第8話

「二美ー、朝ごはん出来たぞー」

下の階から声をかける。いつもは二美子が、作る朝食。俺が不規則な仕事してるからと、栄養を気にしてくれる朝ごはん。おにぎりと具だくさんの味噌汁と玉子焼き。これはたぶん、今では我が家の味だ。ほんの数年の事なのに、俺には大事な味だ。

ここ数日、二美子の調子が悪い。下にも降りてこない。食事もとらなくなった。夕食を食べなくなった。あれ?と思い、昼にこっそり様子を見に来たら、昼食もとっていなかった。


いつから……?


昨日は、とうとう朝食にも手をつけず…というか、降りてこなかった。不安に思い、部屋に入ったら、ベットの脇に転がっていた。驚いて抱き起こす。


《回想》

「おい!二美子!」

呼吸を確認する。

うん……息はしてる。

額に触れる。

熱はなさそうだ……。

苦しそうな訳ではない。大丈夫なのか?

今まで、こんなことはなかったのに、どうしたんだろうか……。

そう思った後、ハッとする。


本当に、今まで、こんなことは、なかったのだろうか……


「二美」

呼びかけてみると、目蓋が少し動く。

「二美?」

目が開いて、視線が合う。

「おい、どうした?大丈夫か?」

「……っ…!」

口が何かを言おうと動いた気がしたが、言葉を聞き取れなかった。

「ん?どうした?」

二美子の表情が暗くなる。諦めたような……そんな感じに見える。

「ん?二美子……?」

なにか不自然だ。

「なあ、何かあったのか?」

静かに首を横にふる。

「……心臓が痛い?」

また、首を横にふる。

不安に拍車がかかる。

「二美子……お前…声どうした……?」

俺に抱きついてくる妹に、なにか起こってるという不安が現実となって襲ってきた。


居間に降りてきた二美子は、いつもの自分の席に座る。

「ちょっとでも食え。残してもいいからな」

「……」

ゆっくりと手をおにぎりにもっていき、食べる素振りはある。それを確認すると、俺は台所の洗い物を片付ける。そばで一緒に食べると、見られたくなさそうで。

俺はここ何日か動揺を隠せない。そんな俺を見て、二美子はどう思っているのだろう……。

不意に、スマホがなる。

見てみると


尚惟ショウイ……


まあ、そうだわな。

こいつが黙ってるわけねえわな。


「おう」

『裕太さん、二美子さんに何かあったんですか? 連絡がつかないんです』

真っ直ぐな男だ。二美子を真っ直ぐに想っている、優しい男だ。二美が先の事件で倒れたとき、ずっとそばを離れなかった。それはあとの2人もそうなのだが。

「まあ、ちょっとな……」

『え、なんで連絡してくれないんですか!今から行きます!』


まあ、そうなるわな。


詳しくは分からないこの状態で何を話すんだ。二美子の声が出なくなったみたいだと、それを話したとして……?

二美子は尚惟たちとも連絡を絶っていたのなら、きっと知られたくなかったのだろう。


……俺たちにも。


「来るな」

『……え?』

「来るな。たぶん……、二美子は来てほしくないって思ってる。あとの二人にも言っとけ」

電話を切った後、まるで自分に向けて放った言葉のように感じて、少しの間、動けなかった。

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