第七章 呪の話

 もうすぐ日付が変わる。

 相変わらず空は良く晴れ、輝く星はずっと私を見下ろしている。涼しげな微風が殺風景な中庭を通り過ぎる。


 気が付くと私は、穴の中に居た。

 親友の死体と、同じ穴の中に居た。

 彼女の上に、またがっていた。


 泣き腫らした赤い目で、彼女を見下ろしていた。

 血に染まった赤い手で、彼女の、原形を留めていない頭を撫でていた。

 艶やかな黒髪は土を被り、血を吸って固まっていた。その手は頬を辿り、千切れた首を通り過ぎて、華奢な肩をなぞり行く。私はどこか恍惚とした気分で、彼女の身体に触れていた。胸元に手を置くと、まだ生ぬるい熱を持った血に濡れた。その熱を感じて、私は火照った。

「ごめんね……」

 その呟きは闇に消え入りそうな程弱かった。私はそっと彼女を上から抱き締めた。せ返るような血の匂いが鼻孔を埋める。それでも良かった。それは、紛れも無い彼女の匂いだったからだ。彼女と身体を重ね、両の腕で彼女の腰を抱き締めた。

「ずっと、一緒だからね……」


 私は、決めたんだ。


「一緒に、居るから」


 彼女と一緒に。

 大好きな親友と、同じ場所で。


「ずっと、一緒だから」


 それが、私にできる、たったひとつの贖罪だった。


 人一人分も無い、小さくて浅い穴の中で、私はまず、自分の体を折り畳む事にした。左腕を穴の縁に当て、右腕でぐっと押し込んだ。なかなか折れなかった。仕方なく、肘の関節を外す事にした。普段曲がる方向とは逆に、何度も押し込んだ。

 みし、みし、という音がやがて、ごり、ごり、という音に変わって、外れた。


 その痛みで私は、茫漠とした意識から我に帰った。


「……いやぁあぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!」


 凄まじい痛みだった。内側から熱と共にみるみる黒く腫れ上がり、だらんと垂れた肘から先が全く動かない。

 あまりの痛みに身を捩り、狭い穴に体をぶつけた。その度に、左腕が燃え上がるように疼く。

「あぁっ……いや! いやあ! ぐ……おぇ……」

 内臓が引っくり返りそうな嘔吐を繰り返した。


 それでも私は、止まらなかった。


 左足を穴の縁に引っ掛けて、シャベルで膝を叩き割った。何度も何度も叩き付け、膝から下を切断した。

「ああぁぁぁぁああああああ! あぁぁぁあああぁああ!」

 次は、右足。




 やめて! やめて! やめて!




 頭の中では、必死に抵抗していた。

 しかし私の体は、止まらなかった。



 痛い! 痛い! 痛……い……




 混濁する意識の中で私は、自分の罪をはっきりと認識した。


 今、私は。


 親友にした事を、自分にしている。




 親友に与えた痛みを、感じている。




 ごめんなさい……




 ごめんなさい……




 ごめん……なさい……




 涙で滲んだ視界の隅を、一片の桜の花弁が掠めると――


 やがて、真っ暗な闇に覆われた。

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