第2話

「うーん……」

カルテとにらめっこしながら唸る梨緖リオ

これは今日診察した二美子ニミコさんのモノ。

彼女がここに来たのはストーカーによるパニック症状の緩和のためだったが、今はより複雑になっていた。

どうして彼女は事件に巻き込まれちゃうかな……。真面目な気質をもっている彼女がこれだけ頑張っちゃったら辛いだろう。

人は起きたことを自分のせいだと考えることがある。少なくとも自分が関わったことでこうなった、ああなったと理屈をつける。けれど、我が身も庇おうとするのが人なのだ。これはいたって普通のこと。

二美子さんは、その辺りのバランスが悪い。これってストーカーのトラウマからだけなのだろうか……。

「梨緖先生」

「はい」

「先生に用があると言って、警察の方が」

「え?誰だろう……」

そんな約束はしてないけれど。

「入ってもらって」

扉が開いて男性がひとり入って来る。

「どうも、先生。いつも妹がお世話になっています」

「妹さん…?」

たくさんの患者さんがいるのに、すぐにピンときた。

「もしかして…」

「二美子の兄です」

「刑事さんだったんですか?」

「まあ」

ちょうどよかった。私はまだ、彼のシスコンぶりが分からなかった。まあ、この後十二分に知るのだが。



まさか裕太ユウタが来て主治医と話しているとは思わず、二美子は会計を済ませて、薬をもらっていた。

名前を呼ばれて会計を済ませている人たちを横目に、薬をトートバックに入れて病院を出る。

よい天気だ。ほんといい天気なんだけど…気持ちが重い。こんなにスカッとしてるのになぁ。

「はあ……」

家までの帰路は徒歩だ。自転車は怖くて乗れないのだ。もうほんとに運動神経の無さよ。病院からほどなく歩くと、心地のよい公園を抜けることになる。私はこの公園が好きだ。大きな池を取り囲むように歩道があり、そこをジョギングしている人々や、その脇の芝生で揺ったりとした時間を過ごしている家族や学生、サラリーマンの休憩所にもなってるのかな?とにかく様々な人がいろんなことをOFFにして過ごしているのだ。

空いたベンチを見つけ、私も座る。

こんな風に……ゆっくりとした時間を過ごすことが出来るのは、兄のお陰だ。家でほとんど引き込もっている私を、いやな顔せず一緒にいてくれている。

それが必要だと、みんな言ってくれるが、少し……いやだいぶ後ろめたい。

私に、そうやって大切にされる価値があるのかと……


ああ、ダメだダメ!


こういうのはいけない。

トートバックの中からチョコレートの包みを取り出す。

「こういう時はこれを食べる!」

チョコを口にいれると同時にスマホがなる。

表示には“ショウ”と書かれていた。

「もしもし」

『二美さん、今どこにいる?』

「え、外だけど。どうしたの?」

『家に来たんだけどいないから…』

「あ…ごめん、今日、診察日だったの」

『え、そうなの?じゃあ、公園辺りにいる?』

「え、なんで分かるの?」

『分かっちゃうの、俺。行く。そこにいてね』

「え、尚惟ショウイ

切った……。

何だか最近ちょっと押せ押せな我が君。

まあ、嫌ではないのだけど。

可愛さ満載だった我が君は、ちょっとドキッとする仕草が増えてきたのだ。時折、心臓に悪い気さえする。フェスの一件以来、尚惟くんも裕太兄もまるで重病人扱いだ。嫌ではないけど……私って何も出来ないって再確認してしまう……。

空を仰ぎ見ていると、ふと、何かが頭のなかでよぎった気がした。


ん?


何か頭の中で光ったような…?

視線を目の前にまで戻してまばたきをしてみる。気のせい?

その後は、尚惟が来るまで、遠くの騒いでいる家族連れの声を聞きながら、ゆっくりと日向ぼっこを楽しんだ。

あれって……なんだったのだろう……。

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