第五章 現の話
「はぁ……はぁ……っ」
放課後もだいぶ過ぎて、辺りはどっぷりと日が暮れた、濃紺の夜。
私は一人で、穴を掘っていた。
足元には、ふたつの死体。
ひとつは、掘り返してしまった、昔行方不明になった少女の死体。
もうひとつは、ついさっき楽にしてあげた、親友の死体。
私は振りかざした血濡れのシャベルを、苦しむ親友に何度も打ちつけた。
頭や顔を潰しても、彼女はごぼごぼと血を吹きながら息をした。
だから首を切り落とした。
動脈が切れた時、血が噴水のように噴き上がった時は驚いた。その返り血で、私も血だらけになってしまった。何とか首の骨を砕いて、やっと切り離す事ができた。
けれど体が痙攣したままだった。
だから心臓がある辺りを必死で滅多刺しにした。
肋骨が頑丈で大変だった。中央は避け、左側のあばらを叩き折って、掘り返す要領で心臓を掬い上げた。繋がっていた血管がぶちぶちと千切れて血を吐くと、やがて心臓も動きを止めた。彼女はいつの間にか動かなくなっていた。
それから少し休憩した。
今、私は、親友を埋める為の穴を掘っている。
力の無い女だけれど、人間、追い詰められると何でもできるものなのかもしれない。穴を完成させ、親友の胴体を引っ張って放り込む。だいぶ穴が小さかったので、親友の腕や足を折って畳んだ。穴の縁に腕を置いて、地面側を私の足で踏んで固定し、穴の上に浮いた方をシャベルで何度か叩き付ける。穴を広げるよりは幾分か楽だった。今思えば、掘り返した方の死体も同じように手足が折り畳まれている。
この子も本当は、クラスメイトから報復を受けて殺されたのではないだろうか。
呪いなんて、最初から無かったのかもしれない。
結局、人を殺すのは人なのだ。
「……ふふっ、ふふふ……」
白々しい星明りが照らす、夏の夜の校舎の中庭で、二つの死体と二つの穴を見下ろして。
私の口元から、思わず笑みが込み上げた。
校庭に、物を埋めてはいけません?
中庭にある万年桜の木の下に、消えてほしい人の名前を書いた手紙を埋めると、その願いが叶う?
馬鹿馬鹿しい。
奇妙な校則は、大人たちが、真実を隠すために、子供たちがいたずらで死体を発見しないように、内容をぼかして作り上げたルールだ。
七不思議のひとつと言われるうわさ話は、真実とジンクスが
学校の秘密を守る為の校則と、子どもの好奇心を
一見相反するこのふたつは、歪なバランスで長年保たれてきた。
好都合だ。
このまま二つの死体を埋めて、私は何食わぬ顔で卒業する。
奇妙な校則と不気味な七不思議はこれからも語り継がれ、今後校庭が掘り起こされる事はないだろう。
私はまず、古い死体を埋めた。周りの地面から同じ色の砂を満遍なく集め、埋めた場所に丁寧に振り掛ける。普段人も近寄らない万年桜の根元だ。ある程度目立たなければ、誰も気付かない。
次に、新しい死体に土を掛ける。
そこで私は大切な事を思い出して、彼女の服を慌てて漁った。
『あたしもなの』
三十分程前。
シャベルを抱えた親友は言った。
『あたしも、消えてほしい人がいるの』
それは、私の事だ。
私の名を書いた、紙を持っていたはずだった。
取り出さなきゃ。
七不思議が迷信だとは言え、死体と一緒に私の名が埋められるなど、気持ちの良い物ではない。腰のポケットを探った。彼女の家の鍵以外何もなかった。
胸ポケットを探った。心臓を抉った時、左胸をずたずたにしてしまい、ポケットの口は血で固まっていた。私より幾分か発育の良い、とても綺麗だった彼女の身体を思い出して、少し心が痛んだ。シャベルの先端で固まった血を削り、ポケットを破り開けた。
紙を見つけた。
血が染みていたが、辛うじて、字を読む事ができた。
そこに書かれていたのは――
私が大好きな、そして、彼女も大好きだったはずの、
クラスメイトの男子の名だった。
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