

食い下がる裕太に、明らかにイラッとした相手の語調が強くなる。

「なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ?どいてくれ」

「おや?いろんな方に声をかけていたのはあなたですよね?私は警視庁捜査一課の者です。お役にたてますよ」

警察と聞いて相手はあからさまにぎょっとする。

「……い、いえ。ほんとに大丈夫ですから……」

「そうですか……。では、こちらから聞きます。二美子という女性に心当たりはありますか」

下向き加減で、どうにかしてその場を去ろうとしていたおっさんの足が止まり、真っ直ぐ俺の顔を見る。

「どうして……」

「それは、こちらが聞きたいことです」

動きが止まり、俺の顔を見ている。が、俺だと分かっての行動ではなく、一気に希望が消えたかのような、そんな落胆…。親父は、俺が息子であるということには全く気づいていないようだった。それはそれで、複雑だ。俺は分かったのに…。

「なぜ、探しているのですか?」

答えは意外なものだった。

「……二美子が、二美子が通報したのか?」


通報…………?


親父は、大きくため息を着くと、近くのベンチに座り込んだ。

「そんなに迷惑だったのか……。どうすれば良かったんだ」

呟くように言葉を吐き、うなだれる。

俺は別の事実に引っ掛りを覚える。

「もしかして……もう、会ってるのか?」

俺の中では冷静でいられるはずだったが、それは無理だった。

がっくりうなだれた親父は、頭を抱えて吐露し始めた。

「テレビで強盗事件の犯人が逮捕されたって報道が出た。捕まった犯人たちが若かったことと、フェス会場での捕物劇に、いいネタになると思って写真を撮りに行った」


売り込みやってるのか……。


そういえばどんな仕事をしているのか、聞いたことがなかった。

「そしたらそこに救急車が来た。怪我人が出たならこれも写真におさめたらと。あおしたら、二美子って声をかけていた奴らがいて、まさかこんなとこで出くわすなんてな…」

あのときは、みんなパニックだったからな。誰かが何かしているって気づきにくい。そうか、いたのかあそこに……。秘密裏に進めていたはずだったが、鼻が効くんだな。

裕太、自分でも気付かないうちに、両の手が軋む程に握られていた。

「病院を突き止めて会おうとしたが、なかなか会えなかった……。いつの間にか退院していて、やっと、この間会えたんだ。なのに……」


 そんなに会いたかった……


「ドナーになってくれって頼んだだけじゃないか……」


 …………あ……?


「まだ若くて元気なんだ。検査してくれたって……」

「何の話だ…………?」

「え」

俺の僅かな理性はおそらく結構早い段階でなくなっていたんだと思う。

俺の気迫に相手はたじろいだ。

「俺の息子が骨髄移植が必要で……だから、お前の弟を助けると思って、検査を受けてほしいと……ヒィ!」

「ダメです先輩!」

「裕太さん!」

2人に両側から腕をとられ、拳が相手に当たることはなかった。光麗と輝礼がいなきゃ、俺は勢いのまま親父を殴っていただろう……。

「ゆ、裕太…………」

名前に反応した親父は、俺の顔をもう一度見直す。

「お、お前、まさか……裕太なのか?」

「…………すぐに分からなかったのが、お前の、俺たちに対しての、思いってやつだな」

「ち、違うんだ、裕太……」

「違わないだろ、なんも。よくノコノコ来れたな。お袋はずいぶん前に死んだぞ。今の話じゃ、新しい家族がいるんだろ?そっちは捨てずに大事にしろよ。じゃねえと許さねえからな……」

「裕太……」

「1度しか言わねえ、二度と…二度と俺らの前に現れるな………二度とだ。俺らだぞ、分かるよな?お前が捨てた者たちだ。俺たちに関わるんじゃねえ……」

どのくらいたってからだろう?何だか物言いたげに見つめていた親父は、俺たちに背を向けてその場を去っていった。俺は、一度も目を反らさずじっと見据えていた。二度と来るなと、二度と現れるなと、強く強く願いながらじっと見送った。

彼は、何の言葉もなく、ただ、去っていった。

脳天まで沸騰した血がまだ、身体中を駆け巡っている。もっと言ってやりたいことはあったのに、どうして俺はこうバカなんだ……。くそ…尊ならもっとスマートにやってくれるんだろうな。


ああ、俺はほんとにガキだ……。

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