第4話

危なかった……。レポート提出忘れるとこだった。


3限目の講義が終わったあと、教授の部屋へ急ぐ壽生ジュキ。こんなことは滅多にないのだが、すっかりレポート提出の期限を忘れていたのだ。今日の5時までだということで、昼休みも返上して書いていた。

なんとか間に合いそうだ……。

壽生のスマホが不意になる。取り出して表示をみると《二美子さん》とあった。


二美子さん?何だろ……


フェスの件以来、俺たちの二美子さんに対する接し方は明らかに変わっていた。トラウマと、病気を抱えている彼女にどう接したらいいのか分からない、という理由が最大だが、大きな理由がもうひとつあった。裕太ユウタさんとタケルさんの態度だ。

裕太さんがシスコンなのは周知の事実だが、気のせいかもしれないけど、尊さんの出現率も高くなっているような気がしていた。二美子さんに対しての過干渉がすごくて、実際ちょっと驚いている。兄とはこういうものなのだろうか…。仮に百歩譲って裕太さんには兄としての理由があるとして、尊さんは?裕太さんの心配……なのかな…?

「もしもし」

『もしもし、壽生くん?』

「はい、二美子さん、どうしたんですか?」

『あのね、突然なんだけど、相談にのってもらっていい?』


相談……?


「分かった。じゃあ、そっちに行くから……」

『家はちょっとNGで……』


ん?


『実は、門のとこまで来てるの』

「え……!そうなの?ちょっと待ってて、レポートだしたらすぐ行くから!」


なんだ、なんだ? ここまで来るって……


とはいうものの、とりあえずは急いでレポート出してこなきゃ。



うーん……

電話を切った後に少し後悔……。

突然来るって、結構…いや、かなり強引ですよね。

母校の門をくぐり、すぐ目の前にある広場のベンチに腰かける。


懐かしい……


私は、ここを卒業するときに、友達はいなかった。大学の建物をみても他の卒業生に多くある思い出はあまりない。大勢が受講する一般科目履修は辛かったし、なんだかはっきり思い出せないものもある。

懐かしいという感覚は、とにかく頑張ったということにつきる。構内の雰囲気もこんなふうに落ち着いて見た記憶が薄い。1年生の頃はもう少しワクワクしながら来てたと思うんだけど。

不思議なもので、心持ちで人は見える景色が変わってくるようだ。

ぼんやり待っている間、キャンパスを行き交う学生を眺めていた。


ここで、尚惟ショウイは学んでいる。


そう思うだけで、少しほっこりする。

この道も、もしかしたらこのベンチも、彼がいる景色の中にあると思うと、ちょっと幸せな気持ちになる。いやな場所ではなくなるから不思議だ。


やだ、ちょっと照れてしまう……。


「二美さん」

ちょっと離れたところから私の名を呼ぶ声がする。目を向けると駆け寄ってくる壽生の姿が見えた。学校内で見る姿はなんだかちゃんと学生に見える。って、変な言い回しだわ。

「お待たせ。レポートが今日締め切りだったから、ごめんね」

「急に連絡したのは私だから、こっちこそごめんね」

「いいよ、気にしないで。で、話って?」

「うん…歩きながらでいい?」

「もちろん…あー、それか喫茶店に行く?」

「そんなに時間いいの?」

「え?いいよ、行こ。俺の知ってるとこでいい?」

「もちろん、ありがとう」

「え…いいって…」

いつも家に来てくれていたから違うところで会うのは新鮮だ。たったそれだけのことだが、私には元気がわく事柄だった。

「ところでさ、俺に相談でいいの?」

「え?あー……尚惟、怒るかな」

「んー……どうかな、内容によるだろうけど。ちょっと不機嫌にはなるだろうね」

「……かなぁ」

「……尚惟に相談できないことなんだ」

「出来なくはないけど…」

「けど?」

「答えが分かってしまうっていうか…」

「答え?」

立ち止まって壽生を見る。

「アルバイトをしようと思うの」

「え」

「どう思う?」

「…………とにかく喫茶店で落ち着いて話そ」

壽生くんに諭されるようにポンポンされた。

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