第六章 悔の話

「……え?」

 訳が分からなかった。

 私は数秒間、親友の死体の傍にしゃがんだ姿勢で、紙を見つめて、固まった。


 私が消えれば、親友は彼と仲良くなれたはずだ。

 それなのになぜ、彼女は私ではなく彼を消そうとしたのか。

 次第に脳が働き出して、憶測と共に彼女の言動が蘇る。




『あたしも、消えてほしい人がいるの』




 今思えば彼女が私にそう言った時、彼女は悲しげな、けれど決意を秘めた表情をしていた。


 彼女は私を消そうとしている。

 あの時、私は勝手にそう思った。けれど、彼女は悲しげな表情をしていた。勝ち気な彼女なら、私には寧ろ敵意を見せるはずだ。


 彼女が消したかったのは、大好きだったはずの男子だった。

 彼女は、なぜ彼を消そうとしたのか。




『彼に近付いちゃだめ!』




 私が彼に惹かれた当初、彼女は私にそう言った。

 私はそれを聞いて、彼女も彼の事が好きなのだと感じた。

 けれど私は、彼女の口から直接、彼の話を聞いた事がない。私が彼を知る前は、彼の話など一度もしなかった。私が彼を知ってからは、彼女との仲が悪くなってまともに話をしていない。

 彼女は彼の事が好き。

 私はそんな事、一度も彼女の口から聞いていない。


 もし彼女が、彼の事を好きではなかったとしたら。


 万年桜の木の下で話した、彼との会話を思い出した。

『あたしと付き合わないと、無理矢理されたって言いふらすわよ』

 そう脅迫されたという、彼の話。


 もし、あれが逆だったら。


 彼女が、彼の家で、彼のなすがままにされたのだとしたら。

『俺と付き合わないと、この写真をばらまいてやる』

 親友が、彼の言いなりになってしまっていたのなら、彼を消したい気持ちが理解できる。

 彼は、私の親友を陵辱していたのだ。




『学校、辞めたんじゃなかったんだ?』




『彼に近付いちゃ、だめだからね』




 親友は、私を本気で心配してくれていたのだ。

 彼に目を付けられた私は、嫌がらせを受けるようになった。嫌がらせは彼女ではなく、彼の差し金だったのだ。

『止めてほしければ言う事を聞け』

 私が彼に近付けば、嫌がらせを指示していた彼にそんな事を言われ、親友と同じ目にあっていたのだろう。彼女はそれを食い止める為に、彼と私を必死に遠ざけた。




 大親友だった少女は、私の事を必死に守ってくれていた。

 たとえ自らがいくら辱めを受けようと、私の事を助ける為に。

 最後には、七不思議などに頼ってまでも、彼を消そうと決心したのだ。

 それなのに、私は――




 視界が、涙で歪んだ。




「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 大粒の涙が両の手を、握った紙を、変わり果てた姿の親友を濡らす。

 無数の星が見下ろす闇の中、枝葉を揺らす万年桜の大木の影で、私は大声を上げ泣き叫んだ。

「……ごめんなさい! ……ごめんなさい! ……ごめんなさい!」




 もう、取り返しはつかない。


 私は無辜むこの親友を惨殺した。


 この先、私はどうなるのか。


 このまま生きていけるのか。


 彼女の事を、忘れて生きる。


 そんな事、私にはできない。


 もう私は、生きて行けない。




 吐き気を伴う激しい嗚咽を繰り返し、やがて私の中の全てが崩壊した。

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