第3話

裕太ユウタ

なんだよ、あの女医…。言いたいこと言いやがって…。

裕太は昼食に頼んだオムライスを一口も食べずに、スプラッタにしていた。

それをずっと眺めていたタケルだが、あまりにオムライスがひどい状態なので、声をかけている。だいたい、昼食を誘ってきたのは裕太なのだが、この放置プレイは何なんだ…。

「おい、裕太」

「ああ?」

「食わないのか?」

「え?…うお!?何じゃこりゃ!」

「もとはオムライスだったよ」

ここは2人が刑事になる前からよく来た喫茶店だ。2人の居住区からだいぶ離れている。特定の、あまり聞かれたくない話をする時にはここに2人きりで来るのだ。

で、だいたいこういう反応の時は、

美子ミコちゃんの事?」

「え?……まあな」

「何かあった?」

形をとどめていないオムライスを混ぜる裕太。

「お前、やめろってそれ」

「主治医が……二美ニミの心のストッパーが壊れかかってるんじゃないかって」

「え……」

尊の手も止まる。

「どういう事?」

「……詳しくは分からないって医者は言うんだけどな……」


《回想》

「二美子さん、そのストーカーされてた子ではなくて、別の男の子に拒絶反応を示したんですか?」

「俺が直接見たわけじゃねえけど、雅人マサトっていう、直接、二美に悪さしたやつじゃなくて、もうひとりいたんだよ、二美子を寮で待ち伏せて真っ暗なとこで口塞いで脅したやつが。でも、二美のやつ覚えてないんだ。それってあることなのか?」

「あまりに自分にとって辛い出来事を、脳が防衛手段として健忘する、つまり忘れるという選択をすることは珍しくありませんよ」

「そうか…あるのか。じゃあ、それは忘れたままでいられるのか?」

「そういう人もいるし、思い出す人もいます」

「そ、そうか……」

「……お兄さん、二美子さんは今回の事以前に何か辛い体験をしていませんか?」

「え?以前に?」

「はい。はっきりは分かりませんが。それにお兄さんの過剰な反応も気になります」

「はあ?!」

「二美子さんの心配の仕方が兄弟のそれを越えていませんか?それは二美子さんが強く自立を望んでいるのと関係があるのでしょうか?」

梨緖リオ先生、何が言いたい?」

「え?」

キョトンとする梨緖。

「二美子さんが今回の事のように忘れるほどしんどいことが、幼少期になかったか聞いてるんです。知っているとしたらお兄さんだろうと……」

「なぜ?」

「本人は忘れていても、周囲が覚えていたりする。その事柄で、本人が傷ついていると感じてるなら、お兄さんの様な方は絶対に隠すでしょう?そして、より慎重になる」

なるほどプロファイルみたいだ。

「知ってたら……心当たりがあるなら、教えてもらいたいのです。二美子さんがストーカーの件で防衛反応として健忘してたとしたら、思い出そうとする、つまり、よくなろうとする気持ちと戦うことになる。それは自分で自分を傷つけることになるんです」



「自分で、自分を…?」

「知らない間に、要は結果的にな……。これまでの二美子見てたら思い当たるだろ?」

「どうしろって?」

「知ってたら教えろって」

「そう……」

「俺たちだって…全部知ってるわけじゃないだろ?一足飛びにはいかねえよ……解決策なんてねえよ……」

「……だな」

2人とも食べる手が止まる。

「医者が言う心のストッパーが壊れるとどうなるんだ?」

裕太がスプーンを置き、うなだれる。

「裕太……?」

「まだわからん。ただ…、いろいろあるだろ?ここんとこ。この間の事件の時、あいつら3人がそばにいただろ?あいつらがいてくれたから、今回、二美子が何かに反応したかも、過呼吸かもって分かったんだ。ひとりの時に何かあったらって思うと……」

「考えすぎだろ」

「でもな……スイッチが分からねえから、怖えよ」


裕太……


「お前がそんなでどうすんだよ。ミコは敏感だ、賢い。お前が動揺してたらすぐに分かるぞ」

「……俺さ、二美子が一番大事だ。幸せになってほしい」

「お前、それ、親父が娘に言うセリフ。食えよ、作ってもらったものはちゃんと食う。ミコに叱られるぞ」

スプーンを持ち直し、ちょっと笑みを浮かべる裕太。

「分かってるよ、尊だってそうだろ?」

「当然だろ?かわいい妹のことだ、俺たちの」



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