第6話
「
後ろから
「光麗、おはよう」
「おはようございます。じゃなくて!裕太先輩が有給とったんですよ」
「おお、そうか」
「そうかって、えー……知ってたんですか?」
警察署の決して広くない廊下で、男2人が肩並べて横一列って、仲良しか…。
光麗、チラリと尊の顔をみる。
「で、二美ちゃんに何があったんですか?」
こいつ……
裕太が可愛がってるだけあって察しがいいというか……
「なんでそう思う?」
「ほかに理由が見当たらないからです」
確かに…。察しがいいというより、裕太がバレバレなんだな。
「気になるなら裕太に聞け」
「ええ~……だって先輩、二美ちゃんに近寄るなってガードきついんですよ」
「ああ…ということは……」
俺は足を止めて光麗を見る。
「お前、意外に危険人物?」
「はあ?俺、後輩ですよ?警察っすよ?国民の味方ですよ?!」
「はいはい」
ミコにとっての危険人物だから
裕太がこの間のご褒美有給を取得したってことは、光麗の言う通り二美子に関係する。この間の喫茶店で話して1ヶ月ちょい経過した。病院からの診断に全く覚えがないというわけではない。俺と裕太には誰にも言わないと約束したことがあった。それは自分たちの事ではなく……。
「光麗、仮にこの事が二美子ちゃんに関係するとして、お前に言わなかったとしたら、何か理由があると思わないか?」
「それは……」
「信用してるからこそ言わないことだってある」
「それって……巻き込みたくない的な?」
「自分で考えろ」
「え、尊先輩は……」
「俺の心配はいい」
警察署から出る。
俺と裕太は共通の過去を持っている。別に珍しいことではない。お互いにシングルの家庭の育ち、2人兄妹の長男だ。決して楽な生活ではなかったが、それなりの幸せを感じてきた。そこには兄妹の…妹の存在が大きかった。屈託なく、無条件に信頼を寄せてくる彼女の笑顔と温もりは、何物にもかえられない。
ある日、俺の妹は突然、父親と一緒にいなくなった。母は、その事について何も言ってはくれなかった。触れてはいけないことのようだった。父と妹のこと以外は、いたって普通で優しいがんばり屋の母だった。いつしか俺は、妹のことも父のことも禁句だと受け止め、なかったこととして生活をしていた。
そう、あの日、裕太に会うまでは。
《回想》
「お前、尊か」
「は?誰ですか?」
それは高校3年になったばっかりの頃だった。下校途中の駅前で突然、同じ年頃の男に声かけられた。知らない男から名前を突然呼ばれて、警戒もしたが、不意に父のことがよぎった。
「俺は裕太。話がある」
正面切って、揺らぐことなく真っ直ぐ見つめてくる裕太の目は、そらすことが出来ない覚悟があった。
駅に近い公園で話をした。
内容は想像していたよりも少し上をいくものだった。
「え、父の子……?」
「突然会いに来て悪い。連絡先は知らないし、住所もそれっぽいのしか分からなくて、一か八かだった」
「いや……、家に連絡されたりしたら困った。俺の母親、父のことについては禁句だから」
「そうか……。実は、俺の母親がこの間死んだ」
「え」
「心労が祟って?ってやつだ。まあ、その時に白状…言い方悪いな、本当のこと言ってくれた。俺たちの親父は2つ家庭を持ってた。ひとつは俺んち。もうひとつはお前んち。どういうつもりだったのかまでは分からねえ」
「え、父は俺らを捨ててお前んちにいるんじゃあ……」
「いないよ。ある日、突然女の子置いて消えた」
「え……」
女の子置いて…消えた?
「俺が小学校の時かな、親父が言った。お前の妹だって。まだ4つだった。俺はよく事が分かってないから、おお、妹だって思ったぐらいだったけど、母親は戸惑ってたのを子どもながらに覚えてる」
俺は、思わず裕太の腕をつかんだ。
「二美子……だよな」
「そう、二美子だ、お前の妹だよな」
全身の力が抜けた。次に襲ってきたのは怒涛のような突き上げてくる感情だった。それが怒りなのか、悲しみなのか、喜びなのか、俺には分からなかった。裕太は声を殺して泣いてる俺のそばに、ずっと黙って座っていた。
その時から、俺たちは二美子の幸せを願って生きてる。同じ職に就くとは思わなかったが、血なのかと皮肉を言い合った。
二美子はこの事を知らない。そして、二美子の身に起きたことも全てを知っているわけではない。けれど、俺の母も、裕太の母も二美子への対応に戸惑っていたという記憶が俺たちにはある。四六時中、一緒にいたわけではない。だから……何かあったかもしれない……。
数日前から、二美子が話さなくなった。
なにかがあった。裕太が不安がっていたことが起こった。
これから俺も裕太に合流する。有給はこういう時のために使うんだ。
俺も、今朝、有給をとった。
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