第30話 代役

「理子。コンクールメンバー動き始めてるよ?」

 彩葉のその一言で理子は開いていたプログラムを閉じて、楽器を手にした。


 瑠菜がサックスへ変わったあの日。詩織先輩は理子に、

「ちょっとお願いしたいことがあるんだけど・・・」

「はい?」

「10月にあるコンサートのことなんだけど、コンクールメンバーとして出てくれない?」

「え・・・。」

 理子は思わず小さな声でそう呟いてしまい、一瞬なんのことかわからなかったがその後すぐに、

「はい。」

 と返事をした。


 理子は早速その日から、コンクールメンバーとしての合奏に参加した。それまで全学年の合奏しか出たことのなかった理子にとって、そこは何もかもが初めての場所だった。飛び交う言葉、やっている内容に差はないはずなのに、それを涼しい顔をしてその場にいた理子以外のメンバーはこなしていく。そこに雨宮先生はやって来て、理子の顔を見ると、全員にこう言った。


「代役というのは自分と同等の実力があるか、もしくはそれより少し上か。自分の代わりにこの人なら大丈夫。そのくらい信頼されている人にしか頼みませんし、そのような人にしか頼んではいけません。なぜなら、その代役者は練習時間が限られているから。もともとは出演する予定がなかった人が出るわけですからね、必然的にそうなります。限られた時間で、その差を埋められるくらいの臨機応変さがその人には必要になります。」

 そこまで話すと雨宮先生は理子の方を見て、


「短い時間ですが、よろしくお願いします。」


 と丁寧に挨拶を交わし、理子はそれに答えるように軽く頭を下げた。


 それから約1ヶ月。理子はコンクールメンバーとして、最後の宇宙の音楽に向けての練習に参加し続けた。そして、今日。最後の宇宙の音楽が奏でられようとしていた。


「理子ちゃん!」

 部屋を出ようとする理子を呼び止めたのは、首から黒いストラップをかけた瑠菜だった。

「頑張ってね。」

 瑠菜は理子をそう見送った。そして2・3年生に囲まれて舞台裏を移動した。


 コンクールのあったあの日が嘘のように落ち着いた空間で、和やかだった。

 雨宮先生はコンクールの日と同じタキシードを着て、髪もきっちりセットされている。舞台袖に集まったコンクールメンバーに、


「今日、ここで演奏するのが最後の“宇宙の音楽”です。正直、全国に連れて行ってあげられなかったのが先生はとても悔しい。そのくらい出来のいいものだった。きっとみんなも同じ気持ちだと思います。――――でも、この夏に先生は実感しました。もともとこの学校は北陸大会は愚か、県大会で金賞にも届かない。先生が掲げた“全国大会”というのはもはや夢のようなものだった。でも年々成績を上げて、今年あと1歩のところまで上りつめた。これは今までの先輩達が紡いできたものをきちんと受け継ぎつつ、皆さんが頑張ったから全国大会は手に届きそうな目標になった。“夢”を“目標”と言えるようになるのは、それだけ自分がそこの場所に近づいた証だ。それを先生はこの夏、みんなから学ばされたことです。」


 雨宮先生は眼鏡を1度かけ直し、


「伸び伸びと、堂々と、悔いの残らない演奏をしてきなさい。良い意味でステージ上で暴れろ。何より自分達の演奏に自信と誇りと持ちなさい。多少自慢しても、誰も文句を言わないくらいの実力はある。」


 こうして長かった吹奏楽部の一幕が終わろうとしていた。 

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