第31話 最後の「宇宙の音楽」
ステージにだけ当てられたライトは、理子のおんぼろ楽器すらも新品のような輝きに見せてしまうほど眩しかった。
雨宮先生は大きく深呼吸をしてから指揮を構えて、ゆっくりとその手を動かした。
理子が初めてこの曲を聴いた日。自分は絶対にあのなかには入れないと思っていた。そのくらい手に届かない場所で、遙か遠くだったはずの場所に今、理子はいた。理子はそれに必死に食らいつきながらも、感じていた。
今、楽しいかも。
理子の出した音が完全に混じり合って、壮大な音楽の一部になっていく。その感触を理子は味わいながら、楽譜上の音を次々に奏でていった。それ以上に3年生の最後の姿を目に、音を耳に焼き付けるように演奏し続けた。
この夏、どれだけこの曲に熱を注いできただろうか。楽譜は完全に頭にインプットされ暗譜でも完璧。もはや無意識でも動かせてしまう指。楽譜の余白は真っ黒になるほどのメモ書き。今日までで何回演奏したか、何回聞いたかわからない宇宙の音楽。それも今日で最後だと思うと、その1音1音を噛みしめるように音楽は流れていく。
時間で言えば約8分。たった8分だったが、その時間は今まで味わったことがないくらい濃密で、濃厚で、長くて短い。そんな不思議な時間だった。理子はそんな最初で最後のステージを思う存分に味わった。
最後の音を吹ききると薄ら汗をかいてしまうほど、体には熱がこもる。そして、拍手のシャワーが演奏者と指揮者に浴びせられた。
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